第165話 貧困料理
「うーむ。そろそろ肉が食べたいな。」
領地での食糧事情は、安定して収穫できるようになったソルガムが基本となっている。食べ方を工夫して飽きないようにはしているが、もっとバリエーションが欲しい。
「お肉ですか? 美味しいですけれど、今は特に高いですから・・・」
エルバは屋台の売り子として市場で働くことも多く、市場の様子に詳しい。人当たりが良く人気があるようで、市場の人と仲良くなっただけでなく、屋台に出ると売り上げが1.3~4倍になっている。食料品の高騰は今も続いており、以前でも手が出しにくかった肉は、すっかり高級食材の1つになり、市民が口にすることはめったにないそうだ。小麦も同様で、比較的育てやすい大麦でさえ、確保が難しくなっている。
(そのお陰もあって、屋台が繁盛しているが。)
帝国との戦争で、収穫できる穀物の総量が減っている影響だろう。穀倉地帯の大部分を領地に持つ共和国ですら、一部を押さえられただけで影響が出ている。帝国については、ほとんど情報を持っていないが、共和国より苦しいはずだ。将来のことを考えると、帝国の情報には興味はあるが、今は食事のバリエーションについてだ。
「うーん。肉そのものでなくてもいいから、肉関係の料理を増やしたい。」
「そうですね。私はお肉を数えるほどしか食べたことがないので、そこまでではないですが、食べられるならやっぱり嬉しいです。けれど、市場の値段を見ているので・・・」
共和国に来てから、ほとんど肉を食べる機会がない。イーリスの里や村にいたころは、稀だが罠にかかった獲物の肉を食べる機会があったし、干し肉や肉片、骨を使った出汁のスープなどを含めれば、それなりの頻度で食べる機会があった。確かに肉が高級食材なのだとしても、諦めなければならないわけではない。仮にも領主、当然将来を見越して既に工夫を始めている。
(生き物も、木々のように2倍の速度で成長すれば良いのだが。待ち遠しいな。)
その1つが養鶏への取り組みだ。市場で入手した鶏卵は、苦労をしたがふ化に成功した。成功率は2~3割程度だが、ふ化したヒヨコは順調に育っている。本格的な産業化もねらい、拠点から少し離れた南側の場所に養鶏施設を作り、ヒヨコをまとめて育てるようにしている。
施設の壁は岩のブロックで作り、内装には試作した石こうボードを採用、密閉性と保温性を高めている。養鶏といってもブロイラーではないので、そこまで厳密に管理する必要はないのだが、一度病気が発生すれば致命的だ。入り口で消石灰による消毒、床材として収穫して乾かした農作物の葉などを使い、定期的に入れ替えて清潔な状態を保っている。
室温は最低でも20度以上を保つ必要があるので、オーブンを5つ設置し暖房として使っている。そのままではもったいないので、川の水を使った蒸留水を常に作り続けている。
「鶏肉が食べられるのは、当面先だしな。」
鶏は成鶏になるまで約5カ月、肉にするならそれより早く約3か月程度だが、当面は個体数を増やす。食肉用は、成鶏になった雄か、卵を産まなくなった雌が出てくるまで待つ必要がある。とてもじゃないが、明日、明後日に食べられるようにはならない。
「あの可愛いひよこも食用ですよね・・・」
「ああ・・・そうだな。」
エルバは複雑な顔をしているが、目的は卵と鶏肉。当然、食用だ。
「来年度は放牧にも力を入れるつもりだが、その肉はもっと先だろうし。」
今年はソルガムを中心に畑を広げたが、ソルガムの葉を緑肥としてすき込んだり、堆肥をまいたりした土は地質が改善され、自然と草が生い茂る程度には回復している。そういった土地を放牧場所に切り替えて、羊や牛、ヤギを育てていくつもりだ。それだけで、家畜たちのフンで、さらに土地が肥えていくはずだ。
「ということで、エルバの力を借りたい。」
俺の会話に相槌をうちながら、お茶の準備をしていたエルバは、いきなりの依頼に目が点になっている。何か頼まれるような話の流れではなかったので、当然かもしれない。
「・・・えっと?」
「エルバの力を借りたい。」
「・・・はい? それは聞いていましたけど。」
俺はすぐに食べられる肉類について、ひたすら考えていたのだが、数日前、エルバから聞いた市場の話を思い出していた。肉そのものを食べるのは当面先だが、上手くいけば肉関連の料理は増やせるはずだ。
「少し前に、市場にある肉屋の話をしてくれたよな。鶏肉を扱っていると言っていた店だ。」
「はい、しましたよ。貴族の料理人が、肉の仕入れに直接来ている話でしたよね。仲良くなった方の話で、色々教えてもらっていますよ。愚痴も多いですけれど。鶏に限らず、牛も扱っているお店です。」
「確か、肉は売れたら、肉の部分だけを渡すそうだな。店員は残った骨の部分から、自分で食べる肉片を取っていると。」
「そうですね。料理人に目を付けられないように、肉を残すコツを教えてくれました。使い道はなさそうですけど。あ、そういうことですか? でも結構な手間をかけて、肉片を集めるそうなので、なにも残ってないと思いますよ。」
