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第164話 きっかけ

「言いたいことは遠慮なく言って欲しい。」


 暫く待ってから俺がそう言うと、悩む素振りを見せていたリーダの1人がようやく話始めた。


「今やりたいこと・・・。別のことでは駄目ですか?」


「別というと、今説明したこと以外ということか。もちろん駄目ということはないが、まずは話して見てくれ。」


 俺は進めている事業や関連する仕事などを、選択肢として説明した。しかし、それらは優先順位が高いだけで強制ではないし、希望を出しやすくする意味もあった。

 

 その男は頷くと話を続けた。


「やりたいことの前に、少し故郷の話をさせてください。ここからかなり距離はありますが、私の故郷は西にあります。そこから出て王都で暮らしていました。というのも・・・」


 男は自分が故郷から出なければならなかった理由を、故郷の様子を交えて話した。俺にとっても身近な話。要するに、俺が産まれた村と同じような領地が、他にもあると言うことなのだろう。


 痩せた土地しかなく、作物が安定して育たない、これと言った特産もない。皆が貧乏で、栄養が不足しており病気にもなりやすい。医療が発達していないので、病気になってしまえば回復しないことも多い。そして病気で親をなくせば、その親の子供は生きるすべがない。


 仕事が限られており、単なる労働力は飽和していて価値がない。そんな状況では、肉親以外子供を育てる理由が乏しくなる。当然、孤児院のような、身寄りのない子供を引き取る施設は、存続どころか存在すらしようがない。前世でも、そのような施設が出来たのは近世以降、労働力が不足してからだ。稀に見た目が良く、引き取り先があればまだ良い方だが、それでもその行先は碌な場所ではない。


「・・・ああ。そうだな。そういうことはあるだろう。俺の生まれ故郷も、似たようなものだった。」


 共和国で暫く暮らして見れば、容易に想像がつく話だ。王都の側にスラムがある。その人達はどこから来たのか、仕事を求めて村から出てきた人も少なくないはずだ。そして、王都に入れなかった、またはいられなくなった人が行きつく場所になっている。


「・・・そうですか。そうですよね。大して珍しくない。ここに居る皆の故郷も、似たようなものでしょう。考えないようにしているだけだ。」


 俺は頷いて先を促す。


「やりたいことと言われた時に、久しぶりに故郷を思い出しました。いや、ようやく思い出せることができた。」


「そうか・・・それで?」


 言いたいことは見えてきたが、あえて最後まで言わせるべきだろう。


「今年は豊作でしたが、来年はどうかわかりません。ただ、教えてもらったやり方であれば、来年も十分な収穫が期待できる。そう思っています。」


「ああ、そうだな。そうなって欲しいと思っている。」


「そうなれば、食糧に十分な余裕が出てきます。もし、食糧に余裕ができるなら、故郷で見捨てられた人を救いたい。私は恵まれて王都に入れましたが、故郷では、今もこの冬を乗り越えられない人が必ずいるはず。数年で変わるわけがない。もし許していただけるのなら、私の故郷から人を連れてきてはいけないでしょうか!」


 男は真剣な表情で訴えかけてきた。


(考えなかったわけではないが・・・)


 男の言う通り、今年は豊作だったこともあり、食糧に余裕がある。貯蓄量は今いる領民だけであれば、十分に余裕があるのだが、受け入れる人数によっては、食糧不足に陥るリスクはある。しかし、これはチャンスなのだろう。リーダたちの考えるきっかけになるし、その内容も最良に近いと思える。それに、やはり救えるものは救いたい。


「簡単ではないだろうが、良い考えだ。本当に救えるのであれば、遣り甲斐もあるしワクワクする話だな。ここに来て1年で、救う側なろうという気概も気に入った。できる限りの支援を約束しよう。」


「ありがとうございます! じゃあ、早速、出発の準備をしてきます。」


 男はすぐにでも出ていきかねない勢いだ。そのまま任せて見るというのも手なのだが、これを失敗に終わらせるわけにはいかない。

 

「まあ、待て。そのまま行って、上手く行くほど簡単な話でもないだろう。まずは故郷に行く前に、具体的にどうするつもりか聞かせて欲しい。どの程度の支援が必要か知りたいし、人を受け入れるのなら、その後も考える必要もあるだろう。」


(目標は問題ない。後は動く前に計画を考えてもらうことにしよう。)


「そ、そうですよね。でも、どうしたら・・・」


「・・・そうだな、まずは俺も含めて、皆と相談して見るべきだな。」


 他のリーダもいるので、できる限り巻き込み、考える機会にしてもらう。実際のところ、今後のことも考えると、中々に難しい話だ。元王都住民には、各自が自主的に考え、目標を持って自律して動く人材になることを期待している。ただ、現実的には、完全に自由な目標を持ってもらうわけにはいかない。


