第155話 屋台の商売
「リコルド、売れると良いですね。」
エルバは今日何度目になるのか、同じセリフを繰り返した。準備の時は前向きに協力してくれていたのだが、不安を感じているのかもしれない。気持を必死に抑えるように、明るく言ってきているが、表情があまり隠せていない。
「そうだな。心配しなくても大丈夫だ。料理は改良を重ねてきたし、エルバの料理は十分に美味い。馴染みがない料理だから、最初は中々売れないかもしれないが、これだけ美味しければやり方はいくつもある。」
これまで屋台出店に向けて、屋台や料理の改良を続けてきた。エルバは、担当してくれた料理を何度も練習してきた。それほど難しい料理ではないのだが、味にぶれが無いように、計量スプーンや軽量カップなどもアシーナにお願いして作り、下ごしらえもしっかりしている。やれることは十分やってくれていたし、満足いくものになっている。
「よし、ここに出店しよう。」
王都中央から市場に向かう道を通り、市場の入り口にあたる場所にあたりをつける。許可は必要だが、好きな場所に移動して販売できるのは、屋台の特権だろう。屋台は大八車をベースに、食材や油などを格納する仕組み、調理に必要な機器と台が乗せられている。
(うむ。アシーナは相変わらず良い仕事をする。)
車輪を固定するために三角形のタイヤ止めを噛まし、台が水平になるように持ち手の部分を固定する。シンプルなつくりだが、無駄がなく、何度も試行したであろう部分が見て取れる。大八車の荷台には、後ろ側にスライドできるギミックがあり、上の部分をスライドして組み立てると、焼きそばの屋台のように、真ん中に鉄板が置かれた小さな店舗になる。
「手馴れているな。上手じゃないか。」
「結構、練習しましたし。作りも分かりやすいですしね。アシーナさんには色々とお願いしてしまいました。」
エルバは、手際よく屋台を組み立てていく。事前に屋台の組み立て方を、アシーナに聞きながら練習していたのだろう。動きに迷いがない。作業をすることで、落ち着いて来たのか、表情もいつもと変わらない感じになった。屋台は10分程度で完成した。
続けて、調理のために火を用意していく。燃料は調達のしやすさから、結局石炭を選んだ。竹炭の活用も考えたが、今後の展開を踏まえると量が確保できないものは使えない。そうと決めてからは、料理をエルバに任せ、俺は、前世でも売られているような、鋳鉄をつかった小型オーブンと排煙処理をした煙突を開発した。
幸い石炭による製鉄は既に試しており、素材としての鋳鉄は余裕があった。素材さえあれば小型オーブンと煙突の構造は単純だ。マナ操作で鋳型も作れるので、すぐに試作はできたが、実用に耐えるものを作るには流石に苦労した。
出来上がったのは、フッガーの手配が終わる少し前。その苦心の作を屋台に積んでいる。煙突を取り付けた後、持ってきた火種を使ってエルバは石炭に着火する。
「じゃあ、調理していきますね。」
エルバはそういうと鉄板に油を引き、事前に用意した料理のタネを直径25cmくらいの円形で焼き始める。こちらもかなり練習したのだろう、綺麗な円形を迷いなく描いている。屋台料理の第1弾はソルガム粉をベースとしたお好み焼きを選択した。市場の近くでは綺麗な水の確保が難しいので、重いがタネは拠点で作って持ってきている。
肉は入れず、市場で調達できる野菜を入れた野菜お好み焼きだ。それでも調理を始めると、屋台から食欲を増進させる香りが漂い始める。この香りは、宣伝効果も十分見込めるはずだ。
「何度も試食したのに、また食べたくなってきました。」
エルバは微笑みながら、調理用に作った2つのコテ(ヘラ)を使って上手にひっくり返す。案の定、香りに釣られて人が集まってきている。物珍しさもあってか、市場に訪れた人だけでなく、暇な店員も来ているようだ。エルバは焼きあがったお好み焼きを、領地でも作り始めた和紙もどきに包んで、クレープのように立てる。屋台にはお好み焼きという名前と、1つ銅貨5枚、卵入り銅貨7枚と値段を書い紙を貼ってある。
