第89話 炭鉱の改善提案
親方から重ねて依頼されたこともあり、俺は炭鉱の村で1か月働く約束をした。俺自身も、対策できる知識があるのに、崩落事故などによる被害者が増えるリスクを放置するのは、気が引けていた。
セルカには事情を話し、里や村の住人にしばらく帰れないことを伝えてもらった。ケイティが怒っているらしいが、よく事情がわからない。
炭鉱での待遇は、親方と相談した結果、熟練炭鉱夫の3倍の固定給、月銀貨30枚を受け取ることになった。そのほかに、俺が改善提案し、親方が認めれば実施できることを条件として加えてもらった。さらに親方の家に泊まれて、飯も出るという好待遇。精一杯、期待には応えていこう。
炭鉱の改善提案を行うために、まずは親方の希望や困りごとを聞くことにする。
「親方、おれの能力は、既に見たので知っていると思うが、岩などを切り出す力と怪力だ。炭鉱についてもある程度知識を持っている。いくつか提案するが、親方が困っていることも聞かせて欲しい。」
親方は若干怪訝な顔をしながら、里でもよく見られた表情をした。
「・・・炭鉱の開発は、国策事業として初めてまだ5年弱の新しい産業だぞ。なぜ知識がある・・・のかは、まあ、聞いてもしょうがないな。そうだな・・・」
共和国での炭鉱事業はまだ歴史が浅いらしい。確かに、前世で石炭が本格的に活用されたのは産業革命の時期で、この世界に散見される技術レベルから考えると、300年以上も本格活用される時代が早い。
木材が非常に貴重になったため、苦肉の策として、石炭が使われ始めているのかもしれない。しかも、露天掘りの鉱山を掘りつくしたと言っていた。かなりの勢いで掘り出しているのは想像に難くない。
親方はしばらく考えた後、ここまでの経緯や課題について話始めた。
「俺はこの炭鉱の責任者をしているが、着任したのは1年ほど前だ。採掘開始時の責任者は、俺が着任する前に爆発事故で亡くなったそうだ。爆発はあまり多くないが、発生したときの被害が甚大でな。いつ起こるか、いつも気がかりだ。」
確かに炭鉱で大きな被害が出る事故は、爆発によるものが多い。爆発の原因は、メタンガスの爆発か、粉塵爆発にほぼ絞られる。炭鉱の構造が洗練されてくると、爆発への対策が進み、火災などの事故も多くなるが、逃げる時間が取れるため大きな被害が出ることはめったにない。
「なるほどな。まず、爆発の主な原因は2つだけだ。坑内に貯まっているガスに引火するか、坑内に充満した石炭の粉やゴミに引火するかだ。」
親方は目をぱちくりさせながら聞いてくる。
「ガスはわかるが、粉が爆発する? ちょっと信じられない。そんなものが爆発するなら、作業は怖くてできないぞ。」
「ああ、実際には粉の量とか散り具合などの条件がそろわないと爆発まではしない。それでも、親方の言う通り、いつ爆発してもおかしくないのが炭鉱だ。」
「・・・うぅむ。」
親方は唸った後、何かを考えるように押し黙ってしまった。事実を言っただけだが、少し驚かせすぎたかもしれない。
「まあ、危険だが対策をすれば、リスクはかなり減らせる。ここでやれそうな対策は、空気の循環を良くするくらいだ。それでどちらの対策にもなる。具体的には、坑道の入り口とは逆の方向に、空気穴を開けて、できればその穴の前で常に火を燃やしておく。そうすることで坑道の空気を循環させる。空気穴は、時間はかかるが俺の能力で作れる。これを俺の炭鉱改善作業の1つとさせて欲しい。爆発はめったに起こらなくなるはずだ。」
「ほう! 対策がガスと同じなら、あまり原因は気にする必要もないか。坑道の空気が良くなるなら、それだけでもありがたい。わかった。それを頼む。その作業だけでも1か月は余裕でかかりそうだがな。」
俺は頷きながら、炭鉱での良くある困りごとを思い浮かべながら、親方に聞く。
「炭鉱は湧き水も困るはずだ、後はやはり崩落か?」
「そうだ。湧き水については、俺が着任する前くらいから問題になり始めている。今は水が出たらほかの場所を掘ることにしているが、有望な鉱床で水が出ることも多くてな。崩落についても、その通りだ。崩落は慢性的に、頻繁に起こっている。被害は爆発などと比べると小規模だが、炭鉱夫たちが巻き込まれた事故は、既に両指では足りない。」
親方の発言は想定内だったので、想定内の回答をする。
「そうだろうな。まず、水の対策は先ほどの空気穴を開けるときに、できそうなら一緒に排水対策を打つことにする。改善できないところもあると思うが、任せてくれ。後は、崩落の対策だが、既にある坑道については、弱そうなところに、俺が石材で柱を作って補強する。今後は掘り進む場合、坑道の掘り方を変えた方がいいな。」
親方は、それも任せると言った後、興味深そうに掘り方について聞いてくる。
「掘り方については、皆、日々工夫しており、かなり良くなっていると思うが、崩落を少なくする方法があるのか?」
崩落は、前世での最新技術をもってしても、完全になくすことは実現できなかった。こちらの技術力では、なおさら難しいだろう。だが、改善ということであれば、提案の余地は十分ある。前世では炭鉱の歴史は長く、初期の工夫はこちらの技術レベルでも再現可能だ。
「そうだな。木材など柱にできそうな素材が貴重で使えないとすると、ルーム・アンドピラー法による採掘が良い。別に難しい方法ではない。7~8メルトごとに、柱ができるように、坑道を掘っていくだけだ。石炭を柱にする必要があることが多いので、柱の分、石炭の採掘量が減るが、これだけで崩落をかなり減らすことができる。この炭坑には、掘る場所もまだ多くあるだろうし、検討してみてくれ。」
親方は大きくうなずいた。
「聞いてみれば単純な話だが、有効そうだ。それだけで、崩落事故を減らし、皆を守れるのであれば、悩むまでもない。早速、皆に指示しておこう。」
「頼む。俺の方は空気穴と水の対処、坑道の補強を進めていく。後は、硬い岩などが出てくれば、呼んでくれ。採掘量をどうしても増やしたいときも期待に応えられる。」
親方は、無理しないようになと言いながら、俺の提案をそのまま了承した。
「わかった。それで頼む。言ったことが実現できるのであれば、今の給与では安すぎるがな。成果に対しては報いるつもりだ。よろしく頼む。」
「承知した。」
里や村では、俺が考えてセルカに指示させることが多く、今回のように誰かと相談したり、頼られたりしながら進めるケースが少なく、新鮮で充実感があった。前世のことを少し思い出して懐かしさも感じていた。
(軽く現調でもしておくか。)
親方と別れると、提案した改善策を進めるために、坑道の様子を調査することにした。一通り坑道を確認するため、速足で中を見て回った。ところどころで炭鉱夫たちから、好意的な挨拶を受けるが、きりがないので軽い会釈などだけで済ましていく。
かなりの速度で見たにも関わらず、炭鉱大体全体を調べるのに3時間かかった。採掘を開始してから、まだ数年のはずだが、かなりの規模になっており、あらためて共和国が力を入れて進めている国策事業であることを実感した。
炭鉱全体を調べた結果、湧き水で閉鎖されている場所が3か所、それ以外に空気穴を開けた方が良さそうな坑道が7か所ほどあった。崩落しそうな箇所は思ったほど多くなかったが、最低17本は柱を作った方がよさそうだ。これを1か月は、厳しいかもしれないと正直思うが、能力も思った以上に向上しているので、不可能ではないだろう。




