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第170話 可能性

 俺は新設した村の住人に、春から耕してもらうための畑作りのため、普段以上に目まぐるしい日々を送っていた。忙しいが1つ1つの作業は手慣れたもの。寒空の中、広大な面積の畑の荒起こしをして、農作業特有の充実感に浸っていた。今日も一日の作業を終え、いつも通り拠点に戻ると、元スラムの兄妹、シモンとエルバがいつもとは違った表情で待っていた。


「お帰りリコルド、疲れているところ悪いけど、少し話をさせてくれないか。夕飯を食べながらで良いからさ。」


 普段から一緒に夕飯をとっており、話もしている。どうしてもしておきたい話があるのだろう。ちょっとした縁で知り合い、今では一緒に暮らしている。随分打ち解けたと思っていた彼らから感じる違和感に、少し不安になる。


「ああ、もちろんだ。大丈夫か? 話を先にしても全然かまわないぞ。」


 俺はそう言ったが、エルバは「すぐできますから」と温めてあった夕飯の配膳を始めたので、そのまま流れに任せる。手際よく食卓に料理を並べて行く。


「いただきます。」


 用意してくれた料理を、俺は普段通り飯を食べ始めるが、シモンとエルバの箸は進まない。互いに目配せをしながら、どう切り出そうかという感じの様子がうかがえる。


「何か話にくいことなのか? 難しい頼み事でも、俺にできる範囲であれば遠慮はいらないぞ。」


 言い難くそうにしているので、こちらから話を振ってみる。


「ありがとう。ちょっと微妙な話でさ。どう言って良いかわからないんだ・・・ 確かな話でもないし。そうだね、今日、王都で会った人のことから聞いてくれよ。」


 俺は頷いてシモンに先を促す。


「今日、いつものように仕事をしていたら、昔の知り合いに会ったんだよ。最初気が付かなかったけど、向こうから声をかけてくれてさ。以前はスラムに住んでいた人なんだけど、お金を貯めて王都に移住した凄い人なんだ。その人、つい2,3日前に戦場から戻って来たんだって。」


「そうか。王都で昔の知り合いに会うなんて、珍しいな。戦場と言うと、帝国との戦いだろう? 戦争は続いているようだが、無事で何よりだ。」


「うん。向こうも王都で会ったことを驚いていたよ。報告と物資の追加調達で戻って来ただけで、戦争はまだまだ続きそうだと言っていたよ。それでその人、父さんと傭兵として軍に参加していたから、俺のことも気にかけてくれていたようだったよ。」


 帝国側が圧倒する戦況で、傭兵として生き残っているのなら、結構な腕なのかもしれない。


「最初はお互いの近況の話をしていたんだ。それが一通り終わった頃に、あくまで可能性だけどと念を押してきてさ。その後、俺のお父さんが生きているかもしれないって言ったんだ。」


「・・・どういう話だ? もう少し詳しく教えてくれ。」


「うん。その人が言うには、この前、戦場でブルトを見かけたって言うんだ。ブルトは父さんの名前。それだけじゃ本当かわからないけど、父さんが生きているなら会いたい。けど、戦場での話だし、どうして良いかがわからないんだ・・・ 俺に何かできることは無いか考えたけど、できることも浮かばなくてさ。戦場に行けるとも思えないし。リコルドにはあまり関係ないから、話して良いか悩んでいたんだ。最初はエルバにも話さないつもりだったけど、すぐばれてさ。」


 2人とも焦燥感からか、不安な表情をしている。シモンとエルバは既に大分話し合って、結局良いアイデアが思い浮かばず悩んでいるのだろう。内容の重大さから考えれば、もっと感情的になってもおかしくないが、遠慮がちな様子さえ見て取れる。もう少し素直に頼ってくれても良いのだが。


「そうか。お父さんが生きている可能性があるなら、まずは良い話じゃないか。確かに簡単な話ではないが、相談してくれて嬉しいよ。シモンとエルバはもう俺の家族だと思っている。これからも、遠慮なく相談してくれ。」


 俺がそういうと、シモンは少し照れくさそうに「ありがとう」と言った後、顔を引き締めて話を続けてきた。


「俺たちの父さんは、これまで死んだと聞いていたんだよ。」


「ああ、会った時にそう言っていたな。確か帝国との戦争に参戦して帰ってこなかった。そういう話だったな。」


 シモンは頷きながら話を続ける。


「良く覚えているね。だいぶ前にちょっと言っただけだと思うんだけど。そうなんだよ。共和国からは死亡したと聞いていたし、戦場から帰ってこなかったからそうなんだと思っていた。粗末だけどお墓もあるんだよ。」


「戦場で行方不明だったら、そう言われることもあるだろうな。」


 戸籍を管理している国であれば一定期間、例えば7年以上生死不明が続けば、国が戦時死亡宣告をして戸籍を抹消する。共和国では戸籍の管理が行き届いているとは思えない。短期間でもあっさり死亡宣告しそうだ。