「それでも捨てるものはあるだろう?」
「ええ。ですけど骨とか内臓だけですよ。ある程度まとめから、王都の外に捨てに行くそうです。夏場は臭いがキツイと嘆いていました。鶏だけじゃなく、牛も一緒だそうですよ。」
エルバは質問には素直に答えてくれているが、意図がつかめず不思議そうな顔をしている。
「それだ。その捨てる部分を、うちで毎日持ち帰ると提案してきて欲しい。」
「え? えぇぇぇー 本当に食べるところは無いと思いますよ。あれ? もしかして兄さんの仕事と、同じようなことを考えていますか? 多分捨てる作業をしても、お金はいただけないと思います。」
「いや、お金をもらう気はない。無料で回収するつもりだ。その代わり、腹の内臓は別にまとめてもらう。それでも店員は楽になるから、喜んでもらえると思うが。」
「そうですね。捨てるのはかなり手間だそうですから。でも、持ち帰ってどうするつもりですか?」
「それはお楽しみだな。」
里にいた時は罠にかかった獲物を、骨や内臓、血液も余すところなく使っていたのだが、共和国ではゴミ扱いのようだ。確かに前世でも、そういった部位は捨てられることが大部分だ。かなりの貧困を経験した国にしか使う文化はない。あっても、豊かになると廃れていった。そうであれば、上手く行けば、無料で入手できるかもしれない。
・・・
「リコルド、約束通りもらってきましたよ!」
数日後、エルバは鶏の骨と牛の内臓などを、屋台の台車に乗せて持って帰ってきてくれた。当日分ということと、冬ということもあり、思ったより臭いはない。
「おう。ありがとう。」
「いえいえ。店の人もゴミが減ると喜んでくれましたよ。」
状況によっては買い取りも考えていたのだが、2つ返事で譲ってもらえることになった。ただ、牛の内臓のうち、タンや肝臓などの癖がない赤物は、店でも食べるそうだった。もらえたのは胃や腸などの白物と呼ばれる部分が中心だ。ひとまず成功なのだが、回収の仕方はもう少し考えた方が良いのかもしれない。台車に乗った骨と内臓は、見た目がよろしくない。
(よしよし、これなら充分だな。)
持ち込んだ骨と内臓を確認したが、状態は思った以上に良い。早速処理することにする。今後定期的に処理することになるので、領民に手伝ってもらうため、人を呼んだ。目の前にある骨と内臓を見た人は、エルバを除いて一様に驚いているが、そのまま説明を始める。
「急に集まってもらったのは、ここにある骨や内臓を使って、スープと料理を作って見せるので、そのやり方を覚えて欲しい。今後定期的にやることになるので、手伝ってもらいたい。」
やはりこういった料理は知られていないようで、エルバも含めて困惑している様子だ。
「聞いたことは無いかもしれないが、俺の故郷ではこういったものも食材として使っていた。」
俺はそう言いながら、処理をしていく。
「まずは、内臓の処理からだが、俺の故郷ではモツと呼んでいる。」
モツは茹でた後に、臭みを取るための下処理をする。塩と水でもみ洗いをし、本来は牛乳に漬け込むが、無いので割愛。最後に粉をもみ込む。ここも本来は小麦粉なのだが、ソルガム粉で代用する。これだけで、かなり臭いが軽減される。今は冬場で気温が低いので、下処理を終えたモツを涼しい場所に置いておく。暖かくなったら、すぐに調理できるように工夫が必要だろう。
「これで下処理は終わりだ。明日になったら食べ方を説明する。」
下処理をしたモツだけでなく、他の材料も必要なので、食べるのは明日とする。
「次に骨の処理だ。こっちは単純な作業だが、非常に時間がかかる。養鶏施設にあるオーブンの燃料を追加するときに、作業をお願いすることになる。」
養鶏施設には、室温を保つために導入した小型オーブンがあり、冬場はほぼ1日中石炭を燃やしている。蒸留水の生産に利用していたが、この作業も加えることにする。
「この鶏の骨で、スープを作っていく。」
今から作るのは、いわゆる鶏ガラスープだ。鶏の骨、いわゆる鳥ガラを一度煮て、血合いなどの臭みを抜く。全体が白くなったくらいで取り出し、水洗いしながら黒くなっている部分や、内臓のあたりを良く洗う。洗い終えたらぶつ切りにする。
今日のために突貫で作った寸胴に、処理が終わった鶏ガラ、水、生臭さを消すために、ニンジンなどの野菜を入れる。後は、アクを取りながら数時間煮込んだら完成だ。圧力釜でもあれば、時間を短縮できるが、ここでは手間と時間をかけるしかない。オーブンの燃料を追加するついでに、アクを取ってもらうことにした。
(これで料理のバリエーションとレベルが、段違いになる。楽しみだ。)
鶏ガラスープは、もつ鍋の材料にもなるし、更に野菜を足して煮込めば、コンソメスープもできる。料理に幅が出せるようになるだろう。実演しながら作業の説明を続けているが、領民からは不審な目で見られている。
(そんな目で見ていられるのは、今の内だけだ。)
鶏ガラスープやコンソメを使った料理を、一度味わってみれば、もう戻れない。不審の目が真逆の表情になるのは間違いない。




