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第160話 オーブンの販売

「オーブンだっけ。薪を使っていた時と同じ料理が作れるかもしれない。本当に魅力的だわ。リコルドは意見が欲しいと言っていたけれど、私はもっと使ってみたいわね。できれば買いたいとも思うけど、お高いんでしょう?」


 女将はたっぷりと質問や要望をぶつけてきた後、費用を確認してきた。オーブンの良さは十分伝わったのだろう。正直、無料モニターになってもらうだけでも価値があるが、費用にも納得感がなければ、普及させることは難しい。費用を説明して、購入すると言ってもらうまでが勝負だ。


「そうだな。安くする工夫はしているが鉄製の商品だし、工事も必要だからそれなりにな。ただ、このオーブンは、女将のように料理を出す宿屋や店に、数多く入れてもらいたい。だから、なるべく期待に沿える費用にしたくてな。宿屋の主人として、いくらであれば入れても良いか、率直な意見をくれないか?」


 商品の説明は、当初想定していた以上に効果があったし、良い反応を引き出せた。ターゲットを貴族から変更したのは正解のように思える。この状態で、費用や使うまでの期間などの、いわゆる乗り換えコストを支払うほどの魅力になっているかがカギになる。そのコストを感じさせないような仕組みを用意してきているが、まずは単体で購入するときの価格について、女将の意見を聞いておきたい。


「そうね。それじゃあ遠慮なく言わせてもらうわね。料理を食べる前であれば、多分値段も聞かずにいらないと言ったと思うわ。オーブンが鉄製なのは見ればわかるから、それだけで普通に金貨1枚(100万円)以上になるはずよ。」


「確かに鉄製のものは、今どれも高いからな。」


「そうよね。ただ、オーブンは魅力的よ。長く使い続けられるものだし、前向きに検討したいと思っているの。けれど・・・金貨1枚以上だったら、悩むけれどもやっぱり無理ね。うちの経営状態でも買えないことはないのよ。それでもすぐに決断はできないわね。うちでなければ、金貨2枚までなら買う人は十分いると思うわ。」


「なるほどな。金貨1枚でも即決できる金額ではないか。ちなみに、いくらなら即決してもらえる?」


「うーん。そうね。工事費もあると思うから、私ならオーブンだけで銀貨30枚なら買うわね。小さい鉄製品でもそれくらいはするしね。」


「そうか・・・、銀貨30枚か。」


 女将はそう言い切った後、少し気まずそうにしている。正直に安すぎる金額を言い過ぎたと思っているのかもしれない。


「ああ、気にしないでくれ。貴重な意見だ。ありがたい。元々売りにくい商品だと思っている。」


「あら、そうなのね。じゃあ、なんでわざわざそんな商品を売ろうとしているのよ。」


「あー。うん。そうだな。色々理由はある・・・」


 俺は少し言い淀んだ後、正直に話すことにした。


「まず、俺自身が、料理に石炭の臭いが付くのが耐えられない。しかも、臭いだけでなく、毒になるものが料理に溶け込むから、健康にも良くない。それほど強い毒じゃないけどな。それに燃やしたときの黒煙を吸い過ぎると、肺を悪くする可能性が高くなる。これは信じてもらえるか分からないが、このまま黒煙を外に撒き散らし続けると、国中に被害が出るはずだ。それだけでなく、いずれ木が枯れるようになる。それらを防ぎたいと言うのがオーブンを売りたい理由だ。」


 女将は顔を歪めながら頷く。


「・・・そうなのね。夫の病気の原因は、黒煙じゃないかと思っていたから、あなたの言うことは分かる気がするわ。誰も口に出さないけれど、皆も薄々そう感じていると思うわ。ここ10年で肺を患ったという話をよく聞くようになったもの。人だけじゃないわ。洗濯物も黒ずむしね。このままで良いと思う人はいないのじゃないかしら。木が枯れるというのは、ちょっと信じられないけれど。」


「そうか、もうそこまで影響が出ているのか。このままの状態が続けば、壁で囲まれている王都は、更に被害が大きくなっていく。そうであれば尚更このオーブンを広げて行きたい。」


