第153話 もう1つの商売
「王都での商売の手配には数か月は必要だ。それまでに、もう1つの商売についても話を聞きたいね。できれば実物を見せてもらいたいものだ。」
フッガーはそう言って、商売の許可と場所の確保を約束してくれた。もう1つの商売については構想だけ話しただけなのだが、興味を持ってくれたようだった。内容は屋台による軽食販売の再現だ。共和国には屋台のような移動店舗は存在しないらしく、フッガーへの説明が難しかったが、辛うじてやりたいことは理解してもらえたようだ。
貴族への商売を得意とするフッガーが、平民向けの商売に興味を持ったのは意外だったが、王都やその周辺での販売の許可を取ってもらえることになった。存在しないものの説明は、実物を見てもらうことが一番良い。フッガーと別れた後、早速、実現に向けて動くことにした。
(アシーナとエルバに協力してもらうか。)
実現するためには屋台の作成と、販売する軽食が必要になる。屋台は領地について来てくれた細工担当のアシーナに、販売する軽食は、料理の腕をメキメキ上げているエルバが適任だろう。早速、領地に戻り相談してみることにする。
・・・
「は? 移動できる店を作りたいって? はぁ。相変わらず訳の分からないことを言うね・・・」
アシーナは、やれやれと言った表情をしていたが、興味深そうに眼を光らせながら聞いて来た。
前世で屋台が登場したのは日本では江戸時代。車輪はなく、2つのタンスの間を棒で固定して、その棒を肩で担いで移動するタイプの屋台で、蕎麦や天ぷらなどが提供されていた。特に天ぷらは、ほぼ木造建築しかなかった日本では火災の原因になりやすく、家での調理はご法度で、屋台でしか食べられないところも多かった。
今回作る屋台はそれとは違い、女性でも扱えるように車輪が付いたものの実現を目指す。イメージ的には、2つの車輪がついた大八車の上に、調理ができる台を乗せた形だ。その場で料理を仕上げ、出来立てを販売する。売るものさえ間違えなければ、繁盛する可能性は十分にある。
「こんな感じで、人が一人で引っ張れて、移動販売できる移動店舗を作りたい。」
アシーナには設計図というより簡単なイメージ図と、購入してきた大八車のようなものを見せながら説明した。屋台として成り立たせるため、作りたい部分を細かく補足をしていった。
「ふーん。そういう話ならね。簡易なもので良ければそこまで難しくはないよ。多分だけどね。調理する部分は、料理にもよるだろうから、決まったらすぐ教えておくれよ。とりあえず、荷台を水平に保つ工夫と、食材や道具を入れる棚から用意しておくからさ。」
「わかった。材料は倉庫に入っているものなら、好きなものを使ってくれ。鉄材もある。加工が必要なときは言ってくれ。」
俺はそう告げると、今度は料理を考えるためエルバの元へ移動した。
・・・
「簡単に作れて美味しくて、歩きながら食べられる料理を作りたいですか? できることがあれば喜んで。しかし、いつも急ですね。」
俺は屋台の説明は省き、小さな店で売れるような料理を考えたいとエルバに伝えた。アシーナに続き、エルバも最初は戸惑っていたがため息をつくと、少しジト目をしながら思いつく限りの提案をしてくれた。
「そうですね。これから寒くなりますし、拠点でも作っている肉入りのスープとか、ローズマリー茶を出しても良いと思いますよ。温まります。後は、フッガー様にお出しした、蒸しパンが出せればかなり喜ばれると思います。ただ、どれも数多く作るなら、材料が足りないかもしれません。王都で仕入れられる食材で作る料理を、新しく考えた方が良いかもしれませんね。」
エルバに言われて、今更ながらに仕入れについて、あまり考えていなかったことに気が付いた。
「そうだな。明日、市場に行ってみるか。付き合ってくれるか?」
「はい。市場は行ったことがないので楽しみです。」
表情も楽しそうで、思った以上に食いつきが良く了承を得られた。顔色も良く、以前病弱だったとは思えない程だ。
(随分と、元気になったな。もう安心してもよさそうだ。)
・・・
「リコルド、こっちみたいですよ~」
スラムにいたころと違い、すっかり年相応の元気を取り戻しているエルバが、俺の先を走りながら市場の方へ走っていく。
王都には、王都の北西にある商業国から入り込む品々と、西側の穀倉地帯から入ってくる農作物、南東で採れる魚などが集まってきており、毎日市場が開かれている。定期的に大規模な市場も開かれるそうだ。場所は王都の中心から西北西に暫く進んだところにある。このあたりの道は綺麗になっており、嫌な臭いもあまりしない。
(シモンたちが一役買っているのかもしれないな。)
「おう。そんなに急いで転ぶなよ。」
俺がそう言ったとたん、道のでっぱりに引っかかりエルバが転びそうになるが、何とか立て直して恥ずかしそうに笑っている。
(流石に王都といったところか。)
まだ少し先だが、市場の全容が見え、露店のような店舗が並んでいるのが分かる。店舗数も思ったより多い。ここで屋台が出せれば、売り上げも期待できそうだ。
「おぉ・・・?」