「だから、生きているかもしれないと言われるまで、疑いもしなかったよ。それでさ、その人が言うには、帝国側にお父さんがいたと言うんだ。捕虜が前線に出たり、作業したりすることがあるらしく、それじゃないかってさ。」


 生きていることを信じたいが、確かな内容がほとんどない。情報としては知り合いの目撃情報のみで噂レベルだ。シモンの父親は、以前共和国軍の傭兵として戦に参加していた。戦場で行方が分からなくなったのなら、確かに捕虜になっていてもおかしくはない。捕虜として、戦場で督戦隊などに睨まれながら作業を強要されれば、簡単には逃げられない。十分にあり得る話のように感じる。


「それで、その目撃したという証言は、どこまで信用できそうだ? 行方不明になって数年経っている。今頃に嘘をつく必然性はまずない。見間違えるようなことがなければ、信用できると思うが。」


「嘘をつくような人ではないし、ずっと父さんと傭兵をしていたうちの1人だから、見間違えることはないと思うよ。何度も確認したけれど、間違いないと言っていたし。自信がありそうだったよ。」


 戦場という非日常の状況下で、視認したという。内容からして距離が近いとも思えないし、双眼鏡のようなものがあるとは聞いたことがない。知り合いだとしても、見間違える要素はいくつもある。ただ、知り合いの息子にあえて伝えたことを考えれば、十分自信を持った情報と考えても良さそうだ。


(事実だとして、どうするか。)


 帝国と共和国の戦いは、ほぼ膠着状態。俺の知る限り帝国は騎馬兵が主力なので、帝国側の歩兵が、大きなぶつかり合いに直面する可能性は少ない。これまで無事であったなら、このままでも生き残るかもしれない。だとしても、戦場にいるのであれば、放っておけば生還率は下がる一方だろう。


(何かしら、救う手段を検討する方針は確定だな。)


 しかし、実際のところ、救える手段があるのかどうか。行方不明になってから、年単位で捕虜のままなのであれば、真っ当な手段はないのかもしれない。現時点有効と思える手段は思いつかない。それでも不安な表情を浮かべている兄妹を見て、動かなり理由にはならないだろう。


「よし分かった! シモン、エルバ、俺に任せておけ。もし本当に生きているなら、必ず助け出して見せる。」


 正直なところ、戦況、今いる場所を考えれば、救出できる可能性は皆無だ。だが、今目指していることを思えば、この程度の話は些細なこととも言える。やれるべきだろうし、やらない理由はない。


「あ、ありがたいけれど、生きているかどうかも確かな話じゃないし・・・ 待ってくれよリコルド。戦場だよ。俺はできれば、もう少し調べられれば良いくらいに思って、相談させてもらったんだよ。そりゃあ救って欲しいけど、いくらなんでもそれが無理なことは分かるよ。気持ちだけで十分だよ。そこまでは・・・」


 シモンは冷静に努めようとしながら話していたが、泣きそうな表情を浮かべているエルバを見て、言葉が止まる。調べたところで、本当に敵側で捕虜になっているのであれば、無事に帰ってくることはまずない。手を打たなければ、結局見殺しにすることと同義だろう。ここで動かなければ、シモンとエルバは一生後悔することになるはずだ。


「いや、もう決めた。まずは俺の方でも、王都で情報を集めて考える。しかし、名前だけだと厳しいかもしれないな。せめて個人を認識できるような特徴や、顔が分かるようなものはないか?」


 情報の裏付けや、これまでの状況なども知りたい。具体的に動くとしても、情報収集から始めるべきだろう。俺がそう言うと、シモンは暫く黙っていたが「ありがとう」と呟いてから話を合わせてきた。


「うーん。背の高さとか髪の色とか、外見で特徴があるところはあまりないかも。父さんには、目立つような傷もなかったはずだし・・・」


「そうか。まあ、とりあえず、名前だけで当たってみるか・・・」


 俺とシモンが迷っていると、会話をずっと聞いていたエルバが、控えめに手を挙げてきた。少し驚いたが、意見があるようなので促す。


「私、似顔絵を描けると思います。描かせてください!」


 それまで不安そうにしていたエルバが、大きく強い口調で突然提案してきた。俺もシモンもびっくりして固まった。


「私も少しでもお役に立ちたくて・・・」


 エルバは、思ったより声が大きく出てしまったのを、少し恥ずかしそうにしながら、繰り返し提案して来た。簡単に絵が描けるとは思えないが、ある程度の特徴が分かるだけでも儲けものだ。ダメ元でも良いし、とりあえずやってもらうことにした。エルバに紙と筆記用具を渡し、俺は明日、王都に行くことにした。


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