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第159話 宿屋の女将

「いつの間にかこんな店を開いているなんてね。立派ね。頑張っているようで嬉しいわ。」


 宿屋の女将は来店するなり、店内を見渡しながら褒めてくれた。店舗に招待したのは、王都に入国して暫く利用していた宿屋の女将だ。炭鉱の親方オルデンに紹介されたこともあったが、宿代を割引してくれたり、王都内の案内や王都の常識を教えてくれたり、随分と世話になったことを思い出す。そこまで昔ではないが、懐かしさを感じる。


「ああ、色々縁があってね。しかし、あの時は世話になった。」


「良いのよ。世話ってほどのことはしてないしね。オルデンさんの紹介だったし、払いもしっかりしてくれたしね。どちらかといえば、手のかからない良い客だったくらいよ。泊りにとは言わないけれど、飯だけで良いから、たまにはうちにも来ておくれ。」


 忙しかったとはいえ、俺自身はあまり顔を出していなかった。やや不義理だったかと後悔する。


「そうだな。伺うことにするよ。うちのシモンもお世話になっているようだし。飛び回っているから、本当にたまにになってしまうかもしれないが。」


「あらあら。シモンとも知り合いなのかい。シモンにはこっちがお世話になっているのよ。店も周りもおかげで綺麗になったしね。今度、共同のトイレも作るそうじゃないか。ありがたい話さね。」


「ああ、俺はそっちにも絡んでいるから、困ったことや希望があれば、教えてもらえると助かる。」


「随分手広くやっているのね。まあ、商売ってわけじゃなさそうだけど。分かったわ、気になることがあったらシモンに伝えるか、ここにくるわね。さてと、そろそろ本題に入ってくれても良いわよ。これも縁でしょうから、相談に乗れることがあったら言ってみて頂戴。残念ながら、お金は無いけどね。」


 女将はにっこりしながら、横道にそれそうになった話を軌道修正してくれた。


「そうだな。それじゃありがたく。実はちょっと変わった料理道具を売り出すつもりで、その道具について意見を聞きたい。」


 今回はもう失敗できない。分析を繰り返した結果、商売で料理を出す店、その舗経営者が有力な顧客になるとの結論に至った。前回の反省を活かし、顧客層から継続して意見を聞けるような状況を作りたいと思っている。意見を聞きながら、サービスやビジネスモデルを修正していくつもりだ。


「はいはい。なんだかちょっと怖いけど良いわよ。料理道具ということであれば、しっかり意見は言わせてもらうわ。何を見れば良いの? ここは料理道具を売る店のようには見えないけれどね。」


 確かに店内には、大きな台所とテーブル、棚があるだけで商品は並んでいない。


「ああ、見てもらいたいのは台所にある。かまどの代わりに石炭を燃やす道具だ。オーブンと言う。」


「へー。あそこにある奴かしらね。料理道具というから、もっと小さいものかと思ったわ。もちろん良いわよ。料理に使う道具なら興味もあるしね。」


「じゃあ、早速説明させてもらおうか。」


 俺はそう言うと、小型オーブンが組み込まれた場所に女将を案内した。


「これは女将が普段使っているような、直火で調理するかまどと違う。この扉を開いて石炭を入れ、火をつけ、上側の鉄板の熱を使うものだ。」


 俺はオーブンを実際に使いながら説明を続けていく。女将は説明を興味深く聞いている。当たり前だが貴族と食いつきが全く違う。日常使っているものだからこそ興味を持てるのだろう。


「石炭はそれで足りるの? 随分少ない量に見えたけれど。調理の仕方も変わっているし・・・これ中身は鉄でできているの!? 高そうねぇ。」


 俺は頷き、女将が気になっていそうな部分も補足していく。


「このオーブンは、石炭を燃やした熱をほとんど逃がさずに使える。今入れた量で十分だ。上の部分にフライパンや鍋を置いて使う。これとは少し形が違うが、パン焼き用も用意している。」


 俺は説明しながら、フライパンをオーブンの上に置き水を灌ぐ。ほどなくして湯気が立つのを見せながら、使い方のイメージを伝えていく。


「へぇ。さっきの量だと、すぐ火が消えそうだけどね。直火でないから火力が気になるわね。煙も臭いも殆どしないし、どうなっているのかしら。」


「火力は実際使ってみてもらった方が早いな。煙と臭いは、横の煙突から外に出るようにしている。煙突には仕掛けがあって、外に出すときに黒い煙と臭いはかなり少なくなる。」


