第94話 入国
(まあ、のんびりと行くか。)
共和国への移動速度の遅さには驚いたものの、思えばそこまで急ぐ必要もない。切り替えてしまえばのどかな旅行であり、護衛までついている特別待遇だ。風景に代わり映えはないが、見知った炭鉱夫たちから多方面にわたる話を聞きながら、それなりに楽しみながら過ごしていた。
「久しぶりに羽根を伸ばせる。リコルドも後5年もしたら連れて行ってやれるがなぁ。」
炭鉱夫たちの話では、炭鉱での作業は危険が多いものの、月銀貨10枚という待遇は悪くないそうで定期便で、王都に戻る番が回ってくれば、十分な休みももらえるとのことだった。
炭鉱夫達は王都でパーッと遊ぶ予定だと聞いているが、今の俺は連れて行けない・・・そういう店に行くということなのだろう。興味深かったがここで食いつくわけにもいかず、ぐっと我慢した。
同じ炭鉱夫でも、店には行けない人もいた。こちらでも、妻子持ちはあまり自由がきかないらしいということだ。
(うん。うん。一緒にここは堪えよう。)
俺は一部の炭鉱夫を暖かい目で見ながら、そう考えていた。
・・・
国の成り立ちについても聞いてみた。内容は親方から聞いた内容とほぼ同様。共和国といっても、国民が主権を持つような共和制を採用しているわけではない。元々複数の中小国が帝国に対抗するために集まり、その中でも大きい3つの国が、共同で1つの国を運営しているそうだ。
話を聞く限りは、前世の共和国をイメージするようなものではなく、封建制度に似たような形で、元々の国ごとに貴族がおり、貴族はそれぞれ土地を与えられて、運営しているようだった。
共和国には、西の大河沿いに穀倉地帯があり、南東には大きな湖があり、それぞれ農業や漁業が盛んだという。その一方で、北には大森林があるものの、大型獣などが出没するため、林業などは営めず森林資源の活用はあまりできないようだった。
そのため、北に領地を持つ貴族は、産業よりも軍事に力を入れているそうだ。しかも北の領地とは名ばかりで、今は大森林の近くにはだれも住んでおらず、貴族は王都内、領民は北東から東に領地を移しているという。大型獣がいる大森林の近くに住みたがる人はだれもいないのだろう。
(いよいよか。)
会話が途切れたので周りを見回してみると、相変わらずのどかな移動が続いている。護衛部隊隊長の朝の話では、このまま何もなければ昼過ぎに今日中には王都に到着するだろうということだった。
共和国までの移動日数は、初日も入れて結局延べ5日間、実質は4日間となりそうだ。移動距離のわりに長い期間だったが、炭鉱夫たちとも仲良く話ができたので、それほど長いと感じることはなかった。いよいよ共和国に近づいて来ている。
親方の話では、共和国の周りにはスラム化した場所があり、治安が悪いという。護衛もついており、荷物が石炭なのは一目瞭然で、リスクに見合う程、襲うメリットは無い。まず問題はないだろう。護衛も残りの距離について話をしている程度で、警戒している様子はない。
・・・
移動が続き少し前から、遠目で王都が確認できるようになった。ゆっくりとだが着実に共和国に近づいている。
近づくにつれ、全容がわかってくる。離れた所からも見えていたが、共和国は全体的に壁で囲まれており、防衛力が高そうな作りをしている。壁の高さは、近く人影から察するに3~4m程度、ところどころに高台があり、壁の上は通路になっており、警備のためか定期的に人が歩いているのが見える。
大き目の出入口はあるが、しっかりした門もあり、閉めてしまえば簡単には侵入できないだろう。戦争が続いているということも頷ける構造だ。
・・・
門がはっきりと見えてきており、近づくにつれ、これまでののどかな雰囲気が無くなっている。
(ああ、あれがそうか。)
今使っている道は、王都の南門につながっている。その道から西側に離れた所に王都の壁とは明らかに違う作りの、みすぼらしい建物が密集している場所が見える。親方が言っていたスラム化した場所がだろう。