お好み焼きの名前の由来は、本来、好きなものを入れるのではなく、自分の好きに焼くということらしい。屋台で料理して売るには正確な呼び名ではないが、俺にとってしっくりくる名前で売り出すことにした。
エルバは続いて、卵入りのお好み焼きも焼き始めている。人が集まり始めているが、初めて見る料理だからか、注文するものは誰もいない。
「そこのお兄さん。どうだい食べてみないかい? ここらでは今日初めて出す「お好み焼き」という料理だ。うまいよ。今なら特別、卵入り銅貨6枚でいいよ。」
俺は営業スマイルを浮かべながら声をかける。こちらの誘いに悩む素振りは見せるが、全く見たことも無い料理だからだろうか、空振りが続く。
「リコルドの笑顔・・・」
エルバが料理をしながら呟いていたが、あえて触れず営業を続けた。このまま空振りが続くようなら、王道の試食も始める必要があるかもしれない。
丁度、卵入りの1枚が焼きあがったとき、好奇心の強そうな男が誘いに乗ってきた。
「そこまで言うなら食べてみるか。その卵が入っているやつ、銅貨5枚ならもらおうか。兄ちゃんも売れないと困るだろ?」
男はにやりとしながら、さらなる値下げを要求してきた。正直、値下げしすぎるのは痛いが、きっかけが欲しい。銅貨5枚で売れるなら、試食を始めるより安上がりだ。
「お客さん、交渉が上手いな。あんただけだよ。」
そう言って、焼き立てのお好み焼きを渡す。
「味は付いているから、そのままでも良いよ。濃い方が良ければ、そこの塩をお好みで振ってくれ。」
男は頷きながら、渡された料理を見ながら頷いた。周りに集まっている人たちが、興味深そうに見ているのが伝わってくる。
「おぃおぃ。これ紙で包んでいるのか? 随分贅沢だな。こんな値段で大丈夫なのかよ。」
「普通の紙と違うので、ご心配なく。不要であればこちらで引き取りますよ。」
ここらでは羊皮紙が主体で、植物紙はほとんど見かけない。羊皮紙の値段を知っていれば、驚くのも無理はないが、この紙は領地内で生産を始めている。緑化の副産物が原料なので、材料費は考えなくて良いし、今後、紙の用途を広げるために、料理の包み紙として使うことにした。
「さてと、どんなもんかな・・・ あっつ・・・ん。むむ。中々。思ったよりずっと美味い・・・。むぐむぐ。いや、かなり美味い!」
男はそう言いながら、夢中でパクパクと食べ、あっという間に1枚を完食した。
(良いぞ。こちらのサクラと、疑われるレベルの良い反応だ。)
「そうでしょう! この料理は、知る人ぞ知る大人気の料理なんですよ。どうですもう一枚。卵なしのなら、すぐもって帰れますよ。」
「ああ、そうだな。昼時だし、カミさんにも食わせてみるか。食べ応えもあるしな。」
「ありがとうございます。それじゃ、こちらも初めてのお客さんということで特別銅貨4枚。まいどあり!」
お代を受け取り、焼きあがっていたお好み焼きを渡すと、男は帰っていった。途中で一口食べている姿が見えたので、家まで持たないかもしれない。
「おい、兄ちゃんこっちも卵入り1枚くれ」
「こっちは2枚たのむ」
先ほどの男の食べっぷりと表情に釣られたのか、次々と注文が入っていく。
「はいよ。喜んで。エルバ、卵入り都合3枚頼む。」
「はーい。」
エルバは、笑顔で焼き始めている。鉄板を広く使い、複数個同時に焼いていくが、出来上がり待ちが出始める。
「お客様、申し訳ないですがこちらに一列でお並びください。」
注文が続き、あっという間に10人以上の列ができた。
「た、確かにこれは美味い。昼飯に良いな。1枚で結構腹に溜まる。」
「いやこの量なら、俺は2枚かな。」
試食を繰り返し、味を調整したので自信はあったが、手放しに喜んでもらえると嬉しくなってくる。この感情はなんともいえない。採算度外視で定食屋を営む人たちがいるのも、理解できる話だ。結局、用意したタネが切れるまで行列は続いた。
購入できなかった人には、即興で紙の割引券を作り、詫びを入れつつ明日も出店する約束をした。割引券というのは聞いたことがなかったのか、総じて驚き、説明を理解した客はと満足げだった。割引券も定番としても良さそうだ。不安もあったが初日としては大成功だろう。