「うん。分かる話ね。そう言うことであれば、是非協力したいのだけれどね。」


「まあ、価格次第だよな。」


「そうなのよ。」


「ちょっと話は変わるが、店で一か月あたり石炭代は、どのくらいかかっている?」


「急に何? まあ良いけれど。そうね、最近は石炭の値段が少し上がっているから、正確には言えないけれどね。・・・大体銀貨1枚(1万円)ちょいくらいね。お客が多いと銀貨2枚くらいかしら、3枚にはならないわ。」


「なるほど、わかったありがとう。」


 宿屋の主な燃料費が銀貨1枚というのは安いように感じるが、炭鉱夫の月給が銀貨10枚だったことを思えば、それなりの金額なのだろう。オーブンの本体は、即決価格で銀貨30枚、出す人なら金貨2枚でもか。上々な予算感だ。聞きたいことは女将から引き出せたので、そろそろ覚悟を決めて俺は価格を提示する。


「それじゃ、費用について説明させてくれ。」


「そうね。そろそろ聞きたいわ。」


「オーブンの価格は金貨1枚で、別途工事費で銀貨1枚だな。」


「やっぱりそうでしょう。妥当な価格だし、安いくらいだとは思うわ。」


 女将は意外でもなさそうな顔で頷く。


「だが、さっきも言った通りオーブンを広めたい。だから新しい売り方を考えてきた。一気にお金を払ってもらうのではなく、一定期間に毎月固定の金額をもらう売り方だ。」


「へぇ。聞いたことがない売り方ね。確かにそうしてもらえると、毎月の店の売り上げから出せるから、買いやすくはなるわね。毎月銀貨10枚くらいの金額を払う感じなのね。」


 俺は頷きながら話を続ける。


「まあ、そんな感じだ。しかも女将に買ってもらいやすいように、特別価格を用意してきている。」


「ふふっ。それは楽しみね。」


 俺は少し間をおいてから価格を告げる。


「2年間契約になるが、女将なら毎月銀貨1枚だ。」


「え? 2年払ったって銀貨24枚じゃない。冗談でしょう?」


 俺は真顔で続ける。


「いや、冗談じゃない。しかも今日契約してくれれば、その2年間は使う分だけの石炭を付ける。ただし、この店に取りに来てもらう必要があるが。」


「ええぇ? ちょっと何言っているか分からないわ。それじゃあ、オーブンは無料みたいなものじゃない。」


「その上、定期的に煙突の掃除もつけよう。どうだ!」


「ちょ、ちょっと待って頂戴。」


 女将は眉をひそめ、けげんな表情を浮かべている。


「毎月銀貨1枚でオーブンが使えるということよね? 石炭代も不要? それも2年間ずっと? 正直騙されているとしか思えないのだけれど・・・あなたが騙して得があるとも思えないし。」


「ねえリコルド、工事費はさっき銀貨1枚といったわよね。」


「ああ、言ったな。」


「そうだわ。2年後はどうなるの?」


「希望してもらえれば、更に同じ条件で延長してもらえる。」


「・・・私が言うことじゃないけれど、それが本当で商売になるの?」


「ああ、商売としてやるつもりだな。まあ、今日中に購入を決めてもらうのが条件だがな。ちなみに工事期間は最長3日だ。」


「ちょっとだけ待って。安すぎて本当に意味が分からないのよ。石炭はこの店に取りにくるとしても、数か月分まとめてもらえるなら、ギルドに買いにいくのと変わらないから問題ないし、2年間も特に問題ないわね。銀貨24枚ならそのまま払っても良いくらいだし。工事も3日間であれば、なんとかなると思う。」


 女将がぶつぶつ言っているので、止めを刺しにいく。


「今すぐ決めるなら、このフライパンと鍋もつけようじゃないか!先着10名までだ。」


 言うまでもなく、どこかのTVショッピングの売り方を真似ている。


「わ、分かった。買います! 是非買わせて頂戴。」


 こうして無事に、戦略変更後の初顧客を獲得した。工事は宿屋の都合を加味した結果、数日後となった。小さな一歩だが、満足度の高い着実な一歩の予感がした。


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