市場にさらに近づくと、店舗の多いのだが想像していたより活気がない。エルバの方を見ると、先ほどまでのにこやかな表情が変わり、若干顔が強張っているように見える。エルバは俺の方に走り寄ってきて耳打ちをする。
「食材ってこんなに高いんですか? 気楽に買えるような感じじゃないですよ・・・」
屋台の軽食は、できれば手ごろに購入できる価格帯にしたいと思っていた。だが、エルバの言う通り、店に並ぶ食材の値段を見ると、その考えは甘かったのかもしれない。
「市場というだけあって、食材は多いが確かに高いな。」
扱っている食材は、大麦、トウモロコシ、カブ、キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、菜種などの穀物や野菜類、エンドウ豆やそら豆もある。イチジクやアンズなどの果物も、種類が少ないが置いてあるし、肉類も、豚、牛、鶏、ヤギなどの肉類や卵も並んでいる。
食材の種類は思ったより多いのに活気がないのは、その量と値段のせいだろう。並んでいる食材の量はどれも少ない。店舗は多いのだが台はスカスカで隙間があるし、商品を入れている箱の底が見えているものが数多くある。
普段の相場を知っているわけではないが、恐らく高い。以前宿屋に泊っていたころは、銅貨10枚(千円相当)あれば1食は食べられた。それなのにトウモロコシが1本で銅貨7枚、カブが一束3つで銅貨6枚、キャベツが1つ銅貨6枚・・・。野菜だけで1食分の料理代を越えてしまいそうな値段だ。
(卸価格はもっと安いかもしれないが、これでは宿屋の飯代も相当あがっているかもしれない。)
是非購入したいと思っていた卵も12個で銅貨9枚。肉類は、さらに高く銀貨で取引されているようだ。
「どの食材も高いようだが、普段からこの値段か?」
近くの店員に尋ねてみる。
「お客さん、市場に来るのは久しぶりかい? 昨年の秋からかな、どの食材もあまり入荷されなくて、値段が上がり続けてね。特に小麦はもう市場には出回らなくなったよ。完全に貴族向けの食材だねぇ。他の食材も、小麦ほどじゃないけど軒並み依然の3倍以上の価格になっちまったよ。」
店員は商売にならないと、肩をすくめながらそう説明してくれた。穀倉地帯の一部が帝国に占拠されている影響が出始めているのだろう。戦況が好転しなければ、更に値上がりする可能性もある。
「エルバ、今の価格は以前の3倍で、かなり高いそうだ。残念だが、俺は今後もっと高くなると思う。」
「そうですか・・・。これ以上高くなるかもしれないのですか。王都でこれだと、スラムはもっと厳しいでしょうね。」
エルバは以前のことを思い出したのか、スラムの住民の心配をしているようだ。危険な目にあって、あまり良い思い出はないはずだが、優しい子なのだろう。エルバが心配する通り、スラムはもちろんだが、王都の住民ですら食事が満足にとれなく人も出て来そうだ。国全体に不満が充満しなければよいが・・・
(内乱が起こったらたまらないな。)
ここまで食材の価格が不安定の状況なら、屋台の食材は極力領内で生産するべきだろう。今日は料理の食材調達に加えて、領地での生産を視野に入れた調達も行うことにする。大量に購入するつもりなので、エルバがびっくりしないように事前に耳打ちをしておく。
「エルバ ここまで価格が不安定なのであれば、領地で農作物の生産を目指した方がよさそうだ。多めに調達して、領地でも生産できないか試してみようと思う。」
エルバは急に耳打ちされてびっくりしていたが、顔を赤らめながらも真剣に聞き、何度もうなずいていた。
(よし、この辺から爆買いしていくか。)
市場に並んでいる商品のうち、領内での生産の可能性があると踏んだものを端から買っていく。まとまった量を買うので、当然値段交渉と種の提供も約束させていく。領内での生産が軌道になるまでの調達も考え、仕入先や店の連絡手段も念のため確認していった。
(まあ、想定の範囲だ。残念だが。)
調達した中には、連作障害を起こしやすいカブ、キャベツ、豆類があるので、フレッドに渡すときは輪作パターンについても触れておく必要がありそうだ。イモ類が無かったのは残念としか言いようがない。そもそもイモがあれば、ここまで食糧が足りないと言うことも無いだろう。
ただ、想定していなかった菜種があったのは嬉しい誤算だった。菜種は野菜として取り扱われていた。領地で量産できる可能性は高い。油を搾ることも視野に入れるべきだろう。非電化搾油機の再現も視野に入れた方が良さそうだ。
「へー。そうなんですね。リコルドは色々知っていますよね。」
店員と交渉しながら1つ1つの食材についてエルバに説明し、この後作るであろう野菜スープや串焼きなどの料理について話をしながら、楽しく買い物を続けた。一番欲しかった卵は、当然多めに購入する。店員の話を聞く限り、ニワトリは雄雌を分けることなく、同じ場所で飼っているそうだ。であれば卵は有精卵の可能性が十分ある。ひよこや親鳥の販売はしていないそうなので、ふ化にチャレンジする予定だ。上手く行けば、領内の作物と食材状況が一気に豊にできるはずだ。




