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第162話 領地経営

 すっかり日が短くなり本格的な冬が到来した。北の山脈から吹き降ろす風は冷たく、北に見える山々は雪化粧を始めている。幸いこの辺りでは雪が降っておらず、水が氷ることも稀なようだ。それでも気温は低く農閑期に入った。


「将来を考えたら、冬の仕事はもう少し増やすべきだな。」


 領内での作業の中心は農業で、冬野菜などは入手できておらず、農閑期に入るとできる仕事は少なくなる。この時期にすぐにできるようになる作業は、ため込んだ麻などを材料にした紙作りや紡績くらいになる。領地を得てから1年経過したが、まだまだ足りないものが多い。今は領内が安定していないので、雑用などの細かい仕事があるが、落ち着いてくれば冬は暇を持て余すかもしれない。


「統治については問題ないか。」


 俺の領地では統治のために、生まれた村とイーリス里と同じく、女神イーリスを崇めるイーリス教に従うことを基本としている。この宗教は「緑化による救済」を目的にしており、経典や指示系統は某有名企業の経営方針や組織をもとにしている。そのため宗教とは言っても、目的への共感と前世では当たり前の行動を推奨する仕組みがあるだけで、縛りのようなものはほとんど感じないはずだ。


 これまで領民を領内への受け入れる際には、皆に改宗までは求めないが、統治には従うことを約束させている。即答でないことも多いが、ほとんど抵抗はない。受け入れの際には、セルカに各自の頭に直接話をしてもらい、女神の存在を感じさせる不思議な体験を経ていることも、抵抗がない一因かもしれない。若干洗脳のような感じもするが、騙しているわけではなく、安定的な統治のためには許容されると信じている。


「この冬は、教育の遅れを取り戻してもらうかな。」


 領民への教育は、こちらも村や里と同じく、日本の学校制度を参考に長期的に実施していく方針だ。子供のときに、生活していくための知識と、集団行動を身に着けてもらう。その中で衛生面など、前世に近い生活習慣に変えるようにしている。それが終われば、より専門性の高い教育に移ってもらう流れだ。だが、これまで忙しく、教育の時間があまりとれなかったし、大人でも教育が十分でないものも多い。今年度の冬は、手仕事を少しやってもらいつつ、勉強を主体に過ごしてもらうべきだろう。


 生活習慣については、特に厳しくしても身に着けてもらう。この世界の医療は全く発達しておらず、病気になれば自己免疫に頼るしかない。虫歯であれば対処方法は、抜く以外ない状況だ。前世でも今のような時期はあり、例えば病気なった場合、原因が体に流れる悪い血であると診断され、治療は血を抜くことが一般的だった時代もある。合理的な医療とはかけ離れ、治療に再現性がなく、むしろ逆効果だった面も否定できない。高い治療費を払って医者に診てもらえた貴族の方が、実は粗食で医者に診てもらえなかった農民より短命だったという研究もあるくらいだ。今の医療は、呪いや人体実験レベルでしかないため、衛生面に配慮した生活習慣を徹底してもらい病気を予防しつつ、薬効のある植物を集めていくしかないだろう。


「来年度はどうすべきかな。ここまで正直勢いだけで来てしまったしな。」


 共和国に来てからも、必死に優先度が高いと思ったことに取り組んで来た。そのことについて反省するつもりはないのだが、領地を得てから1年が経過した。いつまでも短期的な視点だけで動くわけにもいかないだろう。企業経営の観点から考えれば、この時期は来年度の事業方針を整理していく大事な時期になる。人、物、金などのリソースを整理して、事業などの状況を把握、来年度、何をどれだけやるか、リソースをどの事業にどれくらい割くかの事業方針を決める。そろそろうちの領地経営についても中長期的な視点での方針を決めるべきなのだろう。


「まあ、でも今は零細企業レベルだからな。」


 領民はまだ100人にも満たない。王都での宗教がらみで行く場を失った人々50名弱。シモンとエルバ、それとシモンの判断で受け入れたスラムからの人々12名。村からスカウトしてきた、アシーナとフレッド。人的リソースはこの程度だ。

 

