魔法学園のはぐれ者 下
ここから出て行くための計画。緻密に準備を重ね、奴らの行動を少しずつ誘い・・・遂にその日を迎えた。
「エドガー・クロス、貴様はこの学園で、様々な非道な行いを犯した!この罰は相応なモノになるだろう!!」
多くの学生が行き交う、昼休みの広場。差出人不明の【昼休み、広場に来い】という手紙を受け取ったエドガーが足を踏み入れると、あの時噴水に突き落とした上位貴族の学生から、そう言い渡された。
「もう・・・もう限界です。貴方をこれ以上、見逃せなくなりました」
その学生達の中心にいるのはシルクだ。おそらくこの数ヶ月間、クラウドが隣にいたため行動がままならず、しびれを切らして人前での行動に踏み切ったのだろう。学内のモノを故意に破壊しただの、試験をカンニングしただの、シルク・ワイツベアーに暴言を吐いただの、いわれのない罪をドンドン押しつけられていく。
それでもシルクの完璧な演技で、周囲はあっという間に彼女に味方した。完全にコッチが悪役か、とエドガーは察する。
ここまで公開処刑されれば、あの無表情でも反応するだろう。そんな周囲の予想は、当たってはいた。ただし負の感情ではなく、ニコニコと微笑んで。ハンカチで水を拭き取るばかりで、エドガーは動じていない。
「な、何が可笑しい!」
「いや、随分うるせぇと思っただけ。そんなこと、この時間で言うことじゃねぇだろ。昼休みを長引かせて、授業時間を減らしたいのか?」
「何を言っているの!?悪いことをしたのはそっちなのに偉そうね、場違いな態度は控えなさい」
「場違いなのはそっちだろ。こんな言い争いを全体の前でして、多くの学生は何を見せられてるんだとゲンナリだぜ」
昔から色々な言葉をかけられてきた。それ故、傷つけられる言葉にそこまで動じない。むしろ反論して相手を黙らせることも多かったエドガー。言われると分かっている罵倒など、かすり傷にもならないのだ。
勿論、周囲の空気に押しつぶされて、弱ることもあるが・・・今は違う。
「くそっ、減らず口を叩きやがって!少しは反省の色を見せろ!」
「反省も何も、やってないことを謝るなんて無理だろ」
「っ、テメェ!!」
遂にしびれを切らして、1人の学生がエドガーへと拳を向ける。流石に、暴力だけは耐えられないエドガー。殴られる、その恐怖が彼に襲いかかった。
バキッ!!と鈍い音が響く。襲いかかってきた学生が、地面に倒れ込んでいた。左の頬には殴られた跡が、くっきりと出来ている。
「随分がさつな拳だな。よくそんなんで挑もうとしたもんだ」
パキポキと指を鳴らすのは、少し遠くで見ていたクラウドだ。野次馬になった学生達を押しのけ、エドガーの前に立つ。暴力沙汰になったため、周囲の学生はざわめき出した。
「ひ、ひぃい!貴方、なんてことを!!人を殴るなんて・・・」
「はぁ?先に手を出したのはそっちだろ、オレはエドを守っただけだが」
「で、でも、こんなに大勢いる場所で、こんな目立つ真似をして・・・。そもそも貴方、普段から暴力沙汰を起こしてばかりだって聞くわよ!」
「学内の秩序を乱す者は、この学園に置いておけないだろ!」
「ここにいるシルク様はね、この学園にお父様が理事としていらっしゃるの!アンタ達なんか、退学処分にだって出来るんだから!!」
退学という望み通りの言葉が出たことに、2人は内心ニヤリとした。
「こんな場所で騒ぐお前らも、学内の秩序乱してるんだが」
クラウドの堂々たる態度に、思わず口を紡ぐ上級貴族の学生達。何事にも動じない彼の後ろ姿は、やはり格好いい。エドガーはドキドキしつつ、クラウドの後ろに立つ。
「にしてもお前ら、随分悪目立ちしてるっての、自覚してるか?上級貴族の権限振り回して、自分勝手に振る舞う姿、本当に貴族の恥だぜ」
「失敬な!そちらの方が恥だろ、貴族どころか人として非道だ!」
「へぇへぇ、そうだな。でもさ、お前らも同罪だろ。特定の人間を虐めて楽しんで、それを正当化させるのはクズだろ」
わなわなと震え出すシルク。とはいえ、淑女である彼女がそんな非道な行為をしているとは、取り巻きも野次馬も誰も思っていないだろう。これを覆すつもりなど2人にはない。
理事の娘の権限を使うことを、今か今かと待ち望んでいるのだ。
やがて、その瞬間は訪れる。
「い、い、いい加減になさって!これ以上騒ぎになったら、学園内が混乱します。
