魔法学園のはぐれ者 中
親友とも言える仲になったエドガーとクラウド。クラウドは「エド」と愛称で呼ぶようになり、自分だけ特別だと思うと嬉しくなる。
今日も裏庭にて、補習を行う約束だ。張り切って少し早く来てしまったエドガーの手には、少し温かい袋があった。
(今日は時間あったから、簡単な焼き菓子作ってきたけど・・・喜ぶかなぁ)
なんてウキウキしながら待っていた彼に、突如バシャッ!と浴びせられた水魔法。焼き菓子の入った袋もろとも、ずぶ濡れになってしまう。
「ご機嫌よう、最近コソコソしているようですが・・・野良猫に残飯やりをするのが、日課のようですね」
クスクスと嘲笑する、上位貴族の学生たち。違うクラスだし、貴族の上下関係から全く関わったことのない者ばかりだ。
「貴方、シルク様に対して無礼を働いているようですね。男爵家の庶子のくせに、公爵家のご令嬢であるシルク様に刃向かうなんて、図々しい!」
「これは警告だ、これ以上シルク様を困らせるんじゃない。お前くらいなら、退学にだって出来るんだ!それを肝に銘じて生活しろよ」
なるほど、これはシルクが都合の良いように、自分を悪人に仕立て上げたのか。あの女、どれだけ性根が腐っているのか。そしてそれらを鵜呑みにする上級貴族とやらにも、エドガーは呆れた。
ここで付き合ってる暇はない。さっさと切り上げようと動く。
「そうか、分かった」
「あら、下位貴族の庶子がため口なんて無礼ですこと!」
刹那、怒りにまかせた風魔法が、エドガーを吹き飛ばした。そのまま転がったと思えば、近くの噴水に飛び込んでしまう。
全身がずぶ濡れになっただけではなく、腕や足を痛めたようだ。持っていた焼き菓子もグチャグチャになり、噴水に付いている装飾の一部を壊してしまう。水を吸った衣服で上手く抜け出せない彼の姿を、ケラケラと笑う学生たち。
「けっ、学園のモノを壊すとは非常識だな。世間知らずの庶子なだけある」
「そうして這いつくばる姿がお似合いですわ」
「魔法で防げば良いのに、本当に無力」
無表情で反応が薄いからか、言われたい放題。それでも反論する気にはなれなかった。既に感情を昂ぶる気などない、残ったのは空しさだけ。
全て真実だからだ。自分が無力なのも、這いつくばって生きるしかないのも。どうしようも出来ない現実に、胸の奥がスッと冷めていく。
あぁ、こうして自分はくたばるのだろう。周囲の都合に振り回されて、誰かに利用されるだけ。ならば心など開かなくていい、また1人になれば良い。思考が再び、負の方向に進んでいってしまう。
もう全てがどうでも良くなった。もう、全てが・・・。
そんな弱ったずぶ濡れのエドガーを包むように、突如としてどしゃ降りの雨が学園に降り出したではないか!あまりの強さに学生たちは慌てふためき、悲鳴を上げながら走り去っていく。
「へへっ、これでおあいこだな。天候魔法くらいで驚くのかよ、アイツら」
ふと見れば、傘も差さずにびしょ濡れのクラウドがいた。噴水に落ちてしまったエドガーを、彼はヒョイと抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこの状態で。
「ちょ、クラウド!?そ、そこまでしなくても」
「アイツらに押されたんだろ?念のため動くなよ、保健室に行くぞ」
○
保健室は無人のようだ。クラウドはエドガーをベッドにそっと座らせた。
クラウドは探し出したタオルで、ずぶ濡れのエドガーの髪を拭き始めた。ずぶ濡れの衣服だと風邪を引くからと、クラウドの持っていた上着を羽織る。
「お前の髪、綺麗だよなぁ。オレ、癖毛だから羨ましいぜ」
なんて呑気に言うクラウドだが、エドガーはそれどころではない。先程、惹かれている者にお姫様抱っこされたというのに。今は体が密着していて、その者の上着を着て、髪を触れられて・・・落ち着いていられるわけがない。いつもの無表情が保てず、顔は真っ赤に染まっていた。
こんなもんか、とタオルでの拭き作業は終わったらしい。ふと水魔法や雨で、グチャグチャになってしまった焼き菓子が目に入る。もはや廃棄するしかない状態だが、クラウドは袋を開け、中の焼き菓子を食べ始めた。
「クラウド、お前・・・そんなモン」
「お前が用意してくれたんだろ、スッゲぇ旨いぞ。ありがとな、エド」
何故だろう・・・彼の行動その1つ1つが、凄く嬉しくて。
「にしても酷いなアイツら、庶子だか魔力がないだかで、標的にしてくるなんて・・・。爵位や魔法は差別のためにあるんじゃねぇっての!!」
