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第167話 ある領地の様子

「おい。やめろ! 何をやっている!」


 領主のリコルド様に許可をいただき、久しぶりに帰ってきた故郷で目に入った光景は、以前と変わっていないことを感じさせるものだった。子供達は、見慣れない男の声で、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


「大丈夫か?」


 そう声をかけると、取り残された男児はうつ向いたまま頷いた。


 俺の故郷は豊かとは言い難い。それでも貧富や立場の差、力の差が生まれ、自然と強いものと弱いものが決まっていく。そして弱いものは狙われる。娯楽がほとんどなくやることが限られた中で、気軽に優越感に浸れること。その一つが、いじめなのだろう。誰もが厳しい暮らしを強いられ、その理不尽さから不満をため込む。それらを発散できるのだろう、いじめが娯楽の1つのようになってしまっている。俺がいたときにも、よく見られた光景だ。


 男児はまだ声を殺して泣いている。


 声を出したところで変わらないことがわかっているのだろう。話しかけられることを拒絶する雰囲気を感じ、持参したお菓子をそっと置いて、その場を後にした。


「おう。随分と久しぶりだ。王都で暮らしていただろ? 戻って来たのか?」


 領内を歩いていると、見覚えのある男に声をかけられた。近所に住んでいたが年齢も離れていたので、あまり接点はなく、名前も思い出せない。


「ああ、色々あって、今は王都の南に新しくできた領地で世話になっている。」


「南? 西じゃなくてか? 南じゃ耕す土地がないだろうに。暮らせて行けるのか?」


「領主がやり手で、少なくとも食うのには困っていないよ。」


「それは何よりだ。ここは相変わらずさ。むしろ税の負担が増えて、前より酷くなっている・・・」


 俺がこの村を出たのは10年ほど前だ。裕福ではない家庭の次男に生まれたが、それでも比較的安定した収穫が得られる土地があり、普通に暮せていた。ただ、子供に恵まれ、4人目の兄妹が大きくなると次第に生活が苦しくなっていった。そういった境遇の家庭は多く、当時は不思議に思ったのだが、今ならその理由がわかる。子供ができる行いも、数少ない娯楽の1つが原因であること、それが理解できる年齢にはなっている。


 これと言った産業はなく、限られた農地を耕すことが主な仕事の土地では、長男でもなければ新たな農地の割り当てはない。このままで家計が破綻するのは目に見えていた。だから王都に行くと言って家を出た。そういった事情を両親も当然理解していたのだろう、心配されたものの反対はされなかった。それ以来両親とは疎遠だ。久しぶりに顔を出しても良いかもしれない。


 普通の家庭でも、子供が多くなると十分に食事ができなくなる。生き残るには、雑草を食べて飢えをしのぐこともざらにあるが、その雑草さえも十分にあるわけではない。元気がない子供達がいたるところにいて、生気のない目でこちらを見ている。


・・・


 暫く歩くと目的の家に着いた。比較的立派な建物だが、ところどころ古びている。昔の記憶で少し不安になるが、扉をノックして用件を伝える。


「突然で申し訳ない。村長に用事があるのだが、話をさせてもらえないだろうか?」


 この建物は、領主から任命されている村長の1人が住んでいる。反応がなかったが、何度か繰り返すと人が近づいてくる気配を感じた。


「はいはい。聞こえていますよ。」


 扉から年配の女性が出て来た。かすかに見覚えがあるような気がする。気品のようなものがあり、おそらく村長夫人なのだろう。あらためて用件を伝えると、アポはなかったが客間に通された。


「ようするに、新たな領地の住民を募集している。そういうわけですな?」


 ほどなく現れた村長に用件を話すと、俺の話が長かったのだろうか、一言でそう返してきた。


「確かにそういう面もあります。ただ、その場合は年齢制限を付けるのが普通でしょう? うちの領主からは、年齢にはあまりこだわる必要は無いと言われています。餓死する可能性が高い人を優先で、働ける状態であれば年齢はそこまで気にしません。」


「それはそれは・・・、私が言うのも憚られますが、大丈夫なのですかな? こちらとしてはありがたい話ですが。」


 どんな環境であっても、才覚があるものは自然と生きる術を見つけて生き残る。餓死する可能性があるということは、その才覚がないものということになる。


「はい。私どもも、そのあたりは理解しております。当然、健康面や性格面などで選別はしますが、食べさせることはお約束できます。その代わりこちらからは対価は出せません。村長に多少のお礼ができる程度です。」


