第68話 神父の覚悟と子供たちの育成方針
神父は無事に意識を取り戻した。意識を取り戻すとすぐに、この場所について聞いてきたので、俺から最近できたイーリスの里であることを伝えた。
「救っていただきありがとうごございます。そうですか。ここは女神の国ではないのですね。それはそうですよね。」
神父は、何かをかみしめるように、呟いた。
「あの水路には、時々子供をのせた木箱が流されたはずなのですが、なにかご存じのことはありませんか?」
神父は、一番確認したかったことであろう、子供たちのことを聞いてきた。
「この里は復興している最中でな、人が住み始めてからまだ2年目だ。ケイティとカールは、この里で預かっているが、その2人以外の子供は知らないな。」
隠しても仕方ないので、事実を淡々と伝える。俺は水路にあった人の入っていない木箱を複数見ているが、それは伝える必要はないだろう。
神父は俺が村の住人だったことには気づいていないようだ。成長速度のことを考えれば、当然のことだ。
「やはりケイティはこちらに・・・。ケイティもカールも無事なのですね! ですが、そうですか・・・」
神父は、俺のぶっきっらぼうな口調には、特に反応を示さずに会話を続けた。2人無事を確認したとき、一瞬喜色を浮かべたが、すぐに暗い表情に戻り無言になった。
「色々あったのだろう。しばらくこの部屋で休むと良い。今後の話は落ち着いてからにしよう。」
神父は無言のまま頷いた。その後、しばらくの間、神父は割り当てられた一室で閉じこもっていた。現実を受け入れるのに、時間がかかるのだろう。
(大量殺人に加担して、自殺未遂。立ち直れると良いが。)
カールとケイティが無事だったことについては、喜んでいるようだが、助からなかった残りの46人(正確には俺を除いた45人)の犠牲者に対する自責の念に、堪えかねているようだった。時々、祈りらしき声が漏れ聞こえてきた。
神父はそれから、ほとんど食事を取らず、ほぼ閉じこもり3日が経っていた。このままでは衰弱死しかねないので、俺は話しかけることに決めた。
「水路に流した46人の子供に対する懺悔は済んだのか? そこまで落ち込む理由は、分からないことはないが、お前のせいだけではないだろう。 このまま死なれても、俺の寝覚めが悪い。きちんと食事を取ってくれ。」
神父はびくっとした後、何か恐ろしいものを見るような、そんな目を俺に向けて来る。
「なぜそのことを・・・ ですが・・・」
「この里は、1年ちょっと前に、女神イーリスのしもべであるセルカ様が再興を始められた。セルカ様は女神ではないが、大抵のことはご存じだ。お前のことも心配されている。」
「・・・」
実際は、これまでの神父の祈りを聞いていただけなのだが、神父を救うのであれば、きっかけが必要だろう。
「その様子では、もう十分に自分を責めたのだろうと俺は思う。お前は後悔しているようだが、人間の分際で、過去の子供たちに対して、何かできるつもりでいるのか?」
「・・・」
そもそも、神父の立場で抵抗したとしても、何かが変わったとは思えない。むしろ、儀式をしない方が、影響が大きかった可能性もある。
「また自殺したところで、意味はないぞ。落ち込むくらいなら、生きてケイティやカール、この後流される子供たちに尽くす方が、俺はましだと思うがな。」
神父ははっとした表情を浮かべ、俺を見て来る。
「もし、生きるつもりがあるなら、セルカ様の話をまず聞け。」
「どちらが神父かわかりませんね。どう見ても子供にしか見えないあなたの方が・・・ わかりました。セルカ様と話をさせていただけませんか。」
俺は頷き、神父を先日のケイティと同じように、祭壇に導きセルカから神父へ説明をさせた。神父は、祭壇でセルカの声を聞いて驚いていたが、徐々に冷静さを取り戻したようだった。
その後、イーリスの里を見て回り、農作物の育成状況や食糧が貯蔵された倉庫、ゴーレム、大型獣の骨などをみて、ひとしきり驚き、再び違う意味で呆然としていた。
神父は、さらに2日ほど何かを考えていたようだ。ただ、その間、食事はしっかりとるようになっていた。すぐに状況に適応したミランダのことを考えると、やはり女性は強いのかもしれないとも思う。
「セルカ様、私もこの里で働かせて欲しい。」
神父はそうセルカに伝え、イーリスの里で生きていく覚悟を決めた。
神父は職業柄、読み書きのほかにも、広い知識を保有しいた。俺は、早速この世界での読み書きを神父から教えてもらい、文字の読み書きを覚えながら、あらためて子供たちの今後の教育についても、考える必要があると認識した。
(イーリスの里で教育か・・・)
村では、あまり子供に対して教育を実施していない。この辺以外の人里の状況は不明だが、前世の日本と比較すると、住民の識字率や計算能力が著しく低いと感じる。
ただ、住民に教育を施すというのは、単純な話ではない。例えば、住民に対して単純な作業を強いる場合、知識は邪魔になる可能性もある。知識や考える力のない住民の方が、誘導しやすい面も多い。
