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第86話 炭鉱事故

 親方と商談をしていたところで、地響きに続いて何かが崩れる音がここまで聞こえてきた。大きな崩落が起きたのだろう。


 現場の状況は分からないが、さらなる崩落の危険性は十分ありそうだ。ここは子供のふりをして、素直に待つことが、今採るべき正しい選択だろう。


(だが・・・それで良いのか?)


 まだ1時間も経っていないが、ここに来てからのことを思い出してみる。最初にあった人も親方も、どちらも俺に情けをかけようとしていた。


 2人としか話していないし、具体的に何かしてもらったわけでもないが、なんとなく気の良い人たちであるように思える。子供のふりをしてリスクを回避するのは簡単だが、恐らく何かあれば、俺は長い間後悔することになる。


(であれば、できることをすべきなのだろう。)


「セルカ、お恐らく崩落事故だと思う。炭坑に入って、事故現場を見に行ってみる。ところどころに『しるし』も置いていくので支援を頼む。」


(危険なのでやめた方が良いとは思いますけど。まあ・・・気をつけてくださいね。)


 セルカの支援と、マナ操作があれば状況をプラスにできるチャンスは十分にあるはずだ。


(ああ、できるだけ気を付ける。それじゃ、行ってくる。支援期待しているぞ。)


 俺は家を飛び出し、炭鉱の入り口に向かう。しかし、普通に俺が炭鉱に入ろうとしても、常識的に子供を危険な場所に入れる大人はいないだろう。


 俺の姿を見れば、炭鉱夫達に止められるのは目に見えているので、全力で走り抜けることで、止める隙を与えない作戦で行く。炭鉱の入り口の様子を確認すると、入り口近辺に炭鉱夫達が心配そうにしている姿た目に入る。その炭鉱夫たちの横を、スピードを落とさずに走り抜けていく。


「お、おい。今子供が入っていかなかったか?!」


「なんで、ここに子供がいるんだよ。誰か止めろ!!」


 炭鉱夫たちが目を丸くしている間に、炭鉱の中に飛び込むことができた。炭鉱夫達の声が背中から聞こえている。俺はその声を無視して、薄暗い炭鉱の中を、周りを確認しながら進んでいく。


(この炭鉱の構造はまずい。)


 炭鉱は入り口から掘り下げられており、鉱床まで掘り進む坑内掘りが採用されているようだ。坑内掘りであれば、途中に落盤などを防ぐ、支保が設置されるはずだが、それが全く見当たらない。


 気になるが、あまり深く考えず、入り口から下方に続く炭坑を走りながら進んでいく。炭坑に入っても、焼けた匂いや煙が上がっていないところを見ると、火災までは発生していないようだ。


 もし大き目の火災が発生しているようなら、俺には何もできることはない。炭鉱の場合、火災が酷いようであれば、坑道に水を流し込んで、閉山するしかないこともある。


 走って炭坑の奥に進んでいるが、相変わらず支保の形跡すら見当たらない。


(酷い炭坑だ。これじゃあ、崩落事故ばかりだろうに。)


 支保はないが、岩などのもともとの地層を活かして、崩れにくくしている工夫は見られる。意識していないわけではないのだろうが、支える部分が少なすぎる。なにか支保工ができない理由があるのかもしれない。


 炭坑特有の生暖かい熱気を感じながら、先に進んでいく。炭鉱内部はロウソクで作られた安全灯が定期的に設置されており、全体的に薄暗いがある程度光量は確保されている。


(結構、大規模に掘り進んでいるな。)


 100mほど下がり、さらに平らな道を200m進むと、分かれ道があった。迷うかと思ったが、片方が明らかに騒がしい。そちらを選び少し進んだところで、崩落現場と思われる場所が見えた。


 先ほど別れた、親方が指示を出している様子が見える。


「崩落に巻き込まれたやつは・・・諦めろ。まずは安全な通路を確保しろ。奥に何人いる?」


「50人弱はいたはずですぜ。有望な鉱床が見つかったとかで、集まっておりました。」


 薄暗い中では親方の表情はあまり見えないが、苦悶の表情が見えるような沈黙の後、指示が続く。


「わかった。通路は確保できそうか? 通路の先の空気穴は確保できていたか?」


「崩落した岩や土砂が多く、通路は完全に埋まっとりやす。しかも、ここの通路の周りは岩で硬すぎで、今から他の通路を掘るわけには・・・。崩落した岩の周りにある土砂をかき出して、通路を確保するしかなさそうですぜ。」


「そうか・・・。」


「空気穴ですが、見つかったばかりの鉱床だったので、掘っている最中でさ。」


 聞く限り状況は非常にまずい。事故現場近くでは若干きな臭いがしており、崩落場所の先でメタンガスの爆発が起こった可能性も捨てきれない。そうなってしまえば、通路の向こうに生存者がいたとしても、助けるまでに時間がかかれば二酸化炭素中毒、それだけでなく、頻繁に発生するメタンガスや、火元があれば一酸化炭素の中毒になる可能性もある。


