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第74話 元村長の独り言

「まるで夢のようですね。」


 例年よりさらに酷い凶作が続き、途方に暮れていたころ、突然正体不明の相手と物々交換が始まりました。毎日、住人からの陳情を聞き、その度に無力感に苛まれていたある日の朝。 共同倉庫に、籠に入ったソルガムが唐突に置かれていました。


 村の食糧をどう確保するべきか毎日悩んでいたため、いよいよまぼろしでも見たのかとも思い、目をこすりました。何度こすっても籠が消えることはなく、しかも、その横には物々交換を希望するかとの問いが書かれた書置きが置かれていました。


 このままでは、住民の何割かは餓死すると絶望していた私にとって、この書置きは住民を救うための天啓のようで、迷うという選択肢すらありませんでした。これから訪れる秋や冬を乗り越えるための唯一の希望ではないか、そう感じられ、すぐに物々交換を希望する手紙をしたためました。


 それから、定期的に物々交換で食糧が得られるようになり、十分とは言えないものの、村は最悪の状況を脱しました。ですが、豊かではないこの村では、すぐに交換するものが少なくなり、取引が続けられなくなるだろうことに恐怖を覚えました。


 しかし、それを見越したように、物以外のものと食糧を交換する提案がその都度あり、毎回救われたような気持ちで、許可を出すようになりました。提案というのは、例えば、村の土地が欲しい、女神像を設置させて欲しい、女神イーリスの祭壇を作らせて欲しいなど、受け入れたとしても、村に不利益が起こらないようなものばかりでした。こんな村の土地に価値などあるはずもないからです。


 あまりにも村にとって都合の良いことばかり続くため、いつしか村を見守ってくださる存在がいるのではないかと感じていました。


「実際、見守ってくださっていた。」


 やがて祭壇ができ、セルカ様の声が直接あたまに響いてきた瞬間に、私の直感は正しかったのだと、理解しました。セルカ様には、色々なことをお聞きいただき、将来に対する悲観しかなかった私の心に、徐々に希望の灯がともっていったのを覚えています。


 先祖から代々受け継いできた村長という大事な役目。そう思いこれまで頑張ってきましたが、いつからか、受け継いできたのは、セルカ様に村をお譲りするためだったのではと思い始めました。その思いが強くなっていき、冬が訪れる少し前に、セルカ様にこの村をお譲りしたいと伝えました。


 セルカ様からは、優しく、冬の間、よく考えることをお勧めいただきましたが、私の心は決まっておりました。春が来るとすぐに、お譲りしたいことを再び伝え、セルカ様にご承知いただいたとき、言い知れぬ満足感があったのを覚えています。


「さすが女神イーリスのしもべの方。」


 セルカ様のお使いの方が、この村の指導をしてくださるとお聞きした時、本当にうれしかったのですが、いらしたのは小さな男の子。大人びてはいましたが、贔屓目に見ても10歳にはなっていないような子供でした。


 流石に不安になり、何度もほかの方はいらっしゃらないかと、リコルド様に確認したのも思い出されます。今となれば、本当に失礼のことでした。


 リコルド様は、私の驚きと不安をすぐに察し、セルカ様からの指示があるから問題ないとの話をしてくださりました。とても子供の声とは思えない、落ち着いた声であったのが印象的でした。


「女神イーリスは、この村を見ていてくださる。」


 事前の指示通り、住民を集めて村を譲ることの宣言し、契約書にサインして、今後の指導役としてリコルド様を指名しました。住民がざわつく中、その後を受けたリコルド様は、名前を知るはずのないフレッドとアシーナを呼び出しました。


 そしてあっという間に、私を管理者に、フレッドとアシーナを技術担当者として指名し、作業内容や担当分け、具体的な指示と指導を住民に行っていきました。


「まるで魔法のようでしたね。」


 リコルド様は、自ら率先して作業を始めていきます。まず作業の1つ1つやってみせ、作業について説明し、住人一人ひとりの名前を呼んでやらせてみて、適切なアドバイスや誉め言葉をかけていく。


 すると住民が見る見るうちに、経験のない作業をできるようになっていきました。住民も最初は違和感があったようですが、有無を言わさぬ指示と、そのわかりやすい内容に少しずつ動き出し、自然と従い、まるで夢を見ているように、てきぱきと働くようになっていきました。


 指導をしながら、大人ですら持てないようなものも、まるで重さを感じていないように移動したり、難しい作業を、簡単そうにこなしたりする姿を見た住人は一様に驚き、畏怖すら感じるようになったのではないかと思います。


 できない人や疑問を抱えている人に近づき、教えている様子は、まるですべてを見通しているようで、見れば見るほど驚くばかりでした。リコルド様の見た目から、不安や不満を持っていた住民も、やがて畏怖と尊敬に変わり、やがてリコルド様のすごいところを、自慢することが多くなっていくのに時間はかかりませんでした。


「どこまで見えてらっしゃるのか、本当に不思議ですね。」


 指導や作業だけでなく、住人のケアも行ってくださいます。病気の母親を抱えた息子が、女神イーリスに祈りをささげていた時、突然リコルド様が、効くかわからないと言いながら、お茶を煎じ、竹の筒に入れて渡してくださったそうです。そのお茶を数日間かけて飲むと、その病気は母親の嘘のように元気になっていったそうです。


 それ以外にも、村の掟に従って子供を手放した母親の面倒を、よく見てくださったりもされています。その母親は、子供を手放した後、自責の念から落ち込み、もう回復することはないのではないかと思っていましたが、暫くすると憑き物が落ちたように元気になっていました。


「あれが女神イーリスのお力の一旦なのでしょうか。」


 村共有の畑まで、耕し始めてくださっているのを見かけます。耕し方も常人とはかけ離れています。リコルド様が、手を地面に近づけるだけで、土が一瞬でもりあがり柔らかくなっています。


 その姿はまことに神々しく、大人の住人は見かけるたびに、自然と祈るようになりました。大人はみな、リコルド様の中に女神の雄型を見ているのでしょう。私も、実はリコルド様の中身は、そうではないかと思い始めています。


 まだ、村をお譲りしてから、たった2カ月。それなのに劇的に作物の発育が改善しています。まだ、育ちが悪い場所もあるようですが、この村はもう安心だと思っています。私も少しでも御恩を返せるように、生ある限り尽くしていきたい、そう思っています。


「明日が楽しみになる日が来るなんて、信じられませんね。」


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