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第52話 女神のお告げ

 村の住人ミランダは、いつも通りの時間に目を覚ました。


 もうすぐ50歳となるため、村の掟に従うことになるが、習慣は変わらない。いつも通り、部屋の片隅にある、簡素な祭壇に祈りをささげる。


 日課の祈り。最後の祈りになるかもしれない祈りをささげている。


「この部屋での祈りは、これで最後になるのかしらね。」


 そうつぶやきながら祭壇を見る。先ほどまで気が付かなかった違和感。いつもの祭壇に、見慣れないものが1つ。


 こぶしくらいの大きさの四角い石。穴が開いており、内部に細工がされているようにみえる。


「これはなんだったかしらね。」


 見慣れないものを不思議に思いつつも、なにげなくその石に手を伸ばす。その石に触れた瞬間、声が聞こえてきた。


(ミランダよ。聞こえますか。)


 びくっとして、石から手を放すと声が聞こえなくなる。しばらく固まっていたが、深呼吸をしてから、覚悟を決めて石に触れる。やさしそうな声がまた、頭に直接響いてくる。


(ミランダよ。聞こえますか。)


「はい。聞こえます・・・」


 少し自信なさげな声だ。


(私はセルカ。女神イーリスに仕えるものです。女神より遣わされ、声をかけています。)


 ミランダは目を見開き、驚いている。


(あなたの祈りを通して、深い悲しみと後悔が女神イーリスに伝わり、女神が私を遣わしました。)


 ミランダは無言になっている。何を告げられているのか、理解するまでに時間がかかっているようだ。暫くしてミランダは気を取り直し、覚悟を決めたような、しっかりした声で返事をする。


「女神に、懺悔の機会をいただけたということでしょうか。ありがたいことです。ですが、何もしない、何もできない自分自身を、悔やんでいるだけです。村の掟に従い子供たちを見捨て、村の共犯の一人として生きた罪深い存在です。子供たちを救うべきだったとは思っても、今でもどうすればよかったかわかりません。何かできるような才覚も、特にありません。お声をかけていただいただけで十分です。女神に気をかけていただく資格など、私にはありません。」

 自責の念から自分の境遇を当然のことと思い込んでいるような、そんな言葉が溢れている。


(そうですね。あなたは、なにもしなかった。ただ、あなたは自身が捨てられる境遇に置かれてさえ、子供たちのことを考えられる。その心の持ちようが、今後の試練に立ち向かう糧になる。そう女神は考えられています。)


「・・・今後の試練・・・ですか?」


 何か不思議な、理解できないことを告げられたような表情をしている。


(そうです。女神はあなたに試練を与えようとしています。それゆえに、女神は私を遣わされた。)


 セルカは、優しく慈愛に満ちた声で話しかける。


(あなたが村から出て行っても救われる子供は1人。もっと多くを救いたいとは思いませんか? あなたはそれで満足なのですか? もし1人救えれば十分、そう思っているのなら、女神も間違いを犯すということなのでしょう。)


 ミランダは、怒りをたたえた目をした後、またすぐに悲しみに染まった目になる。


「救いたいとは思います。どんなに考えても、救うために何をするかがわからないのです。それに、この村の住人は、喜んで掟に従っているわけではないのです。それはお分かりいただきたい。私の先祖から努力を続けたけれど、どうしようもなかったのです。」


 自分の無能に疲れてしまっているのか、言い訳とも思える言葉が出ている。


(そうですね。今まではそうでした。それでも、もし、あなたがまだ生きられ、子供を救う手立てがあるとしたらどうしますか? 簡単ではありません。苦しい試練になるでしょう。それでも立ち向かいたいとおもいますか?)


