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第67話 神父の命

(リコルド、ちょっと不味い事態になりそうです。)


 セルカから急に連絡が入った。


(村の神父なのですが、昨晩から様子がおかしかったので、見ていたのですが・・・。どうやらケイティが行方不明になった原因が、自分にあると考えているようで、今、遺書らしきものを書き始めました。)


 想定外の報告で、頭が付いていかない。


「は? ケイティの件は、神父と関係ないだろう? あの子の独断でやったのではないのか?」


(そうなのですが、神父はケイティがいなくなったのは、教会地下の祭壇にケイティを案内したことが原因だと自分を責めているようですね。祭壇を知らなければ、ケイティは行方不明にならなかったと考えているようです。)


「祭壇については村の大人であれば知っているし、そこまで警備は厳しくないので子供でも知っている奴はいるだろうに。」


 神父の考えはわからないでもないが、冷静に考えれば、そこまで責任が重いこととも思えない。

 

「神父は、村の掟に従うことに後悔していたようだし、かなり精神的に追い詰められているのかもしれないな。それでも自殺という選択は普通なさそうだがな。ケイティはこちらで保護しているし、勘違いで自殺されるのも寝覚めが悪いな。」


(そうですね。できれば救ってあげたいです。)


 これまでの儀式を行ったことは、殺人幇助の罪だとしても、ぴんぴんしているケイティを理由に自殺するようでは、哀れすぎる。


「そうだな。遺書を書き終えるまで少し時間があるだろうから、自殺の方法次第では救える可能性はある。服毒自殺だと手の打ちようがないが、そもそもあの村に毒はなさそうだ。」


(・・・まずいですね。遺書を書き終えたようです。今自室を出ました。)


 遺書なんてものは書いたことはないが、時間がかかるものだと思っていた。


「おい。思い切りが良すぎだろう。早すぎる・・・」


 俺はとりあえず農作業を中断し、里の教会に走って戻る。


「自殺の方法がわからないと無駄足になる可能性があるが、すぐに村に向かう。」


(承知しました。・・・あっ。おそらく自殺の手段は入水自殺です。地下の祭壇への通路に向かっているようです。)


 先日、ケイティが水に落ちた時には、細工した竹竿で引き上げたが、ケイティより明らかに重い神父は厳しい。少し手段を変える必要がある。里の教会に戻ると、堅い木で作った槍を咄嗟に掴み、滝がある祭壇部屋に駆け込んだ。


 勢いをそのままに、立てかけてある梯子をつかみ、そのまま、階段を駆け上がり、村へと走り続ける。


「今から間に合うかわからないが、全力で村へ向かってみる。」


(わかりました。私はこのまま神父の状況を確認して、逐次報告しますね。なんとかしてください。)


「わかっている。」


 神父は、遺書を書き上げると、自室を出て、教会地下の通路に向かった。通路に入ると、女神に祈りを捧げ、これまでの犠牲者の名前を、祈りを込めながら呼び、通路を下っていく。うっすらと日差しが差し込む、薄暗い通路の中で、ただ延々と人の名前が呼ばれるのは、聞く人がいれば、異様さが伝わっただろう。


(リコルド、神父は人の名前らしきものを呼びながら、通路を下っています。)


 以前、深夜に聞いた神父の祈りだろう。そうであれば、これまで神父が儀式で送ってきた子供達の名前を読み上げているのだと思う。


「何人目だ?」


(え? ああ、えーと、12人目ですね。)


「そうか。おそらく犠牲者の名前だろう。すべてを呼び終えるまで、入水しない可能性もあるが、ペースが速すぎるな。カールの名前が出て来たら、タイムリミットだろう。」


 俺は走りながら、予想を告げる。


「時期が悪いな。」


 俺の足では集落から村までは約50分強かかる。神父が今から入る水の温度は、春先の水温なので10度以下だと思われる。プールの水温は22度以上と定められており、その半分以下。人間は体温が低下すると意識不明に、さらにそのままだと死亡する。


 今の水温だと中肉中背の人間で耐えられるのは1時間~3時間程度、神父はやせ型で体温維持が難しいことを考えると、1時間もたないかもしれない。


「おそらく、神父が水に入ってから1時間は持たない。俺の足を考えてもギリギリ間に合わないかもしれない。」


(まずいですね。祭壇の前なのですが、既にカールの名前が上がり、続けてケイティが呼ばれました。あぁ。そのまま水に入っていきました。)


