第78話 村の暮らしと細工
里の生活改善と並行しながら、村の立て直しを始めてから数か月が経過した。今では食に困ることはなく、住人の笑顔を見ることも多くなった。立て直しは順調に進んでいる。
村の道具はほとんどが石器なので、村の住人にも鉄製の道具を貸与したいのだが、まだ数が限られるため、各家庭に配れるほどの余裕はない。
前世では道具の素材は、石器、新石器、青銅、鉄と移り変わっていった。青銅は銅と錫からなるが、鉄と比べると送料が圧倒的に少なく、一般的な道具としては普及していなかったはずで、道具の素材は新石器の次は鉄。この世界でも鉄製の道具がもっとあってもおかしくないのだが、少なくともこの村では石器が中心だ。
(鉄製の道具は、なるべく早く普及させていきたいな。)
石器といっても、砂や岩で削って成形してある新石器なので、それほど使いにくいわけではないのだが、鉄製の道具は一線を画すほど性能が違う。村の作業効率化のため、数は限られるが、元村長と技術担当のフレッドとアシーナにそれぞれ10個ずつ渡し、鉄製の道具に慣れてもらうと同時に、共同作業などのときに使ってもらうようにお願いしている。
農業は順調で、導入した農法の効果が出始め豊作の畑も多く、ほとんどの家庭で1日2回分の食糧が、自分の畑の収穫でまかなえるようになりつつある。このあたりの土地はやせすぎているだけで、気候は比較的安定している。適切な手入れをして、植える作物を適切に選べば、前のように飢えることはないのだろう。それでも不安からか、住民の間では貯蓄がちょっとしたブームになっている。
「リコルド様、何かソルガムを蓄えるために、丁度良い入れ物はないかな?」
そういう質問が多くなってきている。自分の入れ物は、岩をくりぬいて適当に作ってきたが、皆に作るわけにもいかない。作ったとしても重いので、利便性が良いともいえない。使いやすい入れ物を検討する必要がありそうだ。
村は里より人口が多いこともあり、一度回復の流れに乗ると復興速度がはやい。今のところ村では、まだ配給を続けているが、必要とする家庭が減ってきている。次の収穫時期を迎えれば、配給を止めることも視野に入れられそうな状況だ。
「食糧事情はかなり改善されたようだな。」
(そうですね。この村で、まだ十分な収穫が得られていない家庭は、全体の2割程度ですよ。畑が痩せすぎていたと思います。リコルドが混ぜた堆肥の効果が出ていて、今は順調に作物が育っています。)
村を監視、もとい、見守っているセルカから状況の補足が入る。
「なら、まず大丈夫だな。そういえば生活習慣の浸透状況はどうだ?」
(そちらは大人でそこそこ、子供が課題ですね。特に歯磨きは面倒ですからね。塩や炭で磨くというのも抵抗感があると思います。慣れるとすっきりするようで、大人には概ね好評のようですよ。)
「まあ、そうだよな。子供は難しいな。食べ物に糖分が少ないから虫歯はそこまで多くないが、歯の治療は当面できないから、歯磨きはして頑張って欲しい。」
病気については、あまり手を打てる状態ではなく、今後も見込みがない。病気は徹底的に予防するしかないので、生活習慣を徹底してもらいたい。
「うーむ。何か生活習慣が身につくようになるような、怖い話とかを流行らせた方が良いのか。」
(どういうことです?)
