第163話 元王都住民への期待
「いってらっしゃい」
領内の現状について整理した後、俺はエルバに見送られながら拠点を出た。今から向かう元王都住民の集落は、ここから南東方向に進んだ領地の東端にある。領地がある王都の南側は、見渡す限り不毛な土地が広がっており、開発が一向に進んでいない。近くに他の領主がおらず、明確な境界線を引けていない状態だ。俺の領地以外は一応国有地なのだが、無価値な土地なので領地を広げることに制限はされていない。なので、東端と言っても今時点の話だ。
集落までの距離は1km弱あるので、領地の様子が見渡しながら、気長にゆっくりと歩いて移動している。南側に整理された農地、さらにその奥には枯れたソルガムが見える。実だけ収穫して葉はそのまま放置しているようだ。背丈が低い植物も見える。そちらは恐らく麻の種を撒いてくれていたのだろう。麻は水分さえある程度確保できれば、勝手に育つ強靭な植物で、植えるだけで土の改良に一定の効果がある。結構な面積の畑を用意したのだが、緑化にも力を入れてくれたことが良く分かる。あの辺りは春になったら放牧に使っても良さそうだ。
・・・
領地の様子を眺めてながら歩いていると、目的の集落が近づいてきた。この集落には元王都住民50名弱が、5~6名のグループに分かれて生活している。受け入れた時には部屋が足りず、同じ部屋で共同生活してもらったことがあり、その縁で自然とグループにまとまったそうだ。
元スラム住人も受け入れているが、別れて暮らしてもらっている。これまでの生い立ちが違い過ぎて、一緒には暮らすのは無理だと考えている。元スラム住人には北端に別の集落を設けている。
ほどなく集落に到着したところで、領民の1人に声をかけ、グループのリーダに集まってもらうようにお願いをした。農閑期に入っていたこともあり、皆近くにいたようであまり待つことは無かった。
「領主様、皆揃いました。」
集落の前にある集会場で待っていると、代表格の1人がそう報告してきた。
「ああ、ありがとう。」
集まったリーダは貫禄があり、他の人から頼られるだけのことはありそうだ。年も相応だろう。一番若いリーダでも25歳は越えていそうだ。俺の見た目年齢は16歳程度、こちらでは成人したばかりの年頃だ。若い領主に反感を持つリーダが1人くらいはいそうなものだが、今ところそういった様子はない。行く先が無い人を受け入れたことが良かったのか、セルカのフォローが適切なのか、こちらの指示に素直に従ってくれている。楽ではあるのだが、今後の領地を担う人材と考えると、少し物足りないとも思う。
皆を見渡し、視線が集まったのを確かめてから話し始める。
「まずは皆に礼が言いたい。今年は皆の努力のお陰で豊作だった。食糧は十分余裕があり、用意しておいた倉庫が足りず、急いで増やす必要があるほどだ。お陰で心配することなく、新しい事業を広げることができた。改めて感謝したい。ありがとう。」
領地の土地はやせ細っており、これまで農業に成功した事例はなかった。そのため、皆、最初は半信半疑だったようだが、収穫を繰り返すことで自信を持つようになっていった。収穫に手ごたえがあったのだろう。嬉しそうな表情をしている。
イーリスの里や村だけでなく、こちらの領地でも安定した収穫が得られたのは大きい。水を確保し、作物を選べば、どこでもやっていける自信が持てた。安定して収穫できる作物は、まだソルガムや麻が中心だが、このまま緑肥や堆肥を使って土を改良していけば、小麦なども安定して収穫できるようになるはずだ。畜産も始めれば、肥料の種類も増え、さらに土地を肥やすこともできるだろう。
「今日集まってもらったのは、皆に、グループの各々が来年度にやりたいことを集めてもらうためだ。まだまだ人手が足りていないので、こちらから指示する仕事も多いが、基本的には各自がやりたいと思える仕事をしてもらえるように努力していく。」
あらためて宣言して見たのだが、反応は鈍い。既に一部の人には、王都の屋台を手伝うよう指示を出しているが、できる限り希望を聞き、職業や作業を各自で選択してもらえるようにしていくつもりでいる。
「今から、来年度人手を増やそうと考えている作業や事業について、簡単に説明する。1か月後を目途に各グループの人から希望を聞き、集めてきて欲しい。ここまで何か聞きたいことあるか?」
