第169話 共和国軍の様相
「帝国軍は、まだ干上がらぬのか!」
共和国軍の総大将である武王は、いら立ちを隠しもせず、ナーダを呼び出し、いきなり叱責をしていた。ナーダは、共和国の国教であるガイア教のそれも教皇からの紹介で従軍しており、普通であれば扱いには配慮されるはずだが、そのような様子はない。
「まさかと思いましたが、砦近くからの領地から、かなりの物資が運び込まれているようですな。」
「なんだと? 地王の領地からか。全く不甲斐ない。敵に味方をしているようなものではないか。王都にもどったら償わせてやる。」
「こちらとしては、悪くない状況でしょう。あの帝国側の英雄を孤立させていますから。待つだけで、勝利が転がり込んできますよ。もうしばらくご寛容いただきたく。」
「はん。塹壕とか言ったか。単に穴に隠れるだけではないか。このような戦い方では、我が軍勢の威を示せぬではないか。正々堂々と戦うべきであろう? 教皇がどうしてもと推薦するお主の策だから、使ってやっているが、姑息で恥ずかしいことこのうえないわ!」
「確かに武王様のお力であれば、あの英雄も倒せるでしょうな。ただ、勝ち方というのも大事ですぞ。流石に被害は大きくなりましょう? 今は圧倒的に勝利するための前準備と考えるべきですな。必ずや武王様は、歴史に名を遺すことになりましょう。」
ナーダは自身の策をけなされても、真剣な面持ちのまま表情を変えない。
「ふんっ。後、どのくらい待てば良いのだ? 義勇兵が離脱を始めたとも聞いておるし、それほど待てぬぞ。」
「帝国本土からの追加物資は、分隊が止めることに成功しております。既に砦の物資は尽き、周りの領地から仕入れが止まれば、数日中には。ただ、残念なことに、領地の方々は帝国に協力的なようですな。」
砦に常駐している帝国の兵力は多くないため、周りの領地を占領するまでには至っていない。帝国の英雄が無能であれば、得られる物資は限られたはずだが、どうやら周りの領地と良好な関係を築いてしまったようだ。ナーダは、秘密裏に派遣した手勢により、王都で流した噂通りにできなかったことを悔やんではいるが、当然のように表情には一切出さない。
「聞いておる。そうらしいな。非国民どもめ、敵に食糧を売るとは。これだから地王の領民は低能ぞろいなのだ。国のことを全く考えておらぬ。」
「武王様の足を引っ張った報いは、いずれ受けることになりましょう。」
「そうだな。それを理由に、地王から追加物資を引き出すのがよかろう。そこも交渉するように。」
「それがよいでしょう。承知しました。必ずや仰せの通りに。」
「うむ。お主の策は今一つだが、交渉力はあるからな。そこは評価しておるぞ。前にクビにしたソステンは、全く融通がきかん無能であった。まともな交渉すらできなかった。それどころか無駄な意見まで言う始末。あぁ!今思い出しても腹が立つ。 しかし、お主はそこが大きく違う。生意気なことも言わないしな。」
「お褒めの言葉、ありがたく。それでは武王様。早速王都で交渉してまいります。必ずやご満足いただくものをお送りしますので、お待ちください。その後は、また帝国領で働いてまいります。」
「うむ。酒と肉は十分に頼むぞ。あちらの方もな。」
「周りの領地で既に探させてもおります。武王様のお好みも存じておりますので、ご期待ください。それでは、また、いずれ。」
「退出を許す。全く、こんなに長い時間またされるとはな。まあ、地王の領地で過ごすのも存外悪くない。酒を飲みながら、我が配下の力を見せる機会を待つのも良かろう。・・・む?」
ナーダは退出を許されると、素早くその場を後にしていた。武王は去った後に、何かを思い出しそうになったが、結局気が付くことはなかった。
・・・
ナーダは、子飼いの配下だけの自陣に戻ると、深いため息をついた後、表情を一変させた。知的で温和にも見えた表情から、冷徹な表情に変わる。
「全く、無駄に忍耐力を試される仕事だ。自身の戦略も策も示さず、統率力もない。武王がせめて帝国側の10分の1程度でも実力があれば、いくらでもやりようはあるが、大人と子供以下だ。兵数が勝っていても戦力差が開きすぎていて、戦わせない方法を採るしか無い。馬鹿で無能の相手をするのも忍耐力がいる。」
「お察ししますぜ。」
配下の一人が相槌を打つ。
「まあ、あそこまで馬鹿だと悪いことだけでもない。論理的な説明も不要だしな。このままいけば、帝国の食糧が尽きるのは春先だろう。共和国領からの補給が続けば、いつまでかかるかわからん。武王に今の均衡を終える時期を聞かれたが、子供だましの誘導にあっさりかかった。あまりにも毎回誘導されるから、逆にこちらが騙されているのではないかと疑うくらいだ。」
「馬鹿にも使い方があるってやつっすね。」
ナーダの配下の言葉遣いは荒い。ほとんどのものが、盗賊からのたたき上げで、長年の付き合いのものたちだ。
「ああ、そうだな。物資の横流しで贅沢ができるうちは、付き合ってやるさ。さてと、さっさと共和国での交渉を済ませて戻るとしよう。まずは、近くの領地から集めた女をあてがっておけ。」
「へい。承知しました。しかし、あいつは女の趣味もゲスですぜ。まあ、子供は調達しやすくて楽ですがね。」
「良い死に方はしないだろうさ。」
「ですかね。」
「義勇兵の様子はどうだ?」
「軍からの物資もあるので、逃げた人数はそこまで多くありやせん。ただ、配給できる量が足りないので時間の問題でさ。わしなら真っ先に逃げとりやすよ。王都での噂とは違い、帝国が略奪してないことに気が付いた奴らも少なからずおりやす。まさか、帝国軍が共和国の領土を守るとは思いやせんでしたぜ。」
「そうだな。何度も言うな。そこはケチが付いた。成功していれば、仲間の物資にも余裕が出たはずだがな。まあ、春先までに今以上に兵が減れば、それはそれで違うシナリオでいくだけだ。」
「お任せします。あっしらはついていくだけでさ。」
「帝国側は?」
「砦への補給物資はほぼ阻止できていやす。やはり本土でなにか起こったようですぜ。以前より頻度も少なく、輸送隊の規模もしょぼいもんでさ。ここ3か月は街道を使ったやつすらいやせん。」
「確かに何か起こったようだな。帝国からすれば、肥沃な土地の確保は悲願だったはずだ。あの砦が3年もせずに、あそこまでできたのが証拠だ。しかし、このままだと、情報不足だな。どうにかして帝国本土の情報は押さえたい・・・やつらに頼むか・・・」
「わかりやした。呼び出しておきやす。」
「よし。冬の間は大きな動きはないはずだ。俺は王都に戻って、少し仕事をしてくる。お前らが危険にさらされることはまずないが、危険を感じたらまず逃げろ。こんな国に尽くすことはない。」
「へい。分かっておりやす。得意な戦い方は骨の髄までしみてやす。生き残れば親方がなんとかしてくれますし。」
「ああ、俺たちは常勝ではないが、無敗だからな。分かってればいいさ。それじゃあ、面倒だが行ってくる。後を頼むぞ。」