「くそっ。もう少し長く祈っても良さそうなものだが。」


 以前は、何度も祈りを繰り返していたので、もう少し時間があることに期待していたが、そう甘くはないらしい。神父はケイティの名前を呼び、女神に短い祈りをささげると、私も参りますという言葉を最後に祭壇から入水する。


 相当に冷たい水のはずだが、神父はまるでその冷たさを感じていないように、躊躇なく踏み込んでいく。


「あぁ、もうこれで、子供とその両親を騙すこと必要ないのですね。」


 神父はどこか安堵したような表情を浮かべながら、祭壇を軽くけって水の流れに身を任せていく。常人であれば、水の冷たさに体が自然に反応し、体温を保とうとするが、神父はどういう境地なのか、身動きすることなく、まるでぬるま湯につかって浮かんでいるように自然に流されていく。


 神父は仰向けになり、水に流されながら天井を見上げている。


「思えば、村の掟とはいえ、女神への信仰を悪用していること自体が間違いだったのです。子供の両親にとって救いになっていたし、今も信じ続けている両親もいると思いますが、女神の国があるなどと・・・。前任者から伝えられた時に、きっぱりと拒否すべきだったのかもしれないですね。」


 ゆっくりと流されながら、神父は呟いている。


「ああ、でも、もし、本当に女神の国というものがあるのであれば、これまで送ってきた48人の子供に尽くさせていただければ良いのですが・・・。詮無きことですね。」


 神父の体温が急速に失われ、意識がもうろうとしてくる。


「ああ、天井から明かりがさす場所もあるのですね。子供たちを殺したこの水路が恐ろしくて、奥を調べたことはなかったのですが、美しい・・・」


 そのまま神父は意識を失った。


 神父は、低体温による意識不明に陥り、呼吸も浅くなっていく。肺から空気が抜けていき、浮力が失われ、自然とそのまま沈んでいく。もし神父が太っており、脂肪がある程度あれば浮かぶのかもしれないが、ほとんど脂肪がない体のせいか、徐々に沈んでいる。


(リコルド、神父が意識を失い、そのまま水に沈み始めています。自然に少しずつ流されているようですが、村の地下の祭壇から、あまり離れていません。)


 セルカの報告を聞き、俺は焦りを感じる。


「まずいな。呼吸が止まらなければ良いのだが。水に沈んでしまったら、酸素欠乏による心停止に至ってしまう。そうなると、助けるには分単位の勝負になる。」


 人が冷たい水に入ると、健康な体であっても、低体温により意識を失い、やがて死亡する。その前に、肺に水が入ってしまえば、呼吸ができなくなり、酸素欠乏状態で心停止に至るが、そうなってしまうと、一刻も早く応急救護が必要となる。


 溺れた場合の応急救護は、胸骨圧迫と人工呼吸などになるが、心停止に至ってしまうと、応急救護開始までに3分経てば死亡率50%、10分経てばほとんど生存が見込めなくなる。


 このままでは間に合わない可能性が高いと感じた俺は、ペース配分を無視して速度を上げる。荷物を持っているため、両手を思うように振れないが、足の回転速度を極限まで上げて、狭い通路を走り抜けていく。


 不思議なことに、普段であれば息が切れそうにな距離になっても、まったく息が切れない。背中を常に押されているような感覚で、速度を上げていく。


「あそこか!」


 俺はそのままの勢いで走り続け、神父を見つけると速度を落とさず近づき、神父の流れる少し前に梯子をかけ足場を作る。そのまま迷うことなく、右手に持った槍を突きさした。


「こんなところで、魚突きの訓練が役に立つとはな。」


 槍の先は、寸分たがわず狙った通り、沈み始めた神父の服を貫いた。そのまま陸に引き上げると、流れるような動作で応急救護に入る。


(心配停止か。厳しいな。)


 神父は冷たい水につかってから、しばらく時間が経過しており、既に呼吸はなく、心停止に陥っている容態だった。そのまま早急に応急救護として、胸骨圧迫による心臓マッサージに入る。


「まだ死ぬな。動けっ」


 リコルドが強い意思を込めて、心臓マッサージを始めようとすると、体中のマナが集まり、神父の心臓あたりに入り込んでいった。


「とくん、とくん・・・どくん」


「あれ?」


 神父は幸いなことに、応急救護に入る前に息を吹き返した。


(リコルド、色々ドン引きですよ?)


 俺は流石に息が乱れ、荒い息を繰り返しながら、神父の生命の危機を脱したのを確認して、その場にひっくり返った。


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