あなた方は・・・この学園から出て行ってください!もう顔も見たくありません!!」
涙を流したシルクは、2人を指差した。本来なら1学生の言うことなど、命令にはならない。だが今は違う、周囲は完全に理事の娘である彼女の言うことに同調していた。道端の石やら丸めた紙やらが、コツコツと背中にぶつけられる。が、全く彼らは動じていなかった。
「んじゃ、そうと決まればおさらばしますか!」
クラウドはエドガーの手を引き、そのまま走り出した。背後からの数多の罵声や、何があったと集まってきた教員など気にせずに。一直線に、学園から飛び出した。
その顔に、失望など無い。これからの明るい未来に、ただ晴れ晴れしていた。
「うっしゃあ!上手くいったな、アイツらも思ったとおりに動いてくれて助かったぜ」
「あぁ、あとはここからずっと遠くに行くだけ。アイツらも数日は動けないだろうし、今の内に離れねぇと。既に荷物はある、早く向かうぞ」
「・・・やっと、やっとだな。誰にも縛られずにいられるんだぜ、エド!」
クラウドのニカッとした笑みに、思わずつられて微笑むエドガーだった。
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エドガーとクラウドが学園を退学し、国から出て数週間。エドガーが買った新聞には、魔法学園の不正について取り上げられていた。
今回退学となったクラウド・へブリックだが、学園の理事を務めるワイツベアー公爵は睨んでいた。というのも、クラウド・へブリックは入学前、国内で最も魔力を持つ人間であると判明した。魔力があるだけで、国の中枢機関では主要な地位になれる。そして有力家にも繋がりを求められる。
ワイツベアー公爵はへブリック伯爵を買収して、クラウド・へブリックを思うがままに利用しようとした。どんなに成績が悪く問題を起こそうが、彼を決して学園から逃さない。こうして学園生活や卒業後の進路など、彼を強制していたのだ。
そしてワイツベアー公爵の娘であるシルクも、学園の権利を牛耳る者だった。気に入らない学生に対して、成績を餌に利用したり、退学を脅迫材料にしてイジメを行っていたのだ。
今回の退学騒動により、ワイツベアー公爵とその娘の不正や問題が露わになった。ワイツベアー公爵家とへブリック伯爵家、そしてシルクなど騒動に関わった上級貴族の学生達は、全員相応の処罰を受けているという。
クラウドはそんなシルクの行動を利用した。彼女からわざと退学を言わせることで、学園や実家から逃げる理由を作ったのだ。
「お前も政略道具だったんだな、しかも学園を運営する側の」
「まぁな。エドと同じで、あんな場所から逃げ出したかった。だからこそ、あの時の“逃げたい”に応えたかった。当然、好きな奴と一緒にな」
クラウドはチョコレートを頬張りつつ、1粒をエドガーの口元に持って行く。エドガーは笑いながら言うと、その1粒を口で受け取った。
「シルクが上級貴族の学生ばっかと関わってて、オレの立ち位置知らなくって助かったぜ」
「もう公爵家も立つ顔無いな。俺達を追うのもままならないか」
「へブリック伯爵家も、繋がりで得てた利益がすっからかんだと。まぁあの親父、オレを金のなる木としか思ってなかったし。エドの実家は?」
「没落はしてねぇけど、不満が続出してるだろうな。俺に押しつけていた分を怠けていた弟がやってるらしいけど、かなり滞っているみたいでさ。まぁ自業自得だけど」
2人は今まで閉じ込められていた分、様々な場所へ行く旅をしている。目的地などない、先立つものも少ない。それでも、今までよりずっと幸せな日々を送っている。
「このチョコレート旨いな」
「市で売ってたから、思わず買っちまったんだ。2つくらい国を越えた先に本店あるらしいし、行ってみようぜ!そこで働いても良いかもな」
チョコレートが完全に溶けたのを合図に、クラウドはエドガーの手を引き、進み出した。
初めての自由、初めての幸せ。守りたいと思った、一緒にいたいと思った。
そんな思いにさせてくれた、他でもない同じはぐれ者。
この手は絶対に離さない。そう互いに誓って。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
次回は絶賛制作中!とある令嬢の「時戻り」の話かと。