住民を、こちらの指示に従うだけの奴隷のように働かせるのであれば、知識は無用の長物どころか、悪影響の方が大きいことも十分に考えられる。例えば、こちらに都合の良い、人を統制するだけの知識を伝え、従順で敬虔な奴隷のような信徒だけをそろえて、農業と緑化に集中させた方が、効率的と考えることもできる。
むしろ、今のように環境が悪化し、生きていくのにも苦労している状況においては、その方が最適解の可能性すらある。
(この里の直近の目的だけを考えれば、教育を施さない方が正しいだろうな。)
子供たちの育成方針は、今後に大きな影響を与える重要事項になる。教育を施す場合、施さない場合、選ばれた一部だけに教育を施す場合、教える教育レベルなど、いくつかのパターンで10年後ぐらいまでのシミュレーションを頭の中で繰り返した。
・・・
その結果、俺は、この里では子供たちの適性に合わせた教育を施す方針に決めた。最終目的である、この世界を救うという使命の実現を考えた場合、この異世界が終わりかけている原因を取り除く必要がある。そして現在状況に陥っている、または、陥らせた原因はこの異世界の住人の可能性が高い。今のまま、住人が変わらない、もしくはその延長線では最終目的を達成できないだろう。
使命実現の可能性を少しでもあげるためには、多様な人材による新たな価値創造が必要不可欠になってくるし、それができなければ難しいだろう。神ではない俺個人での能力には、当然限界があり、世界を単純な力で変容させるほどのチート能力も授かっていない。
イーリスの里での教育による悪影響を考慮しても、今から多様な人材育成に取り組み、育った未来の人材に賭けるしかないだろうと結論した。
・・・
(そうと決まれば、セルカにも相談だな。教育方針は、前世の焼き直しで良いだろう。)
早速、セルカに基本的な教育方針や内容について伝え、実施に向けた協力を依頼する。基本的には日本の学校教育法のほぼパクリ。
6歳になるまでは、教育を受けるための準備期間として、健康、安全で幸福な生活のために必要な基本的な習慣を身に着け、集団生活を通じて、お手伝いなどを喜んでする態度を養う。日常会話や読み書きの初歩も学んでもらう。
6歳から15歳までは、生活に必要な衣食住などについて、基礎的な理解と技能を身に着けてもらう。それ以外にも、読み書き、数学、科学の基礎的な能力、人材の基礎となる考えを養う道徳も教える。
道徳の内容について学校教育法では、学校に裁量があり、道徳の授業を宗教の授業にすることも可能と定められている。イーリスの里では、武士道の道徳体系である義・勇・敢為堅忍の精神、仁・礼・誠・名誉・忠義・克己等々の徳目を教え、浸透させていく。
ちなみに、武士道と騎士道は、単語としては近いイメージがあるが、整理された背景や求められる役割などの違いから、全く異なる内容になっている。武士道は、国の政治にかかわる人材を育てるために整理されているが、騎士道は武力を振るう騎士という立場向けに整理されている。どちらが優れているということはないが、将来、里の運営、さらにはより大きな組織を支える人材を育てるのであれば、武士道が適切だろう。
15歳まで教育を勧めたら、それ以降は、子供の特性に合わせた役割が用意できるようになればベストだ。
(子供のしつけも気を付けないとな。)
子供のしつけについても、基本的な方針は整理した。基本的に、子供へのビンタなどの直接的な暴力は禁止せず最低限とし、6歳までは積極的にしつけを行う。異論は多いと思うが、子供によっては動物のような言葉が通じないこともあると思う。善い行いに対して、褒めることを推奨するが、悪い行いに対して、しつけもしっかり行ってもらう。
前世で「褒めて伸ばす」ことが大事と言われた時期があり、小学校などで、しかりつけや体罰を過剰に取り締まり、かつ、過剰に褒めて育てる時期があった。その結果、しかられることに慣れていない小学生、特に上級生男子の自殺が急増し、高止まりしていることや、会社に入ってから、しかられることに適応できない人材を大量生産することになった。
褒められることを当たり前のように求め、褒められないことや、しかられることがあれば、落ち込み、自分を価値がない人間であると錯覚する。褒められることが、他人から承認されることと勘違いして教育されてしまった。原因は、褒められることに依存した、一種の中毒人材を、時間をかけて育成したことだろう。
その壮大な社会実験の失敗を踏まえ、褒め方や、しつけの重要性、やりがいの引き出し方など、一部の教育者による改善が進んでいるが、既に育ててしまった人材の影響は今も広がり続けている。
(リコルド、ご高説はもっともかと思いますが・・・。誰が、何を見ながら子供を育成するのですか? ここには、恐らくこの世界には、教科書などというものは、ほぼないですよ?)
「・・・。筆記用具すらろくになかったな。」
教育云々の前に、基盤となる筆記用具が必要になることに今更気が付いた・・・。




