第71話 村長からの相談
村との物々交換は今も続いているが、半年も経つと村に提供して欲しいものがあまりなくなった。元々里になく、村の余剰物資を中心に交換してきたが、里が出す食料品のような日常必要となるものと違い、ある程度の量を満たせば不要になるものばかりだったので、想定できたことではある。
そのため、苦肉の策として里から食糧を提供する代わりに、女神イーリスの神像を飾る場所と祭壇を設置させてもらうことにした。積極的な布教は行わないが、物々交換は女神イーリスからの啓示で行っていることを伝え、感謝している人や願いがある場合は、祈りをささげることを推奨してもらっている。
祭壇とその床に『しるし』を仕込んでおり、祈りをささげる人たちには、セルカからお告げを行える仕組みも用意した。
村長には、女神イーリスとしもべであるセルカのことは説明してあり、祭壇でセルカとコミュニケーションをとるようにしてもらっている。今では物々交換の依頼は、村長からセルカに直接伝えるようになっている。
時々村人も祈りをささげており、内容があまりにも切実な場合は、俺がこっそり支援をしたこともある。
・・・
「このままだと、一方的な食糧の提供になりかねない。どうしたものかな。」
(そうですね。でも、交換を打ち切ると、今年の冬は厳しいものになりそうです。村長は相当悩んでいる様でしたよ。)
「そうは言っても、これ以上は里の発展や緑化にも影響がでかねないからな。」
秋が過ぎ、冬が近づいてきた。物々交換は、今もなお続いており、要求される食糧の量がかなりのものになってきている。村では、今年はほとんど作物が採れなかったため、冬の食糧のほとんどを物々交換で賄うしかないようだ。
イーリスの里は大人が少ないこともあり、食糧をあまり必要としていないので、まだ問題ない。だが、このまま冬を越すまでの食糧を村から要求された場合、里での今年の生産量を、村の必要量が上回り、昨年、俺が一人でため込んだ分にも手を付ける必要がありそうだ。春を迎えるころには、里の食糧の在庫は、ほぼなくなりそうな状況になっている。
・・・
そんなある日、村長から今後のことについて相談があったと、セルカから報告があった。
(今年の凶作は、今までに記憶にないほど酷いそうで、村長はほとほと疲れ切っているようです。物々交換にとても感謝していて、これがなければかなりの被害が出ていただろうと言っていましたよ。)
確かにかなりの食糧を、里から提供しており、村では貯蓄がほぼなくなったことを考えれば、餓死者が出ていた可能性は高いだろう。悩ましいのは、村の畑に蔓延していると思われる病気だ。手を打たないとこの状況が続く可能性が高い。
「そうだろうな。村の畑を見たが、土地がやせて、慢性的に農作物の成長が悪いし、葉が黄色く変色していたのでミネラルも全く足りていないのだろう。そのうえ、ソルガムすら枯れていたので、カビや細菌が繁殖している。あのままだと、当面今年のような凶作が続くかもしれない。今のうちに、土を深く掘り返すだけでもちがうはずだがな。」
(そうですね。村長は来年以降の凶作も心配していましたよ。大分お悩みのようです。私と話せるようになってから、結構な頻度で祈りにこられますね。例えば・・・)
俺はセルカが、村長の細かい悩みについて話し始めようとする気配を察知する。こうなると無関係の話を含んだエンドレスの報告になるので、無理やり話題を変える。
「そうなのか。まあ、つらいのだろうな。で、本題だが、村長の相談とはどんなことだ?」
(・・・そうでしたね。そっちが本題でしたね。)
セルカは何が本題か、気が付くまでに若干の時間を要した。忘れていたらしい。
(えーと、一言でいうなら、村を譲りたいそうです。物々交換をすることになってから、食糧が確保できるようになり、今年のようなひどい凶作でも、1人も餓死者を出さずに済んでいるそうです。それどころか安定して食糧が確保できるので、住民の食事の量が増えており、皆が元気になっているそうです。ただ、ありがたい反面、物々交換が止まれば、どうなるか不安を感じているとのことでした。)
