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第178話 帰路

(ふぅ。生き返るな。)


 春らしい陽気につつまれ、時折吹く冷たい風も心地いい。目の前に広がる川の流れが、のどかな雰囲気を醸し出している。このまま、のんびりと過ごしたいという気持ちが、見目麗しさとは対極、男たちの水浴び姿に吹き飛ばされ、俺は目線を空に移した。


「ここまで来れば、まず問題ないだろう。」


 砦の牢屋から逃げ出し、苦労して掘った穴から抜け出した後、総勢17名の集団で東北東へ向かった。ここまで小休止を数回挟んだものの、ほぼ歩き続けだ。夜を徹し7時間強。成人男性の歩行速度を考えれば、30km以上の距離を稼いだことになる。セルカの報告では、砦の帝国軍はまだ逃走経路を特定できておらず、砦内部の捜査が続いているとのことだった。


 1名の裏切りにより欠員がでたが、救出作戦は順調に推移している。最大の山場は越えたが、この後も課題はいくつもある。逃げ出してきた砦は、共和国から西に200km弱に位置している。強行軍でかなりの距離を進んできたが、ここから共和国までは、まだ170km程残っている。屈強な男たちでもかなりの距離だ。当然、無補給では帰れない。空間転移のような力を持たない非才な身としては、全員無事に帰るためには、どこからか支援を受けなければならない。


 支援を受ける相手や方法は、いくつか検討してきた。その中の1つ、共和国軍に保護してもらう方法は、真っ先に選択肢に除外した。まず信用されないし、経緯などを話して信用されたとしても、傭兵に対する待遇が良いはずがない。下手をすれば砦の内部情報や潜入経路の提供を求められ、いつ帰れるか分からなくなるのがオチだ。


 シャリテの協力を得て、大森林を使った経路も考えたが、帝国軍とは別の危険もあるし、エルフ族も良く思わないだろう。結局、共和国軍にもエルフ族にも頼らない、自分達だけで帰ることを選択した。しかし、距離があるため、全員の移動をなるべく身軽で素早く行える方法となると選択肢は少ない。悩んだ末、砦から北に位置し、共和国と商業国の間に走る交易路を利用することにした。


 商業国は、帝国と共和国の中間から北に位置しているので、交易路は共和国から西北西に伸びている。ここから、さらに10km程進めば、交易路に点在する宿場の村に着く。その村は共和国側に位置しているので、帝国軍から追われる心配はない。今は、宿場の村に行っても、不自然ではない程度に体を綺麗にしてもらっているところだ。


「リコルド様、こちらでしたか。」


 いつの間にか近づいて来た、ブルトが声をかけてきた。ブルトたちは、ここまでずっと無駄口を叩かず歩き、必死に距離を稼いできた。まともにしゃべるのは初めてだ。ブルトの実直な眼差しは、シモンの父親なのだということを感じさせる。


「ああ。ここまで来れば、まず大丈夫だからな。少し休ませてもらっていた。」


 思ったより気を抜いていたのか、声をかけられるまでブルトに気が付かなかった。


「そうですか・・・ リコルド様。改めてですが、本当にありがとうございました。この御恩、一生涯忘れません。」


 ブルトの口調は、やや粗野な感じがあるが、不自然にならない程度の敬語を使いこなしており、教養の高さを感じる。元はスラムの住人ではなく、教育を受ける機会があったのかもしれない。そう考えると、シモンやエルバの基礎能力の高さも、納得感がある。


「まだ早い。礼はシモンとエルバと再会できてからでいい。それが今回の目的だからな。」


 礼を言われるより、2人の悲しそうな表情や、悩んで落ち着かない様子をもう見なくて済むことが俺には重要だ。それだけでも十分報われる。


「そうですか。では、その時に改めて。」


「ああ。そうしてくれ。」


「それと、セルカ様には随分と支えていただいた。あれほど神秘的な出来ことが、自分に起こるとは今でも信じられません。感謝をお伝えしたいのですが、なにか方法はありますか?」


「俺からも伝えておこう。領地に戻れば、祭壇で伝えることもできる。」


「そうなのですか?! 未だに信じられない体験でしたが、それができると・・・是非祭壇に行かせていただきたい。」


 ブルトから奇妙な圧を感じ、押され気味になりながらも頷いておいた。


「それより、シモンとエルバは、元気にしているぞ。領地では、重要な仕事をしてくれている。真面目だし、頼りになる。お世辞抜きで助かっている。会ったらブルトからも褒めてやってくれ。喜ぶはずだ。」


「そうですか。会うのが楽しみです。きっと妻に似たのでしょう。彼女は私には過ぎた、良い妻でした。傭兵ですら務まらない、こんな私に良く尽くしてくれた。」


 ブルトは、少し懐かしそうな表情と浮かべている。


「傭兵が務まらないという割には、皆に慕われているようだがな。」


 砦から脱出した時から、他の男たちは自然とブルトに従っていた。戦場では不都合があれば、真っ先に切り捨てられる傭兵達が、無能な者に従うはずがない。


「昔からの腐れ縁というやつですよ。」


「子供達のこと、お礼を言わせていただきたい。正直なところ、子供達のことは半分諦めておりました。スラムの生活は厳しい。子供達だけで生き残れる場所ではないし、エルバは妻に似て体も強くなかった。生きていて、しかも元気なんて奇跡としか思えない。イーリス様のご加護もあったのでしょう。感謝しておりますし、その御恩だけでも、一生かかってもお返しするつもりです。」


 捕虜となってから忸怩たる思いに苛まれていたのだろう。急に口数が多くなり、ブルトの表情からは、真摯な感謝の念が伝わって来た。さっきから圧が強く、やや狂信的にも見える瞬間が、やや不安を感じされるが。


「2人に関して礼は不要だ。シモンとエルバは、自分達自身で十分に報いてくれている。報酬も払っているくらいだ。再会した時にでも、詳しい話を聞いて見ると良い。」


「そうですか。とても信じられませんが、再会したときの楽しみにしておきます。」


「そもそも今回の救出は、2人を心配されたイーリス様からの啓示でもあるしな。」


 シモンとエルバは、俺が救出に向かうと決めた時に、そんな迷惑はかけられないと頑なだったため、そういうことにしておいた。ブルトにも同じ話をしておいた方が良いだろう。


「・・・そんなことがあり得るのですか・・・」


 ちょっとした、発言のつもりだったが、ブルトは目を丸くして固まった。領民たちは、普段から女神イーリスのしもべであるセルカと接していることに慣れていたので、油断していた。


「あ、いや。そんなに大した話では・・・」


「た、大した話ではないのですか!? 女神からの啓示が???」


「良くある話だし・・・」


「良くある話???」


 不用意な発言が混乱に拍車をかける。対応に困り、ふと目線を川の方に移すと、他の男たちも体を洗い終わり、岸に上がり始めている様子が見えた。


「おっと、皆も岸に上がり始めたな。ブルト、皆を集合させて、休憩を取らせておいてくれ。隠してある物資を持ってくる。服もあるから、悪いが裸のままでいてもらってくれ。今後の説明もしたい。」


 これ以上、不用意な発言は避けるため、話題を無理やり替える。


「物資の用意まで・・・何もかも分かってらっしゃるのですね・・・ありがとうございます。承知しました。」


 ブルトは何かにショックを受けた様子だが、辛うじて返事をした後、仲間の方に向かった。


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