第83話 見渡す風景と旅立ち
朝の寒さが大分和らぎ、過ごしやすくなってきた。今年もこれまでの凶作を取り戻すように、農作物の成長は順調のようだ。食糧事情はすっかり安定し、最初の目標であった村の掟もなくすことができた。
生活習慣については、まだ完全には浸透していないものの、確実に広がりつつある。住民が安心して暮らせる環境が整いつつあり、笑い声も頻繁に聞こえるようになってきている。
外の緑化もセルカの指導や自動化の成果で、進み始めている。このまま進んでいけば、俺が生まれた時とは全く違う、見渡す限り緑の風景が見えるようになっていくだろう。
掟がなくなってからベビーブームが起きており、住民も順調に増えている。住民が増え、子供が大人になるにつれ、食糧の需要は確実に増えていくが、農作物の収穫が好調で明らかに供給の方が多い。
村共同の畑も大きくなっており、今年中には今ある倉庫がいっぱいになる可能性もある。余った種はすべて緑化に回しても良いが、住人の将来を考えれば、食糧を配給元になることも考えても良いのかもしれない。
里での収穫を眺めながら、そんなことを考えていた。
配給元となるには、当然、配給先がなければならず、これまでの探索では見つけることができなかった、ここ以外の村や町を見つける必要がある。里の中で屈指の情報通である神父に相談することにした。
「食糧を提供する先ですか? 確かに、毎年豊作と言っても良いですし、豊作でなくても、いずれ余りそうですね。」
「うむ。緑化も順調だし、考えても良いと思うのだが、周辺を探索した限り、食糧を提供するような人里がなくてな。なにか聞いたことはないか?」
神父はまだ30歳代だが、村から離れる前は代々神父を受け継いできた家系だ。歴代の神父から伝え聞いた話や、村長との会話をよくしていたため、里と村の中では、外についての知識を持っている可能性が高い住人の一人だろう。
「そうですね。私たちより、リコルド様の方がご存じではないかと思っておりました。私が知る限り、ここ数十年で、外からこられたのはリコルド様だけです。」
そういえば、俺は出身地不詳だった。とりあえずしらばっくれるしかない。
「俺より前の話は知らないか?」
神父はじっと俺を見た後に、諦めたように話始める。
「・・・それより前ですと、かなり昔の話、私が生まれる前の話になります。先々代の話だったと思いますが、1人だけ外の人が村を訪れたことがあると聞いています。詳しい話は残っておりませんが、村長の家から竹林へ進む方角から来たということです。村では珍しい来訪者を、警戒するより歓迎したようです。その男は、数日滞在して何もせずに出ていったそうです。滞在した男は、その方向にある国からきたと言っていたそうです。私が聞いたことがあるのはそれくらいですね。」
30年以上遡っても来訪者は、たった1人。想定以上に外との交流がないようだが、俺自身の探索結果を踏まえると納得できる話だ。
「そうか。ありがとう参考にさせてもらう。竹林の方向か・・・一度調べてみる必要があるな。」
既に日帰りで行ける範囲の探索を終えており、周囲に人里がないことを確認している。探索範囲を広げて調べるとなると、野宿をして距離を延ばす必要が出てくる。野宿を数日、ここまで人が来ないことを考えると、それ以上の日数も視野に入れる必要がありそうだ。
(うーん。どのくらいまで進んでみるかな。)
俺の移動速度は、時速21km程度、連続して走るとなると休みも入れて、平均時速15km程度と考える。1日6時間走るとすれば、1日90kmは移動できるはずだ。ざっくり片道5日探索することにして、食糧と水を10日分準備しよう。
さすがに荷物が多くなりそうなので、ロバのルシオとロシナンテにはついて来てもらう。10日分となるとそれなりの量だが、細工の品質も上がって食糧を入れる籠や、軽量化された竹製の水筒もある。ロバたちを連れて行けば、十分余裕がある。
(そうと決まれば、早速準備に入ろう。)
里の皆には、俺の将来構想やねらいも含めて話をして、協力を仰いだ。
「戻ってくるんでしょうね?」
ケイティから最新式の水筒を受け取りつつ、そんなことを聞かれたので、多分なと適当に返事をしておいた。心配してくれているのだろう。
ミランダや神父は、迷うそぶりすら見せず、あっさり了承してくれた。もう少し心配してくれても良いのではという、理不尽な怒りが少し湧いたのはなぜだろうか。信頼してくれているのだとは思う。
里の住人には快諾(?)してもらったので、10日間の活動に必要な物資について検討し始める。
(さて、何を持っていくか。)