 領主の目標と方向を合わせなければ、必ず破綻する。当然、領主と領民とで、やりたいことの目標が最初からぴったり一致することはまずない。一致しなくても、同じ方向に向かう必要があり、そのためには、お互いの目標を合わせる技術や仕組みが必要になる。


 企業や組織などでは、経営層が達成目標を示し、それを実現する行動計画をつくる過程で、お互いの意思疎通を図ることが一般的だ。だが、そうした場合、大抵上手くいかない。例えば領主である俺が、達成したい目標を示すと、領民は忖度し、示された目標を達成する行動計画を作ることになる。


 当たり前のようだが、その行動計画には領民が各自でやりたいことや、自主的に考えた目標が含まれることはほとんどなく、やらされ感満載の行動計画が出来上がってしまう。これは一般的な流れだが、元気のない企業や組織で良くある形でもある。


(まずは、考えを引き出して見るか。)


 そうしないために、OKRの概念を利用しながら、男の考えを引き出していくことにする。OKR(Objectives and Key Results)は目標管理手法の1つで、男の本当にやりたい目標(Objectives)と、その目標はどんな結果(Key Results)が得られたら達成に近づくかを考えてもらう。その一方で領主側も同じことをしておく。


 例えば俺の達成したい目標が緑化規模の拡大で、その目標の達成状況を評価する主要な結果が、緑化要員を50名確保し1年間緑化に取り組むこととする。これから聞く男の目標が、俺の主要な結果につながるものであれば、目標の規模感は違うが、同じ方向を目指して行動することができる。


 男の目標を聞きながら、自然に領主の主要な結果の1つに近づけることができれば、理屈では各自が自分でやりたい目標の達成を目指すだけ、領主も目標の達成に近づけるという好循環が生まれることになる。GAFAなどが上手く運用している手法だ。


「そうだな。まず目標だが、故郷で見捨てられた人を救うで良かったか?」


 領民が増えなければ、緑化要員を増やすことは当然できないので、俺の主要な結果にも近づく、良い目標だろう。


「はい。そうです。」


「わかった。具体的にどうやって救うつもりだ?」


「私と同じように、領地で受け入れていただきたい。」


「それはもちろん約束しよう。ただし、無条件というわけにはいかない・・・そうだな。来年春から働ける見込みのある人であれば良い。」


「それは、そのつもりでしたが・・・。」


 少し想像してみればわかる話で、領地で見捨てられた人が健康であるかと言われれば、そうでないケースも多いだろう。それだけで救える人は限られてしまう。しかし、残念ながら制限なしの受け入れは、まだ許容できない。


「気持ちはわかるつもりだ。ただ、今回は成功させたいし、成功すれば次もある。そうだな、感覚で構わないが、何人なら救えると思う?」


「えぇっと。そうですね・・・」


 経験がない作業の見込みを聞かれても、中々答えを出せる人は少ないだろう。必死に考えているようだが、少し待っても返事はない。慣れてくれば、簡単な計画はすぐできるようになるが、まだ難しいようだ。周りのリーダも考えてくれているようだが、発言できるものはいない。


「少し質問を変えるが、故郷までの移動はどう考えている?」


「そうですね。私が王都に来た時と同じようにと考えていました。今の時期であれば、納税を終えた荷馬車が、王都から西に出ている道で村に帰るので、それに乗せてもらいます。確か8日程進み、そこから南に進めば故郷に着くはずです。」


「その道は安全なのか?」


「はい。王都から西に向かう道は大丈夫です。納税で使われる道なので、兵士が頻繁に巡回しています。あっ、通行料がいるはずですね。」


 数年前の情報では、不安が残るところだが、そのまま頷く。


「移動にかかる費用や食糧などは、すべて支援する。後はそうだな。人を連れ出すために、お金などが必要であればそれも支援しよう。それであれば、例えば1人なら連れて帰れそうか?」


「はい。1人なら、問題ありません。」


「それじゃあ、2人、3人と増やして考えて、何人までなら問題なく連れて帰れるか考えて見てくれ。」


「・・・そうですね・・・・10人なら。」


 その後も、いくつか質問をしながら、条件や具体的な内容を詰めていった。


 故郷で見捨てられた人を救う、目標は10名を2カ月以内に、脱落者を出さずに帰ってくることとして、男は故郷への向かうことになった。体制は男に随伴を2名つけ、それとは別に冒険者ギルドから雇った護衛2名、荷馬車1台とし、それらに必要な費用と食糧の支援を約束し、1週間後に出発することとした。


 その話がまとまると、1人、また1人と同様の懇願があり、結局リーダ全員がこの冬の間に故郷に戻ることとなった。俺は懇願する人増える度に、表情を保つために努力が必要だった。


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