「ああ、いや。歯が黒くなって穴が開く虫歯の主な理由は、細菌という小さな虫みたいなもので、歯磨きをすることで、その虫や虫の食べ物を少なくすることで予防する。子供達にはわかりにくいので、歯磨きをしなかった子供が、酷い目にあうような話した方が、伝わるのかなとな。」
(なるほど、良いかもしれませんね。ちょっと、女神の言うことを聞かなかった子供の話みたいな形で伝えて見ますよ。)
里でも同様だが、細菌やウイルスの話をそのまましたところで、目に見えないものを理解してもらうことは難しく、中々生活習慣が浸透しない。ガラスが製造できるようになれば、レンズや簡易な顕微鏡などを作って、細菌などを見せて説得力を増すこともできるが、現時点見込みが立たない。当面、繰り返しの指導と、セルカの怖い話にも期待していこう。
・・・
農業が順調なのは、とにかくありがたい。このまま畑が安定すれば、来年には里と同じように、税収も期待できるかもしれない。配給を受けなくなった家庭には、税について改めて説明しており、ソルガムや大麻の実、労役で納めてもらうことにしている。納めてももらった実は、ある程度貯蓄し、残りは村周辺の緑化に使う方針としている。
村の住民には、里とは違い詳しい知識は説明せず、基本的には、作業のやり方を教え、指示だけをする方針で村の立て直しを図っている。子供の教育も同じで、生活習慣の浸透、農業、和紙、竹細工の作業指示のみを行っており、読み書きの教育や、知識自体の教育については、こちらが指名した技術担当と、一部興味を持って聞いてくる住民以外には、教えていない。
当初は里のみに伝えるつもりだったが、今は、村にも里に伝えている知識も教えていくつもりだ。ただ、教えられる人材が確保できないこともあり、里と村で明確に教える知識の範囲を分けている。
(やっぱり、人が多いというのは、それだけで有利なんだろうな。)
村では里にくらべて住民が多いこともあり、面白い動きが出てきている。技術担当としてフレッドには農作業、アシーナには和紙や竹細工を集中的に教えている。住人にはその2人の指導のもと、作業に協力してもらっていたのだが、農業好きや、細工好きがそれぞれワイワイ話をしながら、俺が教えたこと以上の工夫を始めていた。
そして先日、アシーナから相談があると言われ呼び出しを受けた。
「リコルド様、私を細工に集中させてもらえないかしら。」
「どういうことだ?」
アシーナは、俺が教えた和紙作りや竹細工、麻糸の作り方などがどれも興味深く、やればやるほど奥が深いと感じているという。アシーナをはじめとした細工好きの人達は、農作業などの他の作業を免除してもらい、細工だけに集中したいということらしい。
好きな作業に特化したいということだが、俺が思っていたより、随分動きがはやい。ちなみに何度言っても、様付けをやめてくれないので、もう諦めている。様以外の敬語が微妙なのはご愛敬だろう。
「フレッドがかなり頑張っていて、作物の収穫がかなり好調という話を聞いたのです。私も細工を任せていただいているので、彼に負けないようにもっと集中して成果を出していきたい。リコルド様が指名してくれた技術担当として恥ずかしくないように。お願いできないかしら?」
この動きは実は望むところでもあるのだが、アシーナの覚悟を確認するためにも、わざと否定的な話をする。
「ほう。他の住人が食糧の確保のために頑張っているのに、アシーナたちは手伝わないと?」
アシーナは覚悟を決めていたのか、目を逸らさずに俺を見ながら言う。
「細工で農作業を助けることもできるわ。竹で籠を作れば、収穫が格段に楽になるし、水を撒くための桶などの道具を使えば、喜んでもらえるでしょ? 麻糸も多く作って、機織り機を増やしていけば、リコルド様が言っていた、清潔な状態も保ちやすいとおもうの。お願いっ!」
色々と突っ込みどころはあるのだが、好きな作業をやるということではなく、他の人を楽にするための具体的な内容が入っていて少し驚いた。誰かが入れ知恵したとも思えないが、話して見ると随分建設的な意見が多く、正直アシーナのことを見誤っていたのかもしれない。
「・・・なるほど。よく考えているな。セルカ様には言っておく。他の住人にも説明するから、5日後からで頼む。細工だけをやる人数は、何人にするつもりだ?」
あっさり許可が下りるとは思っていなかったらしく、アシーナがぽかんとした表情でこちらをみている。
「どうした? 提案通りにするつもりだが。」
「あ、いえ。私を入れて6人、今後増えるかもしれないけれど。本当に良いのかしら?」
俺にとってもも望ましい方向なので、こういう動きはありがたい。
「自分たちだけのことだけでなく、村のことも良く考えた提案だと思うぞ。俺やセルカ様だけでなく、女神イーリスもお喜びになるだろう。成果に期待している。」
思いの外褒められたことにびっくりしているのか、アシーナは目をぱちくりさせていた。
「・・・ありがとう! 早速仲間に伝えてに行ってくるわね。」
アシーナはそう伝えると、一目散に走って行ってしまった。せわしない限りだ。村で6人程度であれば、収穫にほとんど影響もない。村共同の畑での農作物の育成も順調で、今後農産物には余裕が出て来る見込みなので、それ以外の産業に関する話が増えるのはありがたく、むしろ良いタイミングだったのかもしれない。
あの調子なら、農作業の効率化にも貢献してくれそうだし、技術力が上がってくれば、こちらからの依頼もだせそうだ。早速、竹材の新しい編み方や、新しい素材なども定期的に提供することも考えるとしよう。ナツメヤシの葉などは、細工向きなので、機会があれば採ってきた方がよさそうだ。