そう聞くと、一様に戸惑いの表情を浮かべ始めた。それぞれが顔を見合わせたり、ひそひそと話していたりする時間が暫く続いた。我慢して待っていると、リーダの1人が質問してきた。
「領主様。我々は皆、王都で見捨てられました。あのままであれば、ここにいる何人かは生きていなかったはずです。その御恩を返すためにも、どうか命令してください。ご指示には従うつもりでいますが、希望を集めろと言われましても、皆困ると思います。」
その発言に、周りのリーダも頷いている。元々所属していた組織の影響もあるのだろうか、指示されることに慣れきっているようにも見える。もしかしたら、時代的に必然な状況なのかもしれない。
この世界は、支配体制や技術レベルなどが、前世の中世ヨーロッパに似通っている。産業があまりなく農業や漁業が主体で、技術や知識が必要な職種はギルドが独占している。そのギルドの仕事でさえ、一度やり方を覚えれば、同じ作業の繰り返しが基本となるものが多い。
そういった主な作業がルーチンワークであれば、随所に工夫は必要でも、あまり本質を考える必要もない。それどころか、考える人が多いと混乱を助長することさえある。であれば、言われたまま従う人間を多く抱える方が、短期的な成果は上がる。領地によっては、支配者と奴隷という関係性になっていることも多いだろう。
(やはり時間がかかりそうだな。)
人は学習能力が高い。その学習能力により、奴隷に近い人になってしまう面もある。例えば、言われたまま従う人にしたければ、小さいころから命令だけに従わせ、意見や反論をしたときには厳しいしつけを繰り返せば良い。そういった理不尽な扱いも人は学習してしまう。
学習した結果、何を言っても無駄という学習性無力感がその人に浸透し、やがて反論しない指示待ちの人間が出来上がっていく。その方法で奴隷と変わらない労働者を作り、ひたすら作業をさせることで、農業などを安定させることもできる。ある意味その方が正解という領主は多いのかもしれない。
(将来を考えれば、努力するしかないな。)
ここにいる領民は、元々他の宗教組織で働いており、文字の読み書きやある程度の知識を持っている人が多い。領地の将来を考えれば、ここの人々の半数以上は、自分で考え、判断ができる経営層の人材となって欲しい。
考えることのできる人材を育てるのは、かなりの根気が必要になる。こういった人を育てるには、仕事の実行計画から、その実行、実行の成果を得るまでの一連の流れを体験させて、それを良い経験として積み重ねるしかない。前世で有能だった人材は、そのほとんどが幼少期に遊びなどでそういった経験を自然と積み重ねていたケースが多かった。そうであれば勝手に育っていくが、そうでない人材を育てるには、失敗を許容し、良い経験と感じられるように支えていく必要がある。
元王都住民には期待していたが、今の反応を見る限り、既に考えない人材となってしまっているようにも見える。今後努力したところで、結局、シモンやエルバのような若い人材を育成して、能力を引き出した方が早かったということも十分ありそうだ。しかし、この中にも考える側の即戦力として期待できる人はいると信じたい。
「今後、安易な人生を送りたいなら、それも良い。素直に指示に従ってくれるのは、ありがたいとは思う。だが、ここに居る皆は、王都でそうやってきて結局捨てられた。そのことを少し考えて欲しい。皆には自分で考えて、行動できる人になってもらいたい。」
何においても、自分で考えたうえで選択したことはプラスに働くことが多い。選択したから成功するという因果関係はないが、例え失敗しても前向きに捉えられることもある。まずは自分で考え、希望を出す。そこから始めてもらうことにする。
改めて領地で進めている作業や事業の概要、王都での商売などについて説明し、皆に考えてもらうことにした。グループの人に希望を聞いてもらうために、事業概要などをメモした紙も渡す。
「俺から話したかったことと、皆へのお願いは以上だ。何か言いたいことがある人はいるか?」
俺はそう言って見回す。ほとんどのリーダは悩みながらも頷き、質問の意思がないことを示した。ただ、何か言いたそうな雰囲気があるリーダもいるようだ。また暫く待ってみることにした。




