第172話 庇護亭
(情報屋か・・・金が要るよな。)
前世で言えば探偵に近い商売だろうか。これまで一度も使ったことはないが、利用するなら当然情報に対して金を渡す必要があるだろう。手持ちの金では心もとなかったので、一度拠点に戻り、資金を準備することにした。
(さて、いくら持っていくか。)
拠点に戻り、ため込んだ金の前にして考えて見る。一般的な企業を相手に、人を雇うのであれば、1日1人5万円以上はかかる。労働時間を8時間とすれば、時間単価6,250円。こちらの貨幣に置き換えるなら、1日1人銀貨5枚。1時間あたり銅貨62枚。危険な情報を集めるのであれば、最低2人1組で動くこともあるだろう。そうなれば最低1日銀貨10枚くらいからだろうか。例えば20日で得られるような情報であれば、金貨2枚を相場と考えても良いのかもしれない。俺は相場を想像しながら、十分な金貨を袋に詰め込み目的の店に向かった。
・・・
(ここが情報屋???)
目的の店は大通りに面した場所にあり、すぐに見つけることができた。慎重を期してセルカに案内をしてもらったが、なくても迷わなかったかもしれない。店の建物は比較的新しく、まだ築数年程度だろう。店構えはいたって普通の酒場だ。
(・・・店内も普通だな)
慎重に店内に入る。店内はかなり広く、カウンターと大小12のテーブルがある。明るい雰囲気で、満席ではないが客は多い。まだ夜には早い時間にも関わらず、この客入りなら、十分人気店と言ってよいだろう。客は酒と料理を楽しんでいる。酒場が表、情報屋は裏の仕事なのだろう。情報屋はどちらかというと、あまり人の寄り付かないさびれた店という先入観があったのだが、こういった店の方が、怪しまれることがなく、情報を集めることができるのかもしれない。
「いらっしゃい。」
入り口で待っていると、落ち着いた声の店員が迎えてくれた。なんとなく異質なものを感じるが、顔や声にそれといった特徴的なところがなく、印象が薄く感じる。
「オルノさんの紹介で来たのだが。」
頼み方の作法がありそうなものだが、教えられていない。とりあえず、店を教えてくれたギルド長の名前を出して見た。すると店員は察したように、店の奥にある部屋を指さした。そちらに行けと言うことだろう。「ありがとう」軽くお礼を言い、素直に指示に従う。
店内の喧噪の中を少し進むと、関係者以外お断りと書かれた扉が見えた。店員の方に目をやると、頷いているので、そのまま扉を開け、さらに奥の通路に進む。通路の突き当りの扉に近づくと、ノックをする前に「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「リコルドさん。お待ちしておりましたよ。」
部屋の中には、男が1人待っていた。見た目は20代後半。整った顔立ちをしており、理知的で優し気な印象を受けるが、見た目通りではない予感がする。部屋にはテーブルと椅子があり、応接室のようになっている。入って来た扉とは別に、部屋の奥に扉がある。
(いきなり名前を呼ばれたが。何かを狙っているのか?)
目の前の男に見覚えはない。俺の記憶はイデアに格納されるため、基本忘れることがない。見覚えがないということは、会ったことはないはずだ。
「初めましてだと思うが。オルノさんに聞いていたのか?」
「いえ。オルノさんからは特に。商売柄、あなたのような方の情報は、自然と入ってくるものですよ。昼前に冒険者ギルドでオルノさんと会ったという報告があったので、いらっしゃるかなと。しかし、慎重な方ですね。昼過ぎにはいらっしゃると思っていたのですが、少し予測が外れてしまいました。」
(不思議な発言をして、誘導するような技術があると聞いたことがあるが、そのたぐいだろうか。)
ギルド長と会ったから、ここに来るという予測は、飛躍しすぎで正直理解ができない。予測ではなく、単に店の周りに、見張りがいるだけという可能性もある。あまり言葉に惑わされない方が良さそうだ。
「そうか。ご存じのようだがリコルドだ。よろしく頼む。」
「私はソステンと申します。以後お見知りおきを。」
俺はソステンに促され、テーブルをはさんで向かい合うように席に座る。1対1のはずだが、他の視線を感じるのは、気のせいではなさそうだ。
「さて、改めましてリコルドさん。ギルド長のオルノさんからの紹介で、うちに来ていただいた。目的は情報ということでよろしいですか?」
「ああ、その通りだ。ギルド長の信頼を得ている店なのだろう?」
「以前から、ちょっとした縁がありましてね。信頼いただいていると思っています。」
ソステンは、俺の回答を聞くと少し微笑むような表情に変り、何度も頷いている。嬉しそうだが、馬鹿にしているようにも見える。
(有能だが、頭の固い上役には嫌われそうなタイプだな。)
