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第175話 地下牢

(・・・ふぅ。何とかなったのか?)


 兵士の声は、まだ背中から聞こえているが、幸いこちらに気づいた様子はない。俺は、上からから差し込む微かな光に追われるように、足早に階段を下りていく。やがて報告が終わったのか静寂が訪れた。降りていくに従い徐々に周りが暗くなっていくが、まだ夜目が利いており階段を踏み外すようなことはない。


 階段には窓のようなものはなく、新たな光源がないため、降っていくに従い暗闇が深くなっていく。こんなに暗いと兵士達が怪我をすることもあるのではないかと、変な心配をしながら進んでいった。光源が全くなくなると流石に周りが見にくくなり、壁の感触も頼りにしながらさらに降っていくと、足元の方が僅かに見やすく感じてきた。


 程なく階段が終わり、少し広い空間にたどり着いた。正面には見覚えのある扉がうっすらと見える。恐らく外から見た塔の入り口の扉で、ここはそこから入った場所なのだろう。


(うーむ。ここも外れかもしれない。)


 扉の隙間からは松明の光が差し込んでいる。その光を頼りに周りを見ると、道具や工具、縄などが置かれており、倉庫として使われているようだった。物が整頓されて並べられており、探している牢屋とはかけ離れた様子だ。諦めずに部屋を隈なく探したところ、降りてきた階段の裏側に、下りの階段があるのに気が付いた。


(良かった、諦めるのは早そうだ。)


(何か見つかったんですか?)


 セルカは首から掛けている『しるし』から、こちらの様子をうかがっているが、暗闇だと周りは見えないようだ。


(ああ、地下への階段を見つけた。)


(期待できそうですね。ここが外れですと、どこまで調査範囲を広げるか不安ですよね。最悪砦全体を調べなければならないかも。ちょっと考えたくないですね。当たりであることを祈っています。)


(そう願いたい。)


 俺は1階にも『しるし』を設置した後、見つけた階段の先を、そっとのぞき込んで見た。


(うーん。何も見えない。)


 階段の先には何も見えないし、人の気配も感じられない。集中して目を凝らしてみても、状況は変わらない。夜目が利くと言っても、光を感じる桿体かんたい細胞の中に、光を感じる物質が増えるだけ。階段の先に光源になりそうなものはなく、完全な暗闇のようだ。視覚以外に頼りにしているマナ感知も、精々数m程度の範囲が限界だ。ここまで距離があると何も感じられない。


 見つかる可能性は跳ね上がるが、火種を入れた打竹を使い、ロウソクに火をつけた。ロウソクの火の光が周りを照らしていく。微かな光だが、暗闇に慣れた目には眩しい。直接ロウソクを見ないように気を付けながら、慎重に階段を降っていく。


・・・


(地下牢の階段にしては長いな。)


 一階分地下に牢屋があるなら、階段の長さは精々長さ3~4m程度のはずだ。しかし、予想に反して階段が長い。少し前から触れていた壁の材質が、これまでの石材からざらざらした岩、恐らく砂岩だと思われるものに変わった。


 砂岩層は比較的掘りやすく、加工もしやすい。前世のノッティンガム城などは、地下にある砂岩層を掘り、倉庫や牢屋などの広い地下施設を作っていたが、この砦も、砂岩層を活かした構造になっているのかもしれない。


 俺は階段を降りながら、良く掘ったものだとその長さに感心していると、やがて少し広めの部屋のような場所につながった。その部屋は階段に直結しており、正面に外から閂がかけられた扉が見えた。そのまま静かに扉に近づき、聞き耳を立てる。


(・・・よし! どうやら当たりのようだ。)


(そうですね。いびきが聞こえますね。)


 扉の奥から、かすかにいびきのような音が聞こえてくる。ここが兵士などの部屋であれば、外から閂がかけられている道理はない。ようやく目的の場所にたどり着けたようだ。そーっと、なるべく音を立てないように注意しながら閂を外し、扉を少しずつ開ける。


(うっ)


 扉を開けるといびきの音が大きくなる。そして扉の先からむっとするような、王都でおなじみの臭いと、汗などの臭いがしてきた。一瞬臭いに怯んだがここで引き返すわけにいかない。できる限り情報は収集しておくべきだろう。


 臭いだけでなくリスクが跳ね上がるが、扉の中を調べる覚悟をきめる。ただ、中にロウソクを持ち込むと、明るくなり過ぎる。扉を開けたまま固定し、ロウソクを光が入り過ぎないように気を付けながら、扉の外側に置いた。