 ちなみにスラムからの住人の受け入れは、かなり神経を使っている。幼少期の経験は少なからず人格に影響する。スラムでの経験が人格に良い影響を与える可能性は低く、問題がある人を簡単に受け入れては将来に禍根を残すことになる。これからも受け入れは続けるが、スラムの住人の人選は特に慎重にし、急激な増加は避ける。


 領内事業は、農業、小規模ながら紡績と製紙、養鶏、王都内での事業は、排泄物の回収、共同トイレ設置・運営、屋台による商売、始めたばかりのオーブン販売とメンテナンスだ。それ以外に俺だけがやっている事業として、エルフ族に許された木材を売る林業、製鉄、オーブン製造、石こうボード製造もある。領地を得て1年にしては手広くやっている。


「なんにしても、人材が足りていないな。」


 事業は手広く始めているが、これでも最低限の生活と将来への取り組みの観点で、優先度の高いものを進めただけだ。しかも、どれも極端に小規模で事業と言うにはおこがましい。領民は食べられるだけでも満足しているようだが、前世の生活水準を知っている身では、まだまだ広げたいものは多い。多いのだが、人材が全く足りていない。まずは、これ以上事業を広げる前に、俺がいなくても事業を続けられる状況を作っていく必要がある。冬の内に手を打っておかないと、春から破綻する事業が出て来るのは間違いない。


「生活と経済面は目途が立ちそうだが・・・」


 これまでに広げた事業に、冬の間に人を割り振り、必要な教育を進めて行けば、領民に十分な食糧を確保したうえで、税金を納める目途は立つ。食糧はソルガム中心になるが、料理の種類を増やしたので十分領民は満足している。税金はシモンとエルバの活躍もあり、まず心配ない。多少事業拡大が遅れたり、上手く行かなくなったりしても、木材の販売収入で補填は可能だ。


 それよりも、経済に全力で投資しているため、どうしても領民の安全への配慮が不足している。ここは共和国の正式な領地で、王都から2km弱しか離れていないので、いざとなれば庇護を受けられるはずだし、それに期待している。だが、帝国との戦時下にあるため、どこまでの庇護を受けられるかは不透明だし、小競り合い程度では庇護が受けられないことも想定される。


 領内の治安は今のところ全く問題ないのだが、スラムの住民を少ないながら受け入れ始めたこともあり、懸念が出てきている。王都やスラムと領地の間には不毛な土地しかなく、目ぼしいものはなにもないのだが、スラムの住人が領内近郊に来ることが増えてきている。増えたと言っても今のところは数も少なく、監視網がしっかりあるため領民だけで追い返すことはできているが、それもいつまで続くか分からない。商売の金のやり取りなどは王都内だけで行っており、直接スラムの住民に見られることはないと思うが、安心できるような話ではない。


「まあ、まずは人の割り振り。とりあえず宣言したことを、まずやるべきだな。」


 スラムから受け入れた領民は、ほとんどシモンの仕事を手伝ってもらっている。個別に能力や知識欲などの特性を見て、見込みのあるものは別の仕事に割り振ることも考えるが、シモンの仕事は今後も拡大路線なので、基本は現在の流れを継続する。


 王都から受け入れた領民には、今年度は優先的に農業、余裕があれば緑化に取り組む指示をした。その際、冬になったら来年度にやりたい作業の希望を聞き、担当作業を決めていくと宣言している。共和国では、領民に希望を聞くようなことは前例がない話らしく、領民たちは現時点でも半信半疑のようだが、冗談で言った訳ではない。こちらの常識外だったとしても、将来のことを考えれば今からやる必要がある。


「とりあえずは、こんなところか。」


 考えがまとまったことを察したのか、しばらくするとエルバがお茶を出してくれた。最近は、俺がぶつぶつと独り言を言うのにもすっかり慣れたらしい。俺の邪魔をすることはほとんどなく、いつもタイミング良くお茶を出してくれる。シモンだけでなく、エルバも相当に優秀で、スラム出身とは到底思えない。2人の両親は亡くなったと聞いているが、生前に会ってみたかったものだ。


 俺はエルバにお礼を言い、お茶を飲んだ後、拠点を出た。


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