 悲しみに染まった、諦めることに慣れてしまった目に、小さな光がともるように見える。


「・・・そのような奇跡があるのなら。私でお役に立てるのなら。苦しくても試練を受けたく思います。」


 ミランダは少しためらった後、覚悟を持った口調と目で、はっきりと返事をした。


(わかりました。やはり女神イーリスは正しいのですね。あなたの覚悟に敬意を。)


(それでは試練の場所に案内しましょう。まずは、旅支度をしてください。行先は貧しい集落です。足りないものが多い場所です。持ち出せるものは、なるべく持参してください。今触っている石も忘れずに。)


「承知いたしました。準備をさせていただきますので、少々お待ちください。」


 ミランダは昨日のうちに、一通り旅支度は既に終えていた。セルカの指示に従い、不要としていた家の中のものを、布を風呂敷替わりにして包んでいく。調理道具や農具、服など、明日を生き延びるために必要なものを、荷物に加えていく。30分程度で、旅支度の準備ができあがった。


「セルカ様、旅支度ができました。」


(わかりました。これから長く歩くことになります。結構な荷物のようですが、大丈夫ですか?)


 ミランダは大きな袋を背負い、さらに両手にものを持っている。重さもかなりありそうだ。


「毎日農業を行っていました。まだ体力には自信があります。大丈夫です。」


(頼もしいですね。よろしい。では旅立ちです。村の南の出口から出て、山を下っていきなさい。女神のご加護がありますように。)


 ミランダは告げられたとおり、大荷物を持って村の南側の出口に向かっていく。


 村の朝ははやい。村の住人とすれ違うが、皆一様に目を合わせようとしない。セルカの声を聞いていなければ、そして試練について話されていなければ、ミランダはこの村の住人の態度にも傷ついたかもしれない。


 だが今は目を輝かせ、まったく気しないように進んでいく。大荷物がまるで軽装のように、確かな足取りで出口に向かっていく。


 足取りが軽いせいか、すぐに村の南側の出口に着いた。村や山の中腹にある。そのまま斜面を下っていく。


・・・


 しばらく下ると山道が終わり、傾斜が緩やかになった。相変わらず、見渡す限り不毛な地が広がっている。この辺りは地下に水があるため、ところどころに自然に木や草は生えているが、土地はやせており、地面が固く、農作物は満足に育たない。


 3時間ほど経過した。ミランダは村を出てから、かなりの距離を歩いている。流石に少し疲れが出ているようで、歩く速度が低下し始めている。


 天気は晴天。春先なのだが、気温が急激に上がってきており体力を奪っていく。


「セルカ様。こちらで道はあってますでしょうか?」


 何も声が掛からないまま、歩いた距離だけが増えることに不安を感じ始めたのか、セルカに向けて話しかけている。


 しかし、しばらく待っても返事はない。


「セルカ様?いらっしゃいますか?」


 声には不安の色が見える。静寂が続いている。


(大分進みましたね。)


 ミランダが足を止めようとしたときに、セルカの声が頭に響いた。安心した表情と声で、ミランダは先ほどと同じ質問をする。


「こちらで道はあってますでしょうか?」


(そうですね。少し左方向に向かって下さい。そうです。そのまままっすぐに進んでください。)


 ミランダは、セルカの声で不安は解消されたようだが、さすがに疲れが出てきているようだ。軽々と持っていた大荷物が、徐々に体力を奪っている。歩くペースが落ち、足取りに疲れが感じられる。それでもミランダは弱音を吐くことなく、休みながらだが、着実に進んでいく。


・・・


 遠くに盛り上がりがあり、違和感のある地形がみえてきた。ミランダは、気力を振り絞ってそこまでたどり着くと、陰から7歳くらいの男の子が出てきた。


 突然荒野に現れた子供を、見間違いかと思ったのか、ミランダは目をこするようなしぐさをした。それを否定するように、はっきりした、年齢には合わない落ち着いた声が聞こえてきた。


「ミランダ。俺はリコルドという。イーリスの里にようこそ。歓迎する。」


 それが不思議な感じのする子供、リコルドとの出会いであった。


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