第156話 本命の出店準備
屋台は初日以来行列が絶えず、盛況な状況が続いている。要望に応える形で、予備の台車を使い常時2台で商売を続けている。屋台はそれなりに試作を重ねたのだが、使ってみると細かい修理や見直しが必要になってきている。アシーナに追加でさらに2台作ってもらった。
(出店計画を見直さないとな。)
エルバだけでは手が回らず、他の領民に料理を教えてもらい、販売体制を整え担当をローテーションしながら毎日商売を続けている。狙い通り、手ごろな価格の軽食として認められ始めている。この勢いに乗り、漁場などの人が集まる所への出店も検討すべきだろう。それに飽きさせない次の一手も画策しておきたい。
「リコルド、場所の確保がようやくできた。希望通り貴族街に近い場所物件で、家主には内装を変える許可も得ている。」
屋台の体制が整い落ち着き始めたころ、フッガーから新型オーブンの体験販売をする店舗の目途がついたとの連絡があった。良い場所がなく予定より遅れていたが、ようやく環境破壊防止の一歩を踏み出せそうだ。
「ありがたい。相当手間をかけさせたようだ。」
「そうだね。手間がかからなかったとは、とても言えないね。リコルドが希望した場所は人気で、中々条件も厳しかった。偶然、商売を止めるか悩んでいた店主がいたのが幸いだった。物価高も悪いことばかりではないね。それと、料理を振舞うというコンセプトも問題でね。」
フッガーから事情を聞くと、貴族街の近くでは、そもそもレストランや定食屋のように、多様な料理を出す店の出店は禁止されているそうだ。貴族が店で食事をすることはほとんどなく、各自の屋敷に必要な料理を仕出しで頼むのが常識で、各店が扱える料理は基本1種類のみに制限されているという。多くの店舗を成り立たせるための工夫なのだろう。前世の中世ヨーロッパにも、同じような制限があったことを思い出した。
「そうだったのか。そうなると、こっちの希望は難しいか?」
「いや、あくまで新型の料理設備を受注販売する店舗ということで、押し切った。買いに来た客に料理を振舞う場合は、無償での提供が条件になるね。」
こちらとしては、前世のガス台メーカーが販売戦略としていた、体験販売施設の再現が目的なので支障はない。いくつもの制限があったはずだが、目的を理解し交渉してくれたのが分かる。
「大分、貸を作ってしまったようだな。返せるように努力する。」
「まあ、こちらにも思惑はあるし、期待していますよ。」
・・・
フッガーに場所を確保してもらった後、屋台の作業が落ち着き始めたばかりのアシーナも巻き込み、1か月弱をかけて急ピッチで出店の準備を行った。頑張った甲斐もあり、俺のイメージに近い準備ができた。フッガーには、販売を始める前のプレオープンとして、体験してもらうことにしている。
「今日は楽しみにしていますよ。苦労しましたからね。」
フッガーは笑顔を浮かべながらも、力のある目をこちらに向けてきた。周囲の空気がひりつくように感じる。プレッシャーのようなものを感じるが、これが上手くいかなければ、近い将来、王都の空は汚染物質で満たされることになる。失敗するわけにはいかない。
「ああ、期待に応えられるように、できることはやって来たつもりだ。」
フッガーは、自分に以外にも2人ほどお供を連れてきている。特に紹介しないところを見ると、小間使いということにしたいのだろう。ただ、そのうちの1人は、単なる小間使いではない雰囲気を持っている。
(リコルド、1人はフッガー家の次男ですよ。もう一人はわかりません。)
俺の思いが伝わるのか、セルカが補足してくれる。例の馬鹿息子以外は、優秀と言われるだけあって、立ち振る舞いに隙が無い。今日の説明で、成功の可能性を見せることができれば、紹介されるのかもしれない。
「まずは本命の新型オーブンから説明させて欲しい。こちらに来てくれ。」
俺は3種類のオーブンを設置した場所に、今日のお客となる3人を案内して説明を始めた。
「新型オーブンは、大型サイズ、通常サイズ、移動可能なものを3種類用意している。移動可能なもの以外は、家の台所に作り込む形で販売する。煙突をセットで提供し、定期的に掃除も併せて請け負う。煙突からは、今のような黒い煙はほとんどでない仕組みを取り付けているし、当然以前試食してもらったように、料理には基本臭いが付かない構造になっている。」
