第24話 水路からの脱出
(いよいよ先に進める。)
水路に閉じ込められてから60日弱、ずいぶんと時間はかかったが、ようやく脱出できる。この先のことは分からないが、今は、生きてここを出られることを素直に喜ぼう。
準備しておいた荷物を木箱に詰める。
この場所に戻れる保証はないので、出発前に移植用の竹と根の先を確保する。約2か月過ごした場所なので、出られるとなると、なんとなく後ろ髪をひかれる気分になる。だが、ここに居てもなんの意味もない。
母親に作ってもらった木箱を、抜け穴ができて、少し小さくなった池に浮かべて出発する。閉じ込められるまでに持ち込んだ他の箱は、材料や燃料としてすべて使ってしまった。
最後まで大事に母親の箱を取っておいてよかった。その箱には、ここで暮らしてきた日数分、58個の傷がついている。
苦労して掘った穴の前で、一度木箱から降りる。穴をくぐる前に、長いようで短かった洞窟の住処を見る。不安に押しつぶされそうな時期もあったが、ここに閉じ込められたことで、マナ操作などを身に着けられることができた。大分伸びた竹も、こちらを見送っているように見える。
感傷に浸りそうになるのをこらえ、木箱を掘り抜いた脱出経路の前に置く。なるべく早く抜け出すために、穴をギリギリ木箱が通るのサイズにした。穴の部分は水深が浅く、乗ったまま通過することはできない。
木箱を押しながら、ハイハイするように、穴の中を進む。穴は何度も崩落したが、長さはそこまででもない。すぐに抜け出すことができた。
穴を抜けた所で、再び木箱を浮かべて、乗り込む。木箱は2か月前と同じように、水の流れにのり、順調に流れていく。久しぶりに水の流れに任せる感覚が心地よい。
(ようやく抜け出せた。)
しばらく脱出できた余韻に浸りながら、流されるままにしていた。
解放感が影響してか、周りがきれいに見える。天井から射す光に照らされた水面、魚も、周りの洞窟も。
あそこに残してきたものほとんどない。移植した竹だけは残っている。特に手入れをしなくても、順調に成長を続けていた。日差しはそこまで強くなかったのだが、やせた土地でも力強く育ってくれた。もし、戻ってこられるようなことがあれば、あそこは竹林になっているかもしれない。
「さてと、どんどん行くか!」
十分に余韻に浸った後、ペースを上げて進むことにする。持ち出した竹材の1つを使って、壁や岩を突きながらスピードを上げていく。竹材は細目なのだが、思ったより硬いようで、何度ついても折れる様子はない。調子に乗ると、壁にぶつかりそうになるので、スピードを上げつつも慎重に進んでいく。
(閉じ込められていたのがウソのようだ。)
スイスイと順調に進んで行く。解放感と、水の上をテンポよく進む感覚から、川下りのアトラクションのようだ。この船旅を楽しく感じ始めている。
天井には人工と思われる穴が定期的に開いており、光が差し込んでいる。穴の間隔が広いので、十分な光量があるわけではないのだが、薄暗い環境に目が適応しており、辺りが確認できる。
村から続いていることを考えると、かなり大規模な洞窟だ。岩ばかりの景色だが、自然の力で作られた空洞に目を奪われる。
(誰が、なんの目的で作ったのだろうか。)
天井の穴は、給水ポイントとして利用するために作ったのだと思われるのだが、村では、その存在を聞いたことなかった。穴の周りに見える石材は、風化しており、相当時間が経っていることが伺える。
(この先に、答えがあるかもしれない。)
・・・
考えるのを止め、観光気分で周りを観察しながら進んでいた。脱出してから3時間くらい経過しただろうか。時間は感覚的なものだが、なぜかあっている気がする。
流される速度も早く、かなりの距離を進んでいる。進むにつれ、徐々に天井が低くなってきていた。水深も浅くなり、水路の様子も変わってきた。
これまでは、天然の洞窟だったものが、人手により削られているところが散見されるようになってきた。もしかしたら、この先に人が住んでいる場所があるのかもしれない。