 一刻も早く空気穴を開けるか、できれば通路を作る必要がある。既に親方は通路の確保を指示しているが、崩落場所は崩れやすくなっており、中々進まないようにみえる。


(やるしかないな。)


 俺は薄暗い崩落場所と周辺を慎重に観察し、右横にある岩壁に目を付ける。崩落場所のすぐ横にあり、小さめの通路であれば掘っても崩れることはなさそうだ。俺は旅の武器兼道具として持参した、マナ結晶を埋め込んだ鉄製のスコップを構え、目を付けていた岩壁へ走り出す。


 光量も限られるうえ、俺がいるとは想像していなかったのだろう。親方も、炭鉱夫たちも、俺に気が付くまでに少し時間があった。俺はその隙を使って、黙ってスコップを岩壁に突き刺していく。


「サクッ」


 マナを流したスコップが、岩に抵抗なく突き刺さり、スコップの幅40cmの岩が、掘り出されていく。


「サクッ、サクッサクッ」


 里や村の復興で使い続けたマナ操作能力は、かなり向上しており、マナの展開速度も速い。あっという間に穴が開き、その後ろに掘り出した岩が溜まっていく。


 親方はしばらく呆然と見ていたが、正気に戻ったのか声を絞り出した。


「お、おい。小僧だよな・・・」


 明らかに異様な状況に圧倒され、その一言で精一杯なのか、だれも声を発しない。俺は無視して作業を続け、猛烈な速度で掘り続ける。


「おい。あそこは固くて掘れないと言っていなかったか?皆掘れるなら手伝え。」


 沈黙が数分続いた後、親方は俺ではなく、他の炭鉱夫に指示を出す。


『ガキン』


 炭鉱夫の1人がツルハシのような道具で、俺の掘っている通路を広げようとするが、弾かれた。また、沈黙が訪れた。


「わかった。もう良い。お前らは、掘られた岩を邪魔にならないようにどかしてくれ。」


「へ、へい。」


・・・


 15分ほど掘り続けると、堅いはずの岩壁に、幅高さともに120cm程度の通路が出来、崩落場所の反対の通路につながった。反対側に出た瞬間、焦げ臭いにおいと熱気があったが、すぐに収まる。


 周りを確かめると、数人倒れているのが見えるが、意識を保っている人も多い。幸いまだ酸素が足りているようだ。


「助けに来た。反対側で親方が待っている。倒れた奴を優先に穴から出す。余裕がある奴は手伝ってくれ。」


 そう一方的に告げて、一番手前に倒れている人を背負い、引きずり気味に穴に戻っていく。崩落現場に戻ると、親方は穴の周りに明かりを設置していた。


「親方、通路の奥で何人か倒れている。この後運びだされるので、外に運び出してくれ」


「・・・小僧。後で色々聞かせてもらうぞ。お前ら、救出が先だ。どんどん運び出せ。」


 俺は黙ってうなずいた後、救出が始まるのを確認し、今度は崩落場所を見る。


(よし、こっちは大丈夫そうだな。崩落を起こした場所は・・・)


 崩落場所は、大きな岩が通路を塞いでいて、その周りに土砂が広がっている。崩落が起きた時に炭鉱夫が岩の真下にいたとしたら無理だが、直接潰されず、横の土砂に巻き込まれたくらいであれば助かるかもしれない。


 通路が埋まっている長さはせいぜい5m程度のようだ。崩落した大岩の横を掘り、崩れる土砂を力押しで後方によけながら、先に進んで行く。 


 時々掘り進んでいる先や周りに、マナを浸透させる。マナは水に溶ける性質を持つため、植物や動物、人体など水分が多いものは、マナを流して展開させることで、その先が無機物なのか、それとも水分が多い物体があるかを感じることができる。


 そうやって、埋まっている人の場所にあたりを付け、掘り進み、見つけた被害者をかたっぱしから掘り出していく。気休めに神父を助けた時のことを思い出しつつ、被害者の心臓と肺にマナを流しておく。


「親方、こっちを優先で頼む。助かるかもしれない。」


 親方は、いつの間にか崩落場所を掘っている俺をみてびっくりした後、考えるのをやめたのか、素直に指示を変えていく。


「わかった。おい。こっち優先だ。」


・・・


 元々体格の良い男たちがそろっていることもあり、あっという間に救助が進んでいく。1時間くらい後には、鉱山入り口の前で点呼が終わり、犠牲者の数まで判明していた。


「皆のお陰で救出が無事に終わった。残念ながら犠牲者が1名出た。家族に話すことを思えば気が重いが、この規模の事故では、被害は最小限に抑えられたと言ってもおかしくないだろう。今ここにいる皆が無事で本当に良かった。まずはゆっくり休んでくれ。落ち着いたらまた次ぎの指示を出す。・・・この小僧の話は、後で俺から詳しく話すことにする。」


 親方は威厳がある口調で指示を出していたが、皆は俺の方を見ていた。


「おい。とにかく休め。俺はこの小僧と話をしてくる。小僧こっちだ。」


 親方はそう言って、集会所の方角に歩き出したので、俺は素直についていくことにした。


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