「思ったより火力がありそうね。 ・・・しかも煙が部屋に籠らないなんて・・・良いわね。」


 一瞬間があり、悲しそうな表情をしたような気がしたが、すぐに女将の目つきが真剣になる。やはり石炭特有の臭いや煙には苦労しているのだろう。


「魅力的ね・・・いえ、魅力的どころではないわね・・・。やっぱり火力を気になるわ。実際に試して見ても?」


「もちろんだ。ここは試してもらうための店でもある。」


 おれは鋳鉄で作ったフライパンと鍋を渡し、試用してもらう。


「これも売り出すつもりの道具だ。少し重いが使って見てくれ。忌憚のない意見をくれるとありがたい。」


「確かに重いけれど、そこまででもないわね。食材もあるみたいだし、せっかくだから料理を作って、早めの夕飯でもどうかしら?」


「ああ、そうだな。是非頼もうか。俺はこっちのパン焼き用のオーブンで、パンを作らせてもらうとしよう。色々工夫したから驚くと思うぞ。」


「あら、それは楽しみね。パンが自由に焼けるのは王都の特権よね。」


 女将の話では、王都以外の領地でパンを焼く場合、領主の台所を使わなければならず、勝手にパンを焼くことは許されていないらしい。しかも、パンの種類も決まっていて、貴族は小麦を使った白いパンだが、農民などは大麦を使ったパンに限られるという。しかも、大麦が足りない場合は、ドングリなどの木の実を混ぜて作るそうだ。食糧が不足している場所では、どこの世界でもどこまでも似たようなことをするのかもしれない。


 暫くお互いは調理に集中することにした。


・・・


 女将は暫くの間オーブンの火加減を調節したり、フライパンや鍋を調べたりしていたが、納得したのか調理し始めた。調理を始めると、すぐに美味しそうな香りがこちらにも流れて来る。当然、石炭特有の嫌な臭いもしてこない。


(やはり、新型オーブンを作ってよかった。)


「はい。お待ちどうさま。そっちから良い香りがして、気になってしょうがなかったわよ。火加減のコツをつかむのが難しかったけど、初めてにしては上手くできたと思うわ。」


 女将はこちらでは一般的な、野菜のポタージュを作ってくれた。俺はソルガムで作ったパンを出す。パンの下ごしらえをしておいたので、女将の料理の完成とタイミングを合わせたように焼き上がった。ふっくらした仕上がりになる。上出来だろう。パン生地にはアンズで作った天然酵母も使っており、良い仕事をしてくれている。


 お互いの席に作りたての料理を並べる。


「それじゃあ、食べるか。いただきます。」


「はいどうぞ。パンもいただくわね。変わった色だけど、美味しそうだわ。」


 ソルガムのパンは、大麦で作ったパンより、若干赤みがかった色合いになる。だが大麦のパンと比べればそこまで気になる色ではないはずだ。


「うん。美味いな。」


 石炭の嫌な臭いから解放された料理は、それだけでも価値があると実感できる。女将は自分で作った料理とパンを交互に食べ続けている。なぜか無言で食べ続けており少し不安になる。

 

「お、おい。大丈夫か?」


 無言の女将が気になり、様子をうかがっていると表情を歪め、涙を流し始めた。そしてそれを隠すように俯いてしまった。気まずい雰囲気が漂い、暫くの間、声をかけられずにいると、女将は息をゆっくりと吐き出して話はじめた。


「オーブンだったかしら、想像していたよりずっと良いわ。嫌な臭いがしない懐かしい味の料理ができて、正直びっくりしたわ。こんな料理ができたのは10年ぶりね。あの頃はまだ薪が自由に使えたのよ。」


「そうか・・・」


「・・・ごめんなさいね。ちょっと夫が生きていたころのことを思い出してね。・・・やっぱり美味しいわね。」


 女将は泣いた理由を説明するように、昔の話をしてくれた。


 女将の夫は料理人で、良く料理を作っていたそうだ。薪が使えなくなってから、少しでも美味しい料理を作ろうと、必死に工夫していたと言う。石炭が燃料の主役になってからしばらく経つと、その研究熱心さもあってか肺の病気になり、残念ながら2年前に亡くなったそうだ。最後は相当苦しんで逝ったと言う。


 病気の原因は石炭の黒煙だと思っているそうだが、他の方法もなく宿屋を続けてきたと言う。暫くしんみりした雰囲気になっていたが、女将は気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、それから気を取り直したように話をはじめた。


「これなら体にも良さそうだし、木材が使えていたころと同じように料理ができるわね。今日はいつも通りに作ってしまったけれど、臭いを誤魔化す必要がないから、もっと味を薄くても大丈夫ね。パンも美味しかったわ。色は変だったけれど、貴族向けのパンを出してくれたのかしら。ふっくらしていて、普段食べたことのない味わいで、とても良かった。」


 表情はぎこちないが、俺もそれ以上聞くことは無く話を続けることにした。


「オーブンを気に入ってもらえたようで何よりだ。パンはソルガムでつくったものだが、ちょっとした工夫をしてある。」


「へぇ。ソルガム? あまり聞かないはね。この辺で採れるのかしら。でも、あれだけ美味しいなら良いわね。うちでも出そうかしら。」


 女将の反応は、新たな戦略の手ごたえを感じる。当たり前だが、貴族とは大きく反応が違う。他の人の反応も確かめる必要はあるが、上々の出だしだろう。早速、女将とオーブンなどの商談を始めることにした。この商談なら、女将も喜んでくれるはずだ。


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