人恋しさはまぎれそうだが、これまでの生活環境を考えれば、歓迎される可能性は低い。まさか、嘘から出た誠よろしく、女神の国に到着するとも思えない。最悪のケースも想定し、気を引き締め、進む先を注意深く見る。
結構先がみえるのだが、見える範囲では、まだ水路が終わる気配はない。周りの雰囲気がどんどん人工的に変わっている。
・・・
さらに30分くらい進むと、水路がまっすぐになった。まだ距離はあるが、水路の先が出口っぽくなっているように見える。
(ようやく出口か)
まだ距離はあるが、徐々に出口らしき場所に近づいている。さらに10分くらい流された後、出口の方向からバシャバシャという大き目の水音が聞こえてきた。
(嫌な予感がする。)
近づくにつれ水音が大きくなる。昔、観光地で聞いた音に似ている・・・
これは上から水が落ちて、下にたたきつけられる音だ。恐らく滝の音だろう。
(まずいな。)
音の大きさから、大規模な滝ではないのは分かるが、かといって小さくもなさそうだ。水流れはそこまで急ではないので、今なら木箱からおりて水の流れに抵抗できそうだ。
ただ、見るからに水路は滑りやすそうで、流れに抵抗してその場に留まったとしても、あまり長くは持ちそうもない。当然、水に逆らって上流に戻ることはもっと難しいだろう。
(このままだと駄目だ!)
徐々に流れが速くなってきている。このまま、先が分からない状態で、水に流されて運に任せるのは恐ろしい。覚悟を決めて、竹材1本とナイフだけを持ち木箱から降りる。
降りたとたん、水流が俺の体を強く押してくる。精いっぱい流されないように抵抗するが、体が小さいので、足がしっかりと底につかない。必死に抵抗したが、思ったより流れが強く、流される速度を遅くするのが限界だ。
踏ん張るための引っかかりを作ろうとマナを流すが、そのまま水に溶け込んでしまう。引っかかりを作るのであれば、木箱に乗ったままやるべきだったが、今更遅い。
水流に必死に抵抗しながら前を見ると、先に流された木箱が、出口の外に出るのが見えた。木箱は、出てすぐに視界から消えた。
「バキッ、メシャ」
視界から消えて、その1秒強後、固いものにあたって木箱が壊れる音が微かに聞こえた。母親が作ってくれて、愛着のあった木箱だが、今は悲しんでいる余裕もない。
(1秒ちょっとか)
頭をフル回転させて、リスクを分析する。ここが地球と重力が同じであれば、垂直落下1.4秒で10m程度の落下距離だ。絶望的な高さではない。だが、滝つぼにうまく飛び込み、落下の勢いを軽減しなければ、無事では済まないだろう。
先ほどの音から、木箱と同じように水の流れに任せて飛び出すと、ろくな目に合わないのは分かった。ここを無事で乗り切るには、勢いを調整する必要がある。
(箱より遠くか、近くか。どっちだ。)
滝つぼがなく、どっちにも正解はないかもしれない。今は、この先に滝つぼがあることを信じ、直感に賭けて、箱より遠くに飛び出すことを選ぶ。
いよいよ、流れへの抵抗が難しくなった。覚悟を決めて、泳いで流される速度を上げる。一気にスピードがあがり、急激に出口が近づいてくる。
(しまった!逆か!)
水の先に、壁のような大岩が見える。木箱は、その岩にぶつかったことが飛び出す直前で分かる。今の速度では箱と同じ運命だろう。
(間に合えーーーー)
出口から飛び出る瞬間、水にもぐりこみ、出口の端を流れとは逆に蹴り、最後の抵抗を試みる。火事場の馬鹿力か、思った以上に飛び出す速度が落ちた。
しかし、思った以上に速度が落ち過ぎた。今度は、出口側の下にある岩が視界に入る。
(このままだと、だめだ。)
視界がスローモーションに見える。必死に竹材を握りしめ、放り出された側の岩をつく。そのひと突きで、落ちる方向が微妙に変わる。
「ドッパーン」
大きな音からわかるように、かなりの水しぶきがあがったのだろう。とりあえず強い痛みは感じない。
(なんとかなった、のか?)