「それで必要な情報は、シモン君とエルバちゃんのお父さんことで良かったですか?」
俺が何も言わないうちから、名前や訪問目的、必要な情報まで言い当てられた。流石に気味が悪くなってきたが、俺を見張っていたのであれば、分かっていてもおかしくはない。見張られる理由が気にかかるところだ。
「ああ、その通りだ。話が早くて助かる。」
隠す意味も無いので素直に認めると、また、妙な表情が垣間見える。ソステンは何かに気が付いたのか、気まずそうな表情をした。
「・・・申し訳ない。不快な思いをさせてしまいましたか。周りに良く怒られる癖が出てしまっていますね。私は情報の断片から、人の行動を予測するのが何より好きで、当たった時に表情に出てしまう癖があるようでして。本当に他意はないので、ご容赦いただければありがたいです。」
俺は表情を変えたつもりはなかったが、内心が顔に出ていたようだ。ソステンの微笑と思われる表情は、上から人を見下すような印象があり不快だったのは事実だ。ソステンは本当に反省しているように見える。その程度のことは、そもそも責めるような話でもない。しかも、すぐに非を認め、行動に移すところは好感さえ持てる。
「いや、問題ない。で、俺の知りたい情報を、提供してもらえると思って良いのか?」
「ええ。内容が内容だけに、ご期待に沿えるとまでは言えませんが、満足いただけるかと。私が答えられないのであれば、共和国では誰に聞いても、入手できない情報だという自負はあります。ご安心ください。」
「わかった。それじゃいくつか聞きたいことがある。聞く前に報酬について確認させてくれ。」
一応、聞きたい情報の価格を自分なりに想定しているが、事前に確認しておきたい。
「うちの情報は、私が内容に見合うと考える金額を提示し、支払ってもらう形を取っています。お客様は悩むことはあっても、払えないような金額を請求することはありません。稀に、お金ではなく、お互いの情報を交換する場合もありますね。」
明朗会計と言うわけにはいかないようだ。どこぞの高級料亭に来たような不安が募るが、郷に従うしかなさそうだ。
「わかった。それでいい。」
足元を見られたところで、他に情報を得られる当てもない。素直に承知しておく。
「ご承知いただき、ありがとうございます。稀と言っておいてなんですが、今回は後者で報酬をいただきたいのですが、いかがでしょう?」
「情報交換ということか。怖いな。流石にこちらに求められる情報が、全く分からなければ承諾できない。言えない話もある。」
対価になりそうな情報といえば、大森林や領内で取り組んでいる内容くらいしか思い浮かばない。それらは、今はまだ伏せておきたいことが多い。
「そうでしょうね。私が欲しい報酬は、あなたに関する情報の提供です。」
「なんだって?」
「リコルドさん自身のことを知りたい。私の質問に答えていただければ良いですよ。もちろん、言いにくいことはおっしゃらなくて結構です。」
何か口説かれているようで、一瞬嫌悪感から背中に寒気が走る。なるべく表情に出さないように努めるが、さっきのこともある。気づかれたはずだ。しかし、不安はあるが、正直、情報の対価に大金を払うのは厳しい。今後の領地運営にも影響が出かねない。情報交換というなら悪くない話だし、他に情報を得られる当てもない。
「・・・わかった。黙秘もできるのであれば、それで良い。」
「そうこなくては! それでは、まずはこちらから情報を提供させていただきましょう。いくつか情報はありますが、そちらの質問に答える形の方がよさそうです。」
俺は頷き、聞きたいことを質問していく。
「そうだな。まずはシモン達の父親、ブルトが生きているかどうかを聞きたい。」
「まあ、そうですよね。少し前、1月程前の情報ですが、ブルトさんはその時点では生きていました。今も存命だと思いますよ。お察しの通り、帝国の砦で捕虜として扱われています。」
ソステンの情報が真実かどうかは不明だが、情報屋を生業にしているのであれば、確証のない情報は言わない。今はそう思うしかない。まずは一番欲しい情報の答えは得られた。
「そうか。それは朗報だ。彼を助け出したいのだが、相手との交渉は可能か? 例えば金銭的な対価を払うとかだが。」
「それは情報ではないですよね。私は情報屋であって、帝国の人間でも、相談相手でもないですよ・・・まあ、あくまで私見と言うことでよければ。 ・・・そうですね。交渉で救える可能性は低いですね。少なくとも共和国軍を通して、国対国での交渉は無理ですね。」
「なぜだ?」
「共和国にとっての捕虜はいないからですよ。共和国では、貴族以外を捕虜と認めていません。置き去りにされた兵士や傭兵は、戦死扱いです。なので議論の余地はないですね。それに、帝国側も捕虜は手放さないでしょう。砦の整備や戦闘の雑用をさせられる貴重な人手ですし、砦の内情も知っています。普通の条件で手放すとは思えません。」
