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第55話 人が増える前の対策

「イーリスの里、イーリスの里・・・ 呼びなれないな。」


(そうですね。私も気を付けますね。)


 集落初の人材、ミランダを無事に迎えることができた。ミランダに、この集落のことを、イーリスの里と説明したので、それ以降そう呼ぶことにしている。


 イーリスの里では、今後も村から見捨てられる人を受け入れ、住人を増やしていく予定だ。順調に人が増えていけば、里も発展していくだろう。


 ただ、人が増えると、当然出るものも増える。汚い話だが大と小、要するにし尿が増えていく。少し気が早いが、この扱いをどう整理しておくかで、今後の発展の度合いは大きく変わるのではないかと考えている。


(ゴミと考えるか、貴重な資源と考えるかだな。)


 世界での扱いや、江戸の発展経緯を知っていれば、今から用意するのも頷けるだろう。ヨーロッパなどでは、今でこそ、し尿は下水道に流されるようになったが、下水道が整備されるまでは、し尿を窓から捨てていた。


 その時の都市は日本人からは想像できないほど、酷い環境だったし、それが要因となり、黒死病と呼ばれたペストやコレラの大流行が繰り返されていた。し尿の処理をおろそかにして、良いことはなにもない。


 俺の穴掘り技術はかなりのものだが、さすがに一から下水道の整備をするには時間が足りない。しばらく実現できないだろう。


 下水道が整備される前でも、し尿をためる設備、肥溜めを作る国が、日本を含め多くあった。ただ、肥溜めに対する考え方は、世界でも日本だけかなり特殊で、し尿の扱いが大きく他国と違っていた。


(やはりこの世界では、資源と扱うべきだよな。)


 他国では、ゴミに近い扱いであったが、日本では、し尿を経済発展のための貴重な資源として扱っていた。というのも、し尿は一定期間保存することで、発酵が進み堆肥になる。しかも、その過程にほとんど手をかける必要がない。


 し尿を溜めて放置すると、発酵により熱を発し70度くらいの高温となるうえ、低酸素状態となるため、寄生虫や病原菌などを死滅させる。それだけで、十分に発酵が進んだし尿は、匂いも控えめな良い堆肥となる。


 し尿からできた堆肥は、肥料として非常に有用で、効率的で安価な化学肥料が普及するまでは、物々交換やお金で取引される売り物ですらあった。特に人口爆発が起こっていた江戸時代では、農作物を育てるために堆肥が必要不可欠となり、かなり高価で取引された。


 利権争いも激しくなり、し尿泥棒が頻発し、集団で暮らす場所では、肥溜めを扱う権利まで定義され、協会のような組織すらあった。このイーリスの里でも、し尿を使った堆肥作りを進めることにしたい。


(将来的には売り物にもできるかもしれないな。)


 人が増える前に肥溜め兼トイレを作っておき、し尿の対策とすることにした。肥溜めは、下手な場所に作ると水質汚染につながる。本来は大甕を肥溜めとして使い、し尿の漏れを防ぐこともあるが、ここではまだ大甕は作れない。


 代案として水源から少し離れた硬い地面に、穴を掘ったものを使う。既に穴掘り名人といっても良い、俺のスキルの使いどころだろう。スキルといっても、工具や重機があれば再現できるレベルの能力だが、何気に重宝している。


(この辺かな。)


 設置場所は、水源の場所や教会からの距離、風向きなども考慮して決めた。場所を決めてから7日ほどで2か所、肥溜め兼トイレを作成した。とりあえず、まだ住民も少ないし2つあれば十分だろう。一杯になったら追加で作ることにする。


 穴に人が落ちないように、大甕の構造に近づける。口を極力小さく作り、そこから下へ広げるようにして作った。マナ操作で、地面をブロックのようにくりぬきながら掘り、そのブロックをトイレの壁として積み上げた。