 そう言って村長に金貨5枚が入った小袋を渡す。


「餓死する若い子が減ると言うのであれば、反対する理由はありませんな。・・・こんなに頂いてよろしいのですか?」


 村長は中身を確認すると、少し驚いた様子だった。


「はい。今後も定期的に顔を出させていただく予定ですので、挨拶も兼ねてです。」


 働き口が常に不足しているので、子供が成人しても価値は無いに等しい。それどころか、仕事がない若手は治安悪化につながることも多い。引き取り手があるだけでもありがたいのだろう。さらに条件などを話し合い、村長から住民への説明をしてもらった後に、勧誘をすることとなった。


・・・


 数日後、村長の呼びかけに応じて集まった住人に、移住に関する説明が行われた。あまり連絡網が発達していないのか、村の規模からすると集まった住人は少ないように感じた。説明が終わると解散となり、約束通りに勧誘の許可がもらえた。そこから数日をかけて、一緒に来た仲間と散り散りに勧誘を始めることとした。


「おう、ぼうず。腹減っているだろう? これを食べな。」


 大人も勧誘対象ではあるが、できる限り餓死の危険性がありそうな子供にターゲットを絞っている。領主からもらっていたクッキーを与えながら、話を聞いていく作戦だ。


「・・・おいしい!」


 見知らぬ男からもらった食べ物に当然警戒するが、空腹に耐えきれず口に入れる。目を見開き、その後、一気に食べる。大き目のクッキーが一瞬で姿を消していく。飢えた子供たちは、皆、図ったように同じ動きをする。一気に食べるとのどに詰まらせるので、2人目からは水も用意した。領主が用意してくれたクッキーは、デーツというものが入っており、甘みがあり癖になる美味さがある。


 さらに1枚渡し、それ食べて落ち着いたころを見計らって勧誘を始める。


「ぼうず、どうだ。ここから離れた場所だが、うちで働かないか? 毎日の飯は保証してやるぞ。」


 何人かに声をかけていくうちに、傾向が分かってくる。


「飯を食わせてくれるなら、どこにでも行くよ。」


 孤児の場合は、男女問わずまず即答だ。判断の速さに驚くが、相当に追い詰められている様子がうかがえる。クッキーの効果もあるのだろうか。そうでない場合は大抵親がいて、さらに答えに迷っているときは、問題を抱えていることが多い。


「親と話させてもらえないか?」


 当然ながら親がいるときは、必ず親とも話をする。流石にすぐに信用を得られることは少なく、ほとんど断られるのだが、中には了承を得られることもあった。成人が近い子供たちは、将来に不安を抱えているのだろう、子供から説得しようとすることもあった。昔の自分を見ているようで、気持ちは理解できる。


 自分の経験も踏まえ、親の説得を試みる。断られても年に1,2回来ることを伝え、悩んでいるときはその時でも良いと提案する。帰りたくなれば、ここに来るタイミングで戻す約束もする。経験がない作業で苦労はしたが、計画よりやや短い日数で想定した定員数を超えた。


(大所帯になってしまったが、連れて帰れるだけのものはもらっている。大丈夫だろう。)


 結局、孤児や片親の家族など、8歳~31歳の年齢、総勢26名が移住することになった。命の価値が低い土地では、将来に希望を持つことは難しい。受け入れる条件の1つとして、イーリス教のことも説明しながら勧誘したので、救いの手のように感じたのかもしれない。


 俺は、移住希望者とともに、村長に挨拶をしてから生まれ故郷を後にした。想定した定員を超えているため、帰りの食糧はどうしても少なくなる。あらためてリコルド様に言われた、計画の大事さを感じた。食料の面で帰路は難航すると想定していたが、皆、量に対する不満より、毎日食べられることの喜びが勝ったようで、大きな問題にならなかった。体力のない子供を時々荷台に乗せながら移動するなど、工夫は必要だったが、大過なく領地まで無事に新たな住民を連れて帰ることができた。


・・・ 


「リコルド様、故郷から26名連れてまいりました!」


 無事に目的を達成できた。やり遂げなければ、この中から少なくない人数が餓死しただろう。そう思うと、これまで感じたことのない達成感に包まれた。俺は、その勢いそのままに、領地の入り口で出迎えてくれたリコルド様にそう報告した。


「初めてとは思えない成果だ! よくやってくれた。今日から新たな村長に任命する。今後も期待しているぞ。安心しろ、支援はしっかりする。」


 リコルド様は、いつもより大きな声で確かにそうおっしゃった。それ以降のことはあまり記憶にない。後で分かったことだが、本格的な冬に入る前に、領地内にあらたな村が12も作られる方針になったそうだ。かなり不安だが、仲間が多いことに少し安心している。


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