第16話 川魚
村を出てから、そしてここに閉じ込められてから、3日目の朝になった。いつも通り、木箱に傷を1つ追加する。
閉じ込められた状態だが、毎日精一杯忙しく動いているせいか、今日もぐっすり眠れている。体も健康そのもので、変なストレスがないせいか、村に居た時よりも楽な面も多い。
抜け出せる見込みがない絶望的な状態なのだが、あまり焦りは感じていない。やれることを精一杯やっているということもある。ただ、どうしても油断すると襲い掛かってくる、寂しさと不安は抑えようがない。
今朝も囲い罠を確認するが、残念ながら魚が入っている様子はない。餌も減っていないので、そもそも魚が近づいていないのだろう。
(こちらは望み薄かな。)
今日は魚突きから始めてみる。突きの練習は、釣りを忘れるほどに熱中したので、マシになっている。どこを漁場とするかだが、できれば流れが少なく、突く距離が短くなるような浅瀬が望ましい。
木箱で流されてきた水路は、いずれも水量が十分流れがあり、魚は深い場所にいるため、適していないのだが、幸いなことに、崩落でできた池には、魚が集まっている。
なにか餌になるものが堰き止められて、溜まっているのかもしれない。この池が漁場としての条件が一番良い。
俺は、昨日準備して、突きの練習もした木製の短槍を構えて、静かに池に入っていく。魚はいったん離れるが、根気よく暫くじっとしていると、戻ってきて近くをうろうろしだす。
比較的大きな魚にねらいをつけ、深呼吸をしながら、会心の突きを思い出す。練習した会心の突きに近い、素早い突きを繰り出す。
「バシャ」
中々の突きが繰り出せたのだが、魚に刺さることはなかった。かなり速く突けているが、槍先が届く前に、魚はその先を行っている。
突き自体は及第点で、速度、狙いともいいところに行っている。だが、穂先が水に入るときに微妙にずれるし、そもそも魚の動きが速いので、成果は上がらない。
「かすりもしないな。」
それでもあきらめずに、集中して突きを続ける。一度突くと魚が逃げて、暫く戻ってこない。突いて、魚が戻るのを待って、また突くというルーチンをひたすら続けてみた。
体感で3時間程度、突きを繰り返し続けた。大分ねらったところを、安定して突けるようになっているし、水中の誤差や魚の動きも見えるようになってきている。
我ながら覚えが良く、上達がはやいように思う。調子にのって、二段突き、三段突きを繰り出してみるが二段目以降はぶれる。だんだん楽しくなってきたが、肝心の魚が警戒して近づかなくなってきた。
「ふー」
深く息を吐きながら、集中力を高め、最後の1突きを繰り出す。本日最高の突きを繰り出すことができたが、魚はあざ笑うように逃げて行った。
「まあ、そう簡単に獲れないか。」
一旦あきらめ、次は釣りにチャレンジする。昨日、保存食で作った餌に反応していたので、同じ餌を使う。今日はもう一工夫、木で作った浮きをつけてみる。
昨日は放置していたが、今日は竿を手にもって本気でねらっていく。閉じ込められている状況でなければ、やっていることは川遊びそのものだ。時々状況を忘れて、楽しくなってくる。
魚突きをした場所から、水深が深く、魚がたまっているところに場所を変える。魚に気が付かれないように注意しながら、岩陰からそっと釣り糸を垂らす。
するとすぐに小魚が餌をついばみ始め、それに釣られるように、大きめの魚も近寄ってきている。早朝という時間も良いのか、昨日より明らかに食いつきが良い。
何度も餌を崩されたり、取られたりするので、そのたびに餌をつけなおす。諦めずに釣りを続けているが、大分時間が経過してきた。小魚が餌を崩す速度が早く、中々釣り針ごとのみ込む形にならない。
「釣りも、難しいか・・・」
今日もダメかなと、あきらめて遠くを眺めていた時にその瞬間がきた。手に少し引っ張られる感じが伝わってきた。
視点を釣り針に戻すと、中型の魚があっさり針ごと餌を飲み込んだように見えた。咄嗟に釣り竿を魚の動きにやや逆らうように少し引くと、うまいこと針が口にはまったようだ。
(慎重に、慎重にっ)
はやる気持ちを抑えながら、魚の動きを見ながら針が外れないように注意しながら、釣り糸を手繰り寄せていく。そのまま水面近くに引き寄せ、魚を地面に引き上げる。