ギルド長の発言から想定はしていたが、やはりというところだ。確かに単なる人手だけでなく、機密も知り得るとなれば、正面からの救出が難しいのは理解できる。
「そうか・・・。それでは砦の内情はどの程度わかる? 捕虜の人数や居場所、警備状況が知りたい。」
「あはは。聞いてどうするつもりですか? まさか助けに行くつもりですか? 流石に無茶にもほどがある。前線基地の敵陣ですよ。」
「それはこっちで判断する話だ。情報はどのくらい持っている?」
「そうですね。せっかくの質問ですが、精度の高い情報は残念ながら皆無です。かなりの推定も含んだ情報ですが、捕虜は40名弱、これは前線での目撃情報を参考にしています。内部にはもっといるかもしれません。囚われている場所ですが、砦の外見から見るに一般的な構造のようですから、恐らく裏門に近い塔の地下でしょう。その塔の近くに兵士の住居を作り、その前で住居の警備することで、塔の監視も同時に行っているはずです。警備状況は当然厳重だと思いますよ。」
「そうか。推定でも助かる。」
「繰り返しますが、救出は無理ですよ。」
「言っていることはわかるが、検討しないわけにはいかない。他に手があるなら別だが。」
少し強い言葉で、救出の可能性を否定してくる。ソステンは、もしかしたら救出を検討したことがあるのかもしれない。
「砦は丘にあると聞いたが、水源はどうしている?」
「川と井戸ですね。水源は重要施設です。当然内部の井戸は一番警備が厳しいでしょう。帝国側は野戦を好むので、籠城する可能性は低いですが、それでも水は生命線です。帝国の将軍は有能ですから、抜かりがあるとは思えません。」
「帝国の将軍を知っているのか?」
「ええ、どこでとは申し上げませんが、誰よりも彼のことを考えていた時期があります。」
ソステンは、先ほどの微笑とは、また違った感じの表情をしており、怖気が走る。
「そ、そうか。」
少し、間を取り、冷静になってから質問を続ける。
「潜入できそうな場所の情報はないのか?」
「無いですね。門は当然厳重ですし、入荷する物資の確認に抜かりはありません。時間をかけてでも、必ず全量を細かく確認しているので、物資に紛れての潜入は不可能です。門を通過するような侵入手段は、まず無理でしょう。かといって、よじ登れる壁の高さでもないですね。残念ながら潜入箇所の情報はありません。それこそ空を飛ぶくらいでしょう。まあ、仮に飛べて侵入できたところで、捕虜を連れて脱出ができるとも思えませんね。」
金銭などによる交渉も駄目、潜入・救出も難しいとなると、攻め落とすくらいしか手がないが、それこそ最難関だろう。正直なところ俺単独であれば、壁をよじ登って潜入するのは可能だ。しかし、その後の救出方法がない。こうなると消去法で、思いつく手段は1つに絞られてくる。
「夜に警備が緩む可能性はあるか?」
「諦めていないのですね。・・・そうですね。今、砦への帝国から補給が滞っています。明かりの燃料も当然不足しているでしょう。そうなれば、夜間の警備は継続できる範囲で絞るしかないなずです。食糧庫や水源、住居や門などの重要な場所に限るしかないでしょうね。それ以外の部分は、兵士を巡回させるくらいの警備になるでしょう。あくまで補給がない状態が続けばですが。」
「あの砦は帝国にとって最重要だろう。なぜ補給が滞っている。」
「ああ・・・そうですね。いくつか理由はありますが、そのうちの1つは共和国軍の成果ですよ。帝国領土で補給線を切っている部隊がいるからですよ。随分と危険なことをしていますが、今のところ奇襲は十分な成果をあげています。武王の指示ではなく、教会がねじ込んだ軍師の指示ですね。中々の手腕ですよ。ただ、流石に帝国も手を打ってくるので、恐らくもって後1か月くらいでしょう。」
「その根拠はなんだ?」
「砦の食糧は十分ですが、他の物資が不足して、限界になるのがそのあたりのはずです。帝国本土はどうか知りませんが、帝国の英雄が動かないわけがないからです。」
(そうなると、警備が厳重になる可能性があるということか。)
捕虜救出の難易度が上がるまで、残り一か月以内ということになる。それまでに救出作戦を計画して、成功させる必要がある。
「わかった。十分な情報はもらった。俺からは以上で良い。助かった。」
「そうですか。それでは今度はこちらですね!」
ソステンはそういうと、嬉しそうに質問をしてきた。理由は良く分からないが、ソステンは大分前から俺のことを調べていたようだ。ソステンの推測の答え合わせをするように、事細かに質問をして来た。俺の出身地など、村や里のリスクが高まるような情報は黙秘したが、どこまで隠し通せたかわからない。質問は数時間にわたって続き、これまでとは違った角度の試練を存分に味わうことになった。




