第179話 救出後
「これに着替えて、食事を取ってくれ。食事をしながら今後の話をさせてもらう。」
春を感じる陽気だが、時折吹く風は冷たく、川から上がったばかりの男たちは寒そうにしている。手早く服と1日分の食糧を一人ずつ渡していく。
「うーさぶ。水浴びには、ちと早すぎたな。」
「リコルドさんだっけ。ありがとうな!」
「おいおい。こんな上等な服貰って良いのかよ。後が怖いな。」
男たちは口々に礼を言いながら、服と食糧を受け取っていく。服は、領地で生産している麻や羊毛の服を使いたかったが、残念ながら数がそろわず、王都の古着屋から購入した。それでも囚人の服とは比べるまでもないし、交易路を移動する護衛としても違和感がないだろう。
男たちは思い思いの場所に座り、食事を始めた。
「まずは、今後の逃走経路について説明させてもらう。」
俺は交易路を使って、点在する宿場に寄りながら王都を経由して領地へ向かうこと、必要な費用を出すことなどを説明していった。交易路には盗賊が頻繁に出没するが、情報屋のソステンの話では交渉が可能で荒事になるケースがほとんどないという。しかも我々のような、荷物を持っていない武装した集団が襲われる可能性は低いと踏んでいる。逃走経路の説明を終えると、成功率が高いと感じたのか、安心した表情も見られるようになった。
「今更だが、ここまでしてもらえる理由が知りたい。」
「ブルト、何か聞いているのかよ。」
「そうだな。目的はなんだ? タダより高いものはないというし・・・」
共和国に戻れるという実感が出てきたのか、男たちの口から、帰国後に関する疑念や疑問が出てきた。ただ従うだけではなく、疑問などを持つことには正直好感が持てる。だが、安心感からか貯め込んでいた疑問が止めどなく続き、対話ができない。
「質問は一人ずつにしろ。それじゃ、話せないだろ!」
俺の表情から察したのか、ブルトが一言で男たちを黙らせた。
「・・・そうだな。まずは皆が一番気にしているようだから、俺の目的、皆を救出した理由を説明させてもらおうか。」
男たちは頷きながら、こちらに注目する。
「皆は知らないと思うが、今から1年ほど前に、王都の南に新しい領地ができた。一言でいえば、皆には、そこの領民となり、兵士になってもらいたい。それが目的だ。もちろんタダとは言わない。報酬としては、十分な量の食糧、働きにより追加報酬も出す。」
今の領地には兵士はおらず、戦力はほとんどない。これまでは、それが問題になることはあまりなかった。王都の南側の土地は、誰も運営できなかった不毛の地。そういう先入観が強く、良くも悪くも注目されることはなかったからだろう。だが、領地では、十分な収穫や収入が得られるようになった。今の勢いで発展していけば、近い将来、攻撃者にとって魅力的に映り、様々な悪意にさらされることは想像に難くない。既にスラムや王都などから、領地を探ろうとするものがちらほら出始めている状況だ。
舐められない程度の戦力を抑止力として備えておかなければ、いずれ必ず不幸が訪れる。それは、いつの時代でも起こる、不愉快な事実だ。今いる領民だけでも、鋼鉄製の武器やクロスボウで武装すれば、ある程度の戦力にはなるが、それはあくまで最終手段だ。うちの領地ではどんどん労働力が必要となり、平行して教育を進めることで人の価値が上がっていく。今後のことを考えれば、労働者を戦力とはせず、領内に戦闘のプロ集団を組織しておきたい。常々そう思っていたのだが、これまでは経済面を優先し、どうしても手が回らなかった。
手っ取り早く、傭兵や冒険者を雇うことも考えていた。正直、雇うための対価も安い。だが、信用できるかと言われれば難しい。俺が提示した報酬は、危険度にもよるが悪い話ではなく、十分受け入れられる条件だと思っている。農地に限りがあり産業が十分に発達していない共和国では、人手に対する価値が低い。前世の中世ヨーロッパでもそうだったように、傭兵の対価は、自分の食い扶持が確保できる程度の報酬と、略奪が容認される程度のはずだ。そのはずなのだが、男たちの反応はまちまちだ。