 慎重に極力音を立てないように、そーっと扉の先に進んでいく。扉から中に入ると、そこは小さな部屋になっており、奥はいかにもと言う格子状の扉がある。その扉の先には通路があり、左右に部屋がある。各部屋には、通路の入り口と同様の格子状の金属製の扉が設置されている。扉を格子状にすることで、扉を開けなくても、中を確認できる構造だ。牢屋と考えて間違いない。


(さてと・・・ ブルトの部屋を確認したいが、この暗さだと流石に難しいな。かといって明るくして、周りに騒がれても困るが、どうするか。)


 ブルトの顔は、エルバの似顔絵が参考になるはずだが、暗すぎて判別は付きそうもない。そもそも似ているとは限らないが、シモンがその絵を見た時の様子から、問題ないように思えた。


(でも確認するには、明かりをつけるか、呼んでみるしかないのでは?)


(まあ、そうだな・・・)


 ブルトの生存を確認するには、セルカの言う通りなのだが、いずれもリスクが高い。中に入って気が付いたが、正直なところ、この牢屋の囚人は待遇が良い。臭いはするものの、全体的に清潔に保たれている。大人数が雑魚寝で詰め込まれているような部屋はなく、4~5人程度で1部屋、しかもベッドのような寝具も見える。その他にも大事にされている様子が随所にうかがえる。


(これなら、救出を望む囚人ばかりではないかもしれない。)


 ブルト以外に感づかれれば、兵士へ告げ口されるかもしれない。そうでなくても、不信感を持った囚人が、兵士に確認することも想定される。そうなれば、わざわざ潜入して調べている意味が損なわれ、砦の兵士に余計な警戒心を持たせるだけでなく、最悪こちらの仕掛けにも気づかれる。


 俺は『しるし』を設置しながら、ブルトだけにアプローチする良い方法がないか、頭をひねったが、どうにも浮かばない。何十人もいるだろう囚人の中から、知り合いでもないブルトを見つけて、話しかけるなんてことは、そもそも不可能なのかもしれないが・・・


 頭を悩ませていると、セルカから、動揺が伝わってくるような警告が来た。


(リコルド! 兵士が降りてきています! そちらの牢屋に行くかもしれません。)


(見回りかもしれない。まずいな。)


 地下へ向かう階段はこの部屋までは一本道で、隠れる場所もほぼない。天井は張り付くほど高くはなく、今から地面を掘って、隠れるような時間は流石にない。


(ん? 地面を掘る・・・か)


 すぐにでも隠れなければならないのだが、ふと閃いたことがあった。差し迫った時間の中、仕込みを急いで行った。


(リコルド。何やっているんですか。早く逃げないと! 兵士がもう1階の扉の近くまで来ていますよ。)


(くそっ。ここまでか。まあ、後は何とかするしかないな。)


 俺は入って来た扉を閉め、慎重に閂を戻す。隠れる場所はない。階段を降りてすぐの左側の壁に、張り付くように身をひそめる。遮蔽物がないため、兵士が左を向いたら終わりだ。


(兵士は松明を持って、地下への階段に向かっています。)


(こうなったら運任せだ。)


 人間の有効視野は、左右併せて70度ほどだが、警戒していれば頭を動かさなくても、目が動かせる範囲だけで最大200度ほどの視野がある。兵士が違和感を持っていれば確実に見つかる。逆にそうでなかった場合、閂を注視している間は、かなり視野が狭まる。俺は息を殺して、相手に少しでも違和感を持たせないよう、音を立てないように待った。


・・・


 すぐに階段から松明の光が差し込み始め、続いて兵士の足音が聞こえてくる。


「はー。面倒くさいな。」


 兵士の呟きが聞こえてくる。少し離れてはいるが、兵士の声に心臓の鼓動が跳ね上がる。独り言を言う癖があるのだろうか。そんなことを考えていると、俺の右側を、兵士が通過しようとしているのが見える。


(よし、そのまま、そのまま先に行け・・・)


 そう強く祈る。兵士は階段から降り切り、そのまま部屋に入って3歩ほど進んだところで歩みを止めた。


(なぜ止まるっ!)


 何か違和感があったのか、兵士は松明を持ち上げ、右側をうかがうような仕草をした。左側であれば完全にアウトだったが、まだ運があるようだ。兵士の気を引くために石を前の扉に投げて、音で釣ってみるべきか。そんなことを考えながら、兵士の動きにじっと見つめる。


 こちらに向く様であれば、強硬策を取る。そう決め、兵士を見ていると、持ち上げた松明を、右上にある台に置く姿が見えた。そのまま扉に向かい、閂を外し始めた。俺は、その閂を外す音と合わせるように、移動し、可能な限り全力で階段を登っていった。


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