 入り口や天井を、木や葉っぱでふさいで完成。穴のふたも作って、臭気の漏れを最小限にしておく。冬場でも発酵熱で暖かくなるし、用を足すときに少しは寒さも和らぐだろう。


 中々良い肥溜め、兼トイレが作れた達成感に浸りながら、ミランダを呼んで使い方を説明する。


「し尿をためる場所を作った。今後、排泄はここの穴にしてほしい。汚れを落とすようにソルガムの葉っぱもおいている。使った葉っぱは穴に一緒に入れてくれ。」


 ミランダは少し沈黙した後、またかというような顔をしてから返事をした。


「・・・しばらく頑張って作っていたのは、そういう施設なのね。普通は短期間で作れるようなものじゃないけど、まあ、いつものことね。確かに外でするより良さそうだし、文句はないのだけれど、し尿が溜まったらどうするの?」


 肥溜めや堆肥の概念すらないため、非常に真っ当な疑問が示された。少し、補足していく必要があるだろう。堆肥と肥料は、若干異なるのだが、この際、同じものとして説明してしまった方が良さそうだ。


「最終的には、畑に肥料として撒こうと思っている。」


「・・・・・は? 畑に撒くと言ったのよね? 大事な畑にし尿を?」


 色々な前提知識をすっとばして伝えてしまったため、ミランダに不信感を与えてしまったらしい。少し丁寧に説明する。


「ああ、撒くつもりだ。少し説明させてくれ。」


「ええ。そうしてもらえるとありがたいわ。」


 詳細を説明すると丸一日かかりそうなので、基本的なところを、抽象化して話すことにする。


「まず、畑の作物が順調に大きくなるには、人間と同じく食べ物を取る必要がある。作物は根から畑にある食べ物を取って育つということが分かっている。」


(光合成等については、一旦スルーだな。)


「畑にある食べ物は、作物が取れば当然なくなる。食べ物がなくなるので、その畑では、作物が育ちにくくなる。それが農作物の成長が悪くなる主な理由だ。その作物の食べ物が多く含まれるものを肥料と呼んでいる。」


 少しだけ、納得したような返事をミランダがする。


「だから肥料を畑に撒くと言っていたのね。そんな話は、これまで聞いたことがなかったけれど、その説明で、色々腑に落ちたことがあるわ。ちょっと信じがたいけれど、事実なのね。」


「うむ。話はそれるが、ソルガムの実以外を畑に埋めているのも肥料となるからだ。村で農作物があまり育たない原因の1つが、畑に肥料を撒かないことになる。そして人間のし尿は、きちんと処理をすれば、効果的な肥料になる。」


「そうなのね。長く農業をしてきたけれど、知らなかったわ。村でも、だれも知らないのじゃないかしら。流石は女神の知識ね。」


 俺が伝える知識は説明できないものが多いので、女神イーリスから授けられた、女神の知識ということにしている。当初ミランダは、俺の話す知識などに不信感を持っていた。俺の見た目の年齢を考えれば、当然の反応だろう。だが、女神の知識というラベリングをしたことで、色々と飲み込んでくれるようになった。


(単に考えるのをやめただけかもしれないが。)


「し尿をきちんと処理をすると言っても、実は対してすることはない。し尿を溜めておけば、大体30日くらいで、黒っぽくなり肥料になる。この里では、まだそこまで肥料に困っていないので、肥溜めの穴がいっぱいになってから使う予定だ。」


「わかったわ。そういうことであれば、今日から喜んで使わせてもらうわ。・・・正直、説明を聞いた後でも、抵抗はあるのだけれどね。」


「よろしく頼む。」


 これで人が増えても、集落のし尿の問題はないだろう。し尿の処理をきちんとしておけば、伝染病の発生や蔓延するリスクも、少しは減らせるだろう。


(まあ、別の目的もあるがな。今は言う必要はない。)


 今後はミランダに説明した通り、当然堆肥を作る。だが、それだけを作るわけではない。もう1つ極秘に違うものも併せて作っていくつもりだ。それは作るのに数年かかると思うが、大事な防衛力強化などが期待できる。危険のものなので、住民に説明するつもりはない。そもそも、必ずしも住民にすべてを説明する必要はないだろう。


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