「まあ、確かにな。村の食糧は結構な割合で、我々の里が提供しているからな。」
(そうですよね。ですので、村長は村を譲るので、村人に食糧だけでなく、農法を伝授して欲しいと言ってきています。)
想定していたことの1つだが、今はリスクが高い。
「・・・そういった話が出て来る可能性は考えていたが、難しいな。下手に農法を伝授すると、人口の多い村の方が有利になりすぎる。村と里で諍いが起こる可能性も考慮しておく必要があるだろう。村を譲ると言ったって、形だけの可能性は十分にある。農業が安定すれば容易に手のひらを返してくることもあるだろう。」
(ですかね。村長は素朴で良い人のように感じますけど。村の掟も親から引き継いで、相当に葛藤があるようですし。ああ、ちなみに村長は親から引き継いだそうですが、正直なり手がないそうですよ。なにも良いことがないと、村長は良くぼやいていますね。)
セルカは村長から愚痴を言われるほどに仲良くなっているようだ。
(で、どう返事しましょうか。村長には回答を保留して、待ってもらっています。)
「うーん。そうだな。判断するには情報が足りない。村長が信用に足る人物なのか、村長の判断が村の住人に受け入れられる状況なのか、俺には確信が持てない。知っている住民は、2年間俺を育ててくれた母親くらいだな。まあ、確かに母親は正直素朴で良い人だったな・・・。」
村長の申し出を拒否すると、状況は悪化する可能性もある。それどころか、物々交換の村の要望に応えられなければ、最悪逆恨みを買うことになるかもしれない。
(そうですよ。私は信じても良い人たちだと思いますよ。村の住民も素朴で優しい方が多いです。)
「セルカがそういうなら、考えて見よう。そうだな。1か月待ってもらってくれ、俺も村を直接観察して情報を集めてから判断したい。」
(わかりました。村長にはそのように伝えておきますね。結論が出たら教えてくださいね。)
・・・
それから1か月、俺は村に張り巡らした『しるし』による監視網を使って、観察を続けた。観察を続けた結果、この村を譲り受けることにした。その主な理由は、俺が思っていた以上に、この村の生活がひどかったこと。
村では、正直衣食住はどれも不足しがちだった。俺の母親の生活は、相当酷いと思っていたが、どこの家族も似たり寄ったりだった。
考えて見れば、ろくな産業がなく、畜産も畑も規模が拡大できず限定されており、そもそも食糧が慢性的に不足している。今は物々交換ができるため、ましなのかもしれない。それでも村人は一日の大半を食糧確保のために費やしており、少し先の食糧確保に不安を抱えている状態が続いている。
(神父の代だけで、あれだけの被害者が出るわけだ。)
率直に言えば、食事のことしか考えられない野生の動物に近い暮らしをしている。知識もないため、豊かに暮らすための工夫もできない。音楽や美術などで生活を楽しむこともできない。やることがないので、若い夫婦は子供ができやすくなるが、育てられる子供の数は限られている。
中には生まれた子供を隠して育てている家族もいた。こんな状況では、両親に何かあれば、すぐに俺と同じような境遇に置かれる子供は出て来る。両親が健在だったとしても、カールのような子供が増えていく。
俺は農法などの知識を与えることで、里との諍いが生じる可能性を考えていたが、少なくとも今のこの村の住人には、そんな能力はないだろう。住人に器用な人はいるのだが、余裕も学もないので、その能力は宝の持ち腐れで、いつまでも生活が向上しない。
村は俺が思っていた以上に、動物のような酷い生活を強いられており、今後の展望もない絶望的なことが分かった。到底、俺が許容できるような生活水準にないことが良く理解できた。
「セルカ、この村を譲り受けることにした。春まで待って、村長の覚悟が変わらないようであれば、譲り受けると伝えてくれ。」
(わかりました。きっとその方がみんな幸せになれますよ。)
「どうかわからんが、やれることはやろうか。村人が協力的なら復興も早まるだろう。」