庶子だから、魔力がないから、この扱いを受け入れるしかないと思っていたのに。彼はそれを怒ってくれる、受ける自分を心配してくれる。
どうしようもないと、諦めていたのに。心はずっと、こうした存在を求めていたのだろう。
その証拠に、いつも無表情なエドガーの瞳から、涙が落ち始める。「大丈夫か?どこか痛いのか!?」と、クラウドは慌ててタオルで涙も拭いていく。
「いや・・・良い。何でもない」
「何でもないわけないだろ?そんなに泣いて・・・」
分からない、もう良い、早く会話を終わらせたかった。
これ以上優しくされると、期待してしまうから。この時間がずっと続けばと、強く願ってしまうから。持ってはいけない感情だと押さえ込もうとすれば、それに抵抗するかのように、涙が溢れてしまう。
「アイツらに酷いことされたんだろ?辛かったよな」
「ち、違う・・・別に、何も無い」
「無理すんなって。まぁでも、泣きたいならいくらでも泣けよ」
どうしてここまで優しい言葉を掛けてくれるのか。どうしてはぐれ者の自分を救ってくれるのか。どうして自分の隣にいてくれるのか。
「クラウド、お前・・・優しすぎる。なんでそんなに優しいんだよ。普通ならあの位、見過ごす奴ばっかなのに。
そんなにされたら・・・お前のこと、諦め切れないじゃないか・・・!」
自分でもこんなに話すことに驚いてはいる。それでも、次々と言葉が吐き零れていく。止まらないのだ、この愛しさが、この想いが。
フルフルと震えた手で、クラウドの腕を掴む。
「クラウド、好きだ。俺、お前が好きなんだ。最初に会ってから、ずっと傍にいてくれて・・・普通じゃない思い、こんなに抱えちまった。
ごめん、こんなの気持ち悪いよな。でも、もう抑えられなくて。好きで、仕方なくて。もう、自分じゃ止められなくて」
「エド・・・」
「だからこそ、お前を巻き込みたくない。辛い目に遭わせたくない。もしこれを機に、お前まで標的になったら・・・だから」
「ま、待て、エド!」
突然、クラウドに抱きしめられた。驚いて離れようとするも、クラウドは離さない。心臓の鼓動が激しくなる。だが同時にクラウドの心音が伝わってきて、それは彼も同じなのだと分かった。
「そうか・・・そうだったんだな。オメェ、色々なモンをスッゲぇ抱え込み過ぎなんだよ。・・・まぁ、オレも似たようなモノだっての」
クラウドにグッと押され、気付けばベッドに押し倒された体勢になっていた。気付けば、みるみると顔を真っ赤にするクラウド。
「オレもお前が好きだ、エド。どうしようもなく」
真っ直ぐな告白が、グチャグチャだったエドガーの心にスッと入ってくる。でも、すぐには受け入れられなかった。クラウドが自分と同じ想いを抱いていたことに、驚きを隠せなかったからだ。
「う、嘘だ・・・」
「嘘じゃねぇ、本当だ。そりゃ、最初に会った時は、ただの興味本位で・・・オレを見てもすぐに逃げない、面白い奴だなと思っただけ。
でもいつしか、一緒にいることが心地よくなっていた。今まで過ごしていた時間は、ここの学園に通っていてスッゲえ幸せな時間だった。
エド、オレもお前に惹かれている。同情でもない、オレの本心でだ。どうしようもないくらい、好きになってたんだ」
こんなに心を閉ざした自分を、心配してくれる人がいた。こんなにも思ってくれる人がいた。自分だけが好きな人に思いを寄せていると思ったが、彼は同じ思いを持っていたのだ。
「す、好きな奴が嫌な目に遭ってたら、何があろうが助けるのが普通だろ!お前がオレと会う度に、喜ばせてくれたみてぇにさ!!」
互いに両片思いだった状態に気付き、エドガーも顔が熱くなる。その赤さを隠すように、自らの顔をクラウドの肩に埋めた。
「あぁクソ、本当にお前が好きだ。ここから飛び出して、お前と一緒にいたい・・・」
そんなエドガーの言葉に、ピクリと反応したクラウド。しばらく考えると、イタズラを思いついた問題児のように、ニヤリと笑った。
「なら、逃げるか。家も学園も立場も、全部捨ててさ」
右手を恋人繋ぎされ、ゆっくり近付いてくる唇。これからどうなるか・・・なんとなくだが、察してしまう。それでも、この瞬間を期待してしまう自分もいる。
「世界は広い、きっとどこかに心地良い居場所はあるさ。2人でどこまでも行こうぜ」
雨が止み始めた、夕陽が差し込む保健室の中。彼らはそっと口づけを交わしたのであった。
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「下」は明日夜に投稿する予定です。