「何か疑問があれば、なんでも聞いてくれ。」
男たちの様子から、認識合わせをする必要がありそうだった。俺がそう言うと、ぱらぱらと質問が出てきた。
「南の土地では農作物は採れない。あそこで農業ができるわけがない。南の領地の兵士となれば、戦争に行くか、略奪するしかないはずだ。俺たちに、それをさせるつもりなのか?」
そもそも農業などの単純作業で食べていけないから、傭兵となったものも多くいるはずだ。当然の疑問なのだろう。
「領地の外を攻める戦闘はもとより、略奪をさせるつもりも全くない。基本は領地の防衛と労役だ。うちの領地に限ってだが、この1年で農地改革が劇的に進んだ。麦ではないが、十分な収穫が得られている。信じられないなら、領地を見てから決めてもらっても構わない。」
男たちは顔を見合わせながら、ざわついている。
「それだけの報酬が出せるなら、わざわざ手間をかけて俺たちを救わず、傭兵でも雇えば良いはずだ。なぜこんな手間をかけて、俺たちを兵士にしようとする?」
救出自体はブルトの救出が目的で、その他はブルトからの要請に応えただけだった。救出計画時点では今後の待遇を決めかねていたし、あと腐れが無いように救出の対価として、期間を決めた労役のみを課するつもりだった。しかし、ここまでの行動を見る限り、兵士として受け入れたい気持ちが強くなっている。
「そうだな。端的に言えば信用できる戦力が欲しいということだ。皆との付き合いはまだ浅く時間も短いが、男気というか義侠心のようなものを感じる。なんの根拠のないが信用できるのではないか。今はそう思っている。要するに勘だな。」
本当に勘だけなのだが、正直な思いを伝えておいた。質問した男は、義侠心という言葉に反応し、まんざらでもない表情をしている。
「確かに恩義を感じている。待遇も悪くない。だが、俺には家族がいる・・・はずだ。どうしても、家族の安否は確認したい。」
「・・・ああ、そう言うこともあるだろう・・・ 分かった。希望者には自由行動を許可する。後日、領地に来てもらえれば良い。もし、希望するなら家族も受け入れるし、人数分の食糧を提供する。当然働いてもらうがな。」
「自由行動って、まじかよ! そのまま逃げて、領地に行かないかもしれないぜ?」
1人が少し冷やかすように、ちゃちゃを入れてきた。
「そうなれば、俺に人を見る目がないというだけだ。まあ、その程度の男であれば、信用できないし、惜しくはないな。」
ちゃちゃを入れてきた男は、バツの悪そうな表情で、冷やかすのを止めた。
「聞いたことのない好待遇だ。ありがたい話だが、そんなことを勝手に決められるはずがないだろう? 勝手に決めては、リコルドさんの立場が悪くならないか? 大丈夫だとはとても思えないが・・・」
「その辺は信用して欲しい。大丈夫だ。」
質問していた男ととは、違う男も話に加わって来た。
「なんでそんなに言い切れる。リコルドさんのことは信用したいが、そんな権限があるとは到底思えない。」
「そう言われてもな。そこは信用して欲しい。俺が領主だから当然権限もある。」
俺の一言に、男たちは凍り付き、その場は静寂に包まれた。
「は?!」
「え?!」
「そんな馬鹿な話があるのか?! 領主自ら救出に来たのか?!」
「そんなことありえないだろ!!!」
男たちは混乱し、暫く収集が付かない状態になった。混乱が収まるまで、かなり時間がかかったが、やがて落ち着いていった。その後もいくつかの質問に答え、質問がなくなってから帰路についた。結局、6名が自由行動を望み、家族や両親の安否を確認するということで、途中で別れることになった。一緒に領地にたどり着いた人数は、俺も入れて11名だった。




