第87話 感謝と食事のお誘い
炭鉱事故の救出劇の後、親方に誘われ、再び親方の住まい兼集会場に戻った。経過した時間は短いが、密度の濃い時間を過ごしたため、飛び出したままの部屋の状況を少し不思議に感じながら、周りを見渡した。
被害者が出たが、最小限の被害に抑えられたこともあり、皆落ち着きを取り戻し始めていた。きな臭いにおいが、あたりに少し漂ってはいるが、それもやがて消えるだろう。
親方は俺に席に座るように促し、座るのを見届けると話を始めた。
「小僧・・・、いや、違うな。俺はこの炭坑を仕切っているオルデンだ。まずは、あらためて感謝したい。皆を助けてくれてありがとう。あの状況だ。通路の奥にいた連中は全員お陀仏でもおかしくなかった。」
「俺はリコルドだ。感謝は素直に受け取っておくが、やれることをやったまでだ。結果は運が良かったこともある。火災が発生していたら、諦めていた。」
「ハハ、やれることか。分かっていると、あれは普通やれないことの部類だがな。・・・ふぅ。これからのことを考えると、頭が痛いことが多いが、お陰で被害が最小限になったのは間違いない。何か報いたいが希望はないか?」
「そうだな。元々俺を子供とあしらうこともなく、商談してくれようとしたことに恩を感じていた。そして上手く進めて、今後も良い関係を築きたいと思っていた。そうしてもらえると嬉しい。まあ、商談の方は、まだ、結果が出ていないがな。」
親方はガハハハッと笑った後、頷いた。
「もちろん。商談は続けさせてもらうさ。色も付けさせてもらう。それでも、それとは別に礼もさせてもらいたいところだな。」
「ありがたいが、普段の作業の延長に近いことしかやっていないので、あまり気にしないでくれ。本当にたまたまだ。そうだな、礼というなら、俺はこの辺の事情に疎いので、教えてもらえるとありがたいが。」
「普段の作業・・・」親方はそう呟きながら、改めて俺の顔を見つめ、本心であることを確かめたような表情をした。
「欲のないことだ。あれだけのことをして・・・損するタイプだな。若いからかもしれないが、それでは出世しないぞ。」
「そうかもな。」
その辺のことは前世でも、苦労させられた。性格は生まれ変わっても、中々変えられるものではないらしい。
親方は何度か頷くと。
「そうだな。まずは商談の方をまとめてしまおう。塩、籠、水筒、それと木材を全部、合わせて銀貨50枚でどうだ。」
「・・・親方。ありがたいが、それはいくらなんでも色を付けすぎじゃないのか?」
提示された共和国銀貨1枚は、親方に聞いた話では、前世の日本円で1万円程度の価値がある。今あげられたものに50万円は、あまりにも価格が高すぎるように聞こえる。
「確かに色を付けているが、そこまででもないぞ。知っていると思うが、木材が異常に高騰しているからな。小僧、いやリコルドか。リコルドが背負っている木材は1つ1メルトの長さはあるし、太さも手ごろだ。共和国まで持っていけば、一本銀貨1枚以上で売れるだろう。塩もそれだけ質の良いものは高い。籠と水筒は、まあ、珍しいしな。」
木材の高さに驚いたが、それであれば、やや色を付けた金額ということなのだろう。確かに、この村に近づくにつれ、木材が一切落ちていなかったのを思い出す。俺のことは小僧でかまわないと伝えながら、了承する。
「そうか、そういうことであれば好意も含めてありがたく。その値段で頼む。ところで、木材がそこまで高騰している理由を教えてもらえるか?」
親方は少し目を見開き、また、俺の表情を探るように見つめる。やがて他意がないと判断したのか、説明してくれた。
「小僧。お前はどこの田舎から出てきた? その異常な力も不思議だが・・・ まあ、いいか。どこまで知っているかわからんが、木材の入手は非常に困難なうえ、用途が多いので高騰するのは自然だろう。木材を採りに森に入って、無事に済む人間は数少ない。切り倒しているうちに、大型獣やエルフどもに襲われるからな。」
いくつか気になる単語があったが、あまり聞くと怪しまれる可能性もある。あたりさわりのないところから、情報を聞くこととしよう。
「そうなのか。俺の住んでいたところは、周りに既に林や森はなくてな。大型獣やエルフは実物をお目にかかったことすらない。大型獣らしき骨を見たことがあるくらいだ。」
親方はずいぶんと田舎だなとつぶやくと、補足してくれた。
「なるほど。それでこの辺の情報が欲しいと言っていたのか。そうだな。まずはこの村だが、アグリカ共和国に所属している。ここから村の前の道を60キロル(※Km)進んだところに、共和国の首都がある。行ってみればわかるが、共和国の周りには、この辺の風景からは想像できないほどの大森林があるのだが、木材は基本そこから採るしかない。だが、さっきも言ったように、木材を採りに行くと帰ってこないものも多い。」
「大森林か。見てみたいものだな。興味本位で近づかない方が良さそうだが。」
「よし。この辺の話は、後でもっと教えてやるが、とりあえず支払いを済ませておこう。おーい。銀貨50枚持ってきてくれ。」
親方は約束の銀貨を持ってくるように指示を出した。
「小僧、今、飯を用意しているから、今日はそれを食って泊っていってくれ。少し相談したいこともあるしな。」
「相談というのは気になるが。わかった。世話になる。」
袋に入った銀貨を受け取った後、食事ができるまで部屋に待機するように言われた。案内された部屋で少し休もうと思ったが、救った炭鉱夫たちから、感謝の挨拶をひっきりなしに受けることになった。嬉しいのだが、少々疲れた。
そうこうしているうちに、休む暇もなく、食事に呼ばれることとなった。
食事が並べられた部屋に行くと、既に親方、オルデンが待っていた。部屋の中に入ると、食欲をそそるなんとも言えない、良い匂いがしてくる。
「今日は、早速買い取った木材で料理をさせた。こんな場所だから、食材が限られるが遠慮なく食べてくれ。」
食卓には、久しぶりに見たパスタや肉料理が並んでおり、かなり無理して用意したように感じる。それだけ感謝してくれていることだと思い、ありがたくいただくことにする。
「すごいな。ごちそうになる。」
日本式のいただきますをしてから食べ始めたため、親方は若干不思議そうな顔をしていた。料理はかなり豪華で、これまでの暮らしからは気が引ける量だが、折角用意してくれたこともあるので、遠慮なく食べた。
パスタも料理も、前世に近い味わいで、かなり満足度が高い。金に余裕ができるようなら、購入したいくらいだが、生パスタだったので日持ちはしないだろう。乾麺があるようなら、里へのお土産候補としてもよさそうだ。
飲み物も、レモンのような酸味が効いており、冷たくはなかったがおいしかった。
「ふぅ・・・。ここまで食べさせてもらったのは初めてだ。ありがとう。ごちそうさま。」
俺は感謝を伝え、親方がしたがっていた相談とやらを聞く覚悟を決めた。