水から十分に離れたところで、ガッツポーズ。
「獲ったどーーー」
もっと違うセリフがあると思うが、思わず口からでた言葉だった。誰も聞いているわけでもないのだが、若干赤面しながら、じわじわ来る達成感にひたる。
たかだか3日間の苦労なのだが、随分と長くかかった気がする。これで、生き延びられる可能性がぐっと上がるはずだ。
これまでの努力を思い浮かべた後、早速、食べる準備に取り掛かる。元日本人からすれば、選択肢は刺身やタタキで食べたくなるし、生食の方がビタミンやミネラルが多く取れるので、栄養面も良い。
それは分かっているのだが、どうしてもその選択肢を選ぶことはできない。
もしかしたら、こちらの世界では事情が違うかもしれないが、川魚には寄生虫が多くいる可能性が高い。特に顎口虫のような寄生虫がいた場合、取り返しがつかない。
顎口虫などは、魚などから人間の体に入り込むと、脳や目に移動することがあり、そうなれば痛みどころか、失明や最悪死ぬ可能性もある。
淡水魚でなければ、リスクが大きく下がるので、生食も選択肢に入るが、ここはぐっと、我慢するしかない。異世界に転生して生魚で死亡などという結果は、流石に許容できない。
「まあ、焼き魚一択かな。」
寄生虫がいる前提で考えた場合、寄生虫を殺すための主な方法は、冷凍か、焼くかの二択。冷凍ができるのであれば、生食に近い食べ方もできるのだが、今すぐ氷魔法でも使えない限り、現実的な選択肢は、焼く一択だ。
しかも魔法がないので、原始的な火起こしの準備をする。『マナ』があるのだから、魔法が使えても良いのにと、心底思う。
「火起こしか・・・」
手持ちの材料で火起こしとなると、やはり木を使ったもの。火打石を探しては見たが、それらしいものは見つからず、徒労に終わった。
前世で、縄文時代生活の火起こし体験に参加したとき、木の棒を錐のように手ですり合わせる方法と、弓錐式の2つ体験した。
前者は、準備が簡単だが中々火が付かない。かなり体力を消耗して、結果がでなかった思い出がある。少し手間はかかるが、結果を出すなら弓錐式を選択すべきだ。
弓錐式(または弓切式)は、円柱形の木製の棒を用意し、両端を木の板で挟んで、棒を錐のように素早く回すことで、棒と板の間に発する摩擦熱で火を起こす。
棒を素早く回すために、弓のような道具を用意し、棒に弓の弦を3,4回巻いた後、弓をひねり、棒と弓が十字になるような形で構える。弓を切るように前後に引くと、その力が糸に伝わり、棒を回転させる力に変える。
弓錐式は、上下の板には、棒がずれないように窪みを作っておくのがコツ。下の板の窪みには、おがくずや羊毛を置き、火が付きやすくする。
弓は、新たに作るのではなく、釣り道具を流用することにして時間短縮を図る。後は、上下の板を準備し、短槍を削り出したときに出たおがくずを、火種として使う。
火起こしの準備が終わったので、魚の下準備を進めておく。火を燃やす木材も貴重なため、燃やす時間が短くなるように、川魚を3枚におろしておく。さらに、おろした魚の身を串にさす。
「やっぱり、弓錐式が正解だな。」
火起こしの事前準備をしっかりしておいたうえに、まわりの気温が低くないこともあり、あっさり火が付く。火種を加えた後、燃料として木材を入れ、火力を安定させる。
串にさした魚を両手に持ち、火とギリギリの距離を保ち焼いていく。
「ぐーぐるぅー」
久しぶりの魚が焼けるに匂いに、たまらずお腹がなる。はやる気持ちを抑えてしばらく待つと、良い感じに焼けてくる。
(まてまて、あせるなー俺)
生焼けではまずいのだが、焼き過ぎてもやはり勿体ない。我慢を重ね、焼け具合の頃合いに集中し、別とのタイミングで火から魚を離した。焼けたのを確認してから、かぶりつく。
「うーーーうまい!」
塩がないのが残念だが、それでも焼き立ての川魚は思った以上においしく感じた。食べてお腹に入っていく度に、体がさらに元気になるような気がした。
一口ずつ、よく噛んで、良く味わって、大事に食べていたのだが、あっという間になくなってしまった。明日以降ももっと確保していきたい。