「ほうほう。大理石も使っていてかなり上品な仕上がりですな。部屋の構造にもよるでしょうが、見てもらえれば貴族の受けも良いでしょう。しかし、移動可能というのは?」
「ああ、屋台で開発した小型オーブンを参考に展示している。貴族の庭での料理もできるようになるので、喜んでもらえる可能性はあると思っているが・・・」
「はっはっは。相変わらず発想がおもしろい。まだまだあるので、気になるものが、一通り説明いただきたいね。」
フッガーの反応は全体的に良いように思うが、目が笑っているようには見えない。
今度は大型のテーブルに案内する。
「店舗の中央にテーブルを置いている。ここで新型オーブンを使って調理した料理を振舞う形にする。もちろん、まとめて来てくれた通り、無償で提供する。」
「また、随分と立派なテーブルを準備したものですね。木の継ぎ目がない。相当大きな木から作ったのでしょうね。貴族なら、むしろこれを売れと言われるかもしれませんよ。」
テーブルは確かに自信作だ。エルフのシャリテからもらい受けた大木から作った逸品と自負している。
「これは売るつもりはないが、希望されれば似たようなものを手配することはできる。その時はかなりの高額になるが。」
「はは、かなり高そうですね。ですが、問題ないと思いますよ。」
フッガー達にはそのまま着席してもらい、料理を振舞っていく。料理は、鳥ガラスープ、蒸し野菜、パスタとワイン、魚のムニエル、白パン、クレープ、食後のお茶という軽めのコース料理を出していく。調理はエルバにお願いしながら、俺はフッガーの前に座りながら話をする。
「料理の美味さは、以前の試食以上ですね。スープの材料が全くわからない。色々気になりますが、料理ではなく、エルバが使っている調理道具、あれの説明をしてもらいましょうか?」
フッガーとお供の2人は料理に驚きを隠せない感じであったが、ちょっとした道具もしっかり観察していたようだ。
「あれは新型オーブンで使うために、新しく開発したフライパンと鍋だ。領内で開発した新素材、鋳鉄を使っている。重いという欠点はあるが油なじみが良いし、蓄熱性に優れているから、じっくり食材を加熱して、美味しさを引き出すことができる。食材もこびりつきにくい。」
鋳鉄はコークスを使った製鉄で、鋼の前工程で生産できる。だが、木炭による製鉄では、製造は難しいため、石炭による製鉄を実現できなければ、得られない素材でもある。この鋳鉄を使った鋳物の新型のフライパンと鍋も一緒に販売することで、日銭を稼ぐ戦術だ。
「しかし、商売柄、見識は広いと自負していましたが、どれも見たことも聞いたこともありませんね。これだけの新しいものが、急に発明されるとは考えにくいですが。・・・まあ、それは良しとしましょう。今日、見聞きしたもの、食べたもの、どれも素晴らしいことはわかる。売り方さえ間違えなければ、かなりの儲けが出せるでしょう。」
フッガーはこれまでの内容を思い出しながら、振り返るように感想を述べた。そのまま合図を送り、帰り支度を始める。
「今日の体験は大変有意義でした。正直これまでの商売の概念が壊れそうですね。ですが、やはり売るのは相当に難しい。恐らく宝石などと、同じ売り方をすべきでしょうね。少なくても最初は。」
「俺は一刻も早く普及させたいと思っているのだが・・・」
新型オーブンを普及させない限り、石炭利用による環境破壊は加速度的に進むはずで、普及は譲れないポイントだ。
「そうでしたね・・・ そこはやはり譲れないのですね。中々難しいとは思いますが、やってみるのも良いでしょう。私の方は、お約束通り招待する貴族を紹介しましょう。今日はこれで、帰ります。」
フッガーはそう言って、去っていった。お供の2人の反応は悪くなく、終始驚いた表情を見せていたが、結局一言もしゃべらないまま帰っていった。フッガーを驚かせることができたと思うが、手ごたえがあったと言われれば、微妙だった。それでも、少しでも成功させるため、最初の顧客に向けた準備を念入りにすすめることとしたい。