その風景が自然と目に入ってくるためか、共和国の周り全体が、どんよりと活気のない雰囲気を醸し出している。それを助長するように、すえたような臭いが漂ってきており気分が悪くなる。
スラムの建物には、天井がろくにないようなものもあり、あれでは雨露をしのぐのも難しいのではと思える。やせこけた子供たちもちらほら見えているが、こちらが石炭を運んでいるのを見ると、興味なさげに眺めているだけだった。
(確かに1人だったらわからなかったな。)
子供たちとは違い、大人たちはあまり目立たない場所から、目をギラギラさせてこちらを見ている。俺が確認できただけで7人、恐らくそれ以上がいただろう。
俺が1人でこの道を通っていたらと思うと、正直ぞっとする。流石にいきなり殺されることはないとは思うが、この辺りに1人で行くのであれば、価値のあるものを持っていくのは避けた方が良さそうだ。
(しかし、南側は何もないな。)
小さな山や丘があり見えないところはあるが、南側はほぼ荒野で人里は全くなかった。王都の南側はスラムくらいしかないようだ。ここまで来ても緑がほとんどない。北にあるという大森林が本当に存在するのか疑わしい風景ばかり続いている。
結局、イーリスの里や村から、ここまでずっと荒野と砂漠が続いていることになる。ここまで緑が少ないと心配になるが、目の前にはそれをさらに悪化させかねない様子も見て取れる。
(はやく、あれを何とかしないとまずい・・・)
王都の中は壁に阻まれていて分からないが、黒い煙がところどころで立ち昇っているのはわかる。恐らく石炭を使っているのだと思われるが、気のせいか上空がガスっているようにも見える。もしかしたら、既に公害なども発生しているかもしれない。
その風景は、こちらの住民には見慣れたものなのかもしれないが、俺からすれば共和国の印象を悪くしているように感じる。この世界に観光や旅行などの習慣があるなら、共和国をお勧めできないだろうし、親方が心配する理由も実感できた。
治安だけでなく環境も悪化の一途をたどりそうな状況に、余計なお世話かもしれないが、共和国の今後が心配になる。
「リコルド、あの門を通ったすぐ横で入国審査を受けることになる。持ち込むものなども聞かれるし、稀に荷物の検査も抜き打ちで行われる。親方の保証があるから、大丈夫だとは思うが準備しておい方が良いぞ。」
炭鉱夫の1人からのアドバイスをありがたく受け、準備を始めた。
炭鉱の村から王都までの旅程は無事に終わり、共和国の王都に到着した。到着前からスラムが見えたり、臭いや黒い煙が気になったりしたものの、移動は順調だった。
共和国への入国者はそれほど多くないのか、受付が効率的なのか、どちらなのかはわからないが、待たされることなく、入国審査を受けることになった。
「よし、通って良いぞ。」
親方が身元の保証人になってくれたこともあり、審査も実に順調で、持ち込む荷物の概要、職業、入国目的を聞かれ答えるだけ、30分程度で入国審査を終えることができた。
審査が通ると、入国許可証に名前や保証人、IDと思われる番号などが刻印された金属製のプレートを渡された。プレートは恐らく青銅製だと思われるが、ヒモなどを通す穴も開いており、中々おしゃれなものだ。
入国許可証は、共和国内では身分証明書としても利用できる。落とすと大変そうなので、なくさないように工夫してしまっておいた。
共和国の出入口は、門が2重になっており、入国審査は1つ目の門を通ってすぐの部屋で実施され、審査で入国許可が下りると、2つ目の門をくぐって共和国に入る構造になっていた。
炭鉱夫たちは、俺の審査が終わるまで待ってくれており、無事に通ったことを確認すると、あらためて感謝とお別れを言いに来てくれた。こちらからも丁寧に感謝を伝え、炭鉱夫たちは石炭の納品もあるとのことだったので、入場した場所で別れることとした。大人のお店はいつか連れて行ってもらいたい・・・
(さてと、ここからは1人か。)
少し不安になったが、それを察したのか、ロバのルシオとロシナンテが近づいてきた。
「そうだな。一緒にいこう。」
そう言ってロバたちを撫でながら、共和国の王都を見渡した。