1日に必要な水の量は、体重1kgあたり約35ml。見た目の年齢である12歳の平均体重は50kg弱とすると、1.75リットル。ケイティ特性の水筒、ロングバージョンは2リットル程度入るので、余裕も含め10本。ロバたちの分は、途中で水源を見つけて与える前提としておく。
食糧は1日4合で600グラム、10日で6kg。干し肉や肉の塩漬けも5kg程度持っていく。水と食料で20kg強になりそうだ。後は、最近は完全に定着したうどんの乾麺も持つ。
(ルシオとロシナンテは、長距離移動を考えると、どれくらい荷物を載せても大丈夫だろうか。)
ロバの成体は最大で480kgと言われているが、ルシオとロシナンテは、まだ若い個体のようで、そこまではなさそうだ。せいぜい300kgあるかどうかだろう。
ロバが安全に運べる重さは、体重の20%程度と言われているので、1頭あたり60kg。俺の10日分の食糧であれば、どちらか1頭でも足りるが、目的は将来の農産物の出荷先の発見。集落などの人里を見つけられれば、顧客になってもらうために商談をすることも想定される。
(外で売れそうなものは・・・)
商談の際に、こちらから提供できるものも載せていきたい。候補は食糧のほかに、和紙、竹細工、布などを持っていくことにする。磁石も数本持っていくが、鉄製品は重いし、外では製鉄が普及していて価値が低いこもの考えられるので、今回はやめておく。
積載できる量はまだ余裕があるが、10日以上になることも想定して、余裕は残しておくべきだろう。途中で収穫するようなものが見つかる可能性もある。
(念のため武器も最低限持参するべきだろうな。)
いつものナイフと、鉄製のスコップを持っていく。スコップの中に、マナ結晶を埋め込んだ特製だ。製鉄が成功してから、鉄製の武器や道具を多種類検討、試作してみたが、結局スコップの汎用性を超えるものはなかった。
マナが通せるので、先端で岩も容易に掘り出せるし砕ける。人間相手の戦闘経験はないが、相手の武器に触れ、マナを展開する時間が得られれば、相手の武器を壊せるだろう。マナ操作レベルも上がっているので、水を含んだ人間の体でもダメージは与えられる。ただし、狩りの獲物で試したときの結果を見ると、あまり人には試したくない。
・・・
里での準備を終えると、ルシオとロシナンテを連れて、村に移動した。これからの旅路について説明したが、元村長も村人もまるで心配をしてくれない。少しでも心配してくれたケイティが恋しくなってきた。
気を取り直して、食糧や細工物などの提供を依頼すると、喜んで提供してくれた。多すぎて困るくらいだったが、それだけ村にも余裕ができてきたということだろう。素直に嬉しい状況だし、充足感がある。
「それでだ、村長。ここ以外に人里がありそうな方角に行ってみようと思うのだが・・・」
神父から入手した、外部からの来訪者の情報について、元村長にも聞いたが同様の内容だった。元村長の家から竹林の方角を、自作の方位磁石で確かめたが、北の方角を示していた。
(よし、行ってみるか。)
北へ片道5日程度の工程で、探索を進めることに決めた。ざっくりとだが進む方角と片道の日数などを決め、必要な持ち物の準備を行った。大部分を里で準備してきたので、追加で調達した物資や道具はすぐに揃い、次の日の朝に出発することにした。
・・・
いよいよ旅立ちとなる。旅立ちに相応しい快晴だ。
昨日これからやることの説明をしたとき、村人の反応あっさりしていたが、きちんと見送ってくれるらしい。多くの住民が、早朝にもかかわらず集まってくれている。
「それじゃ、行ってくる。」
言葉少なくそういうと、皆が応援の言葉や拍手を送ってくれている。その様子を見ながら、感謝するとともに、まだまだ村の貧しさを実感した。もっと生活に余裕を持ってもらい、音楽などの楽しみも里と村に普及させたいなとふと思った。
手を振りながら出口に向かうと、畑の青々とした様子や、外にまで緑が広がり始めた光景が、まるで俺を送ってくれているように感じる。
里と村は防衛力の弱さに不安があるものの、衣食住などの生活基盤を整い、季節が良いこともあるが、内外に緑が増えてきている。こういった風景を見ると、里や村は段々継続可能になってきていることが実感できる。
女神から与えられた使命、その最初の成果としても、この状況は十分評価できるのではないか。里と村を、もっと住民が幸せに暮らせるように発展させていくつもりだが、狭い世界に留まっているわけにはいかない。もっと外の世界を知る必要がある。
外の世界はどうなっているのだろうか、不安と期待を感じながら、俺は旅に出た。




