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第152話 商品提案

 共和国随一の商人であるフッガーから、アドバイスを受ける機会を得られたのは幸運なのだろう。ただ、この機会を活かせるかどうかはこれからだ。


(さてと、何を優先すべきか。)


 俺が商売を始めることで達成したい目的は大きく2つだ。1つは公害や環境破壊の抑制、もう1つは今後の資金集め、要するに金儲け。前者で最優先のものは、近い将来発生する、もしくは既に発生しているかもしれないが、石炭の大量利用による悪影響を最小限に抑えることだ。


 公害や環境破壊などの厄介なところは、疫病と違い被害が分かりにくいところだ。数十年以上の長期間じわじわと悪化していき、一度目に見える影響が出てしまえば短期間で解決できる見込みはない。それこそ魔法のような便利なものがあれば別だが、この世界にはマナはあっても今のところそういった万能のものはない。

 

 比較的わかりやすい公害の被害としては、前世の1952年12月に発生したロンドンスモッグ事件。産業革命以降、石炭が大量に工業、家庭用燃料として利用され、全年齢層に心肺性の疾患多発で患者激増した。2週間に4,000人の死亡、その後2カ月に8,000人の死亡が発生したとされている。


 公害や感染症など死亡者は、病気での死亡と区別が付けにくいため、平時の死亡者数との差で推測され、超過死亡者数として数えられるため、死亡者数が分かるのも時代が進んでからになるのも厄介さに拍車をかける。この世界では木材が貴重なため、今後これと似たような状況になるのは疑いの余地がない。


 1947年頃からロサンゼルスで発生した光化学スモッグは、あらゆる対策をうったにも関わらず、解決される見込みがたっていないうえ、環境自体が変わってしまっているので、どれくらいの死者を出しているのかすら、推測が難しのは恐ろしい限りだ。


 酸性雨の影響も短期ではわかりにくい。徐々に樹木が衰退をはじめ、土壌の中和物質が失われ酸性化すると、やがて土壌の鉱物が溶け始める。溶けだした鉱物が池などに流れ込み沈殿し、水が鉱物毒などに侵され水生生物が死滅。異様に綺麗な沼が広がっていく。


 こういった環境変化は、理屈が理解できなければ、呪われたように感じることだろうし、悪魔の仕業というように伝えられるのかもしれない。このまま石炭の利用が増え続ければ、遅かれ早かれこのような事態を招く。


(結局のところ、現状の技術レベルで出来ることは1つしかないか。)


 石炭利用による環境悪化を防ぐために今できることは、新型オーブンを売り出し少しでも早く普及させるしか現状ない。俺は試作した新型オーブンを、フッガーへの最初の相談案件と決めた。


・・・


「まあ、そこまで言うなら、やってみましょうか。」


 最終的にはフッガーは根負けしたように、新型オーブンの商売について承知し、必要な処理を手伝ってくれることとなった。しかし、ここまで来るまでは思った以上に簡単にはいかなかった。


 まず、新型オーブンの良さを体験してもらうために、改めてフッガーを拠点に招待し、いくつか料理やお菓子を提供した。


「前回来た時もびっくりしたが、料理の香りが素晴らしい! 普通のパスタでさえものすごく美味しく感じる。」


 フッガーは、石炭を燃やすときの嫌なにおいが料理に付かない新型オーブンを大絶賛してくれた。石炭の燃費向上も悪くない感じではあった。ただ、すぐに簡単に売れるようなものではないことを指摘した。


「この新型オーブンは魅力的ですが、売り方が課題ですな。このままでは、まず商売にならないでしょうな。」


「と言うと?」


「今の構造であれば、価格は抑えられないでしょう。そうなれば必然的に売る相手は貴族。その時点でリコルドの希望とは違う。それでも儲けのために貴族向けの商売割り切っても、このオーブンが無くても誰も困らない。同じようなものが既にあるし、こういった商品を貴族が直接見ることはないでしょうな。」


 確かに、大抵の商品やサービスには既存のものがあり、既存のニーズを満たしている。それらが新しい商品を売るための大きな障壁となる。購入を検討するのは、今のものが使えなくなった時というのが一般的な購入行動だろう。


 しかし、この新型オーブンを普及できなければ、将来に禍根を残すことになる。どうにか工夫をして、是が非でも売っていきたいところだ。しかし、工夫できるところは限られる。


(・・・新しい売り方をすれば、売ることができるかもしれない。)


「フッガー殿も良いものと認めてくれた。この新型オーブンは使ってもらえさえすれば、価値を理解してくれる人はいるはずだ。」


「その可能性はあるでしょうが、やはり難しいと言わざる負えませんな。」


「そこを何とか協力いただけないだろうか。俺のほうでオーブンを試用できる設備を作り、良さを体験し販売につなげる売り方を試してみたい。貴族の関係者が寄ってくれそうな場所を、確保してもらえないだろうか。」


 俺はフッガーに角度を変えながら提案を続け、何度もそうお願いをした。俺が実現しようとしているイメージは、前世でガス台のメーカーが行っていた体験販売施設を作ることだ。そこに見込み客を招待することで、商品の良さを実感してもらい販売につなげる方法の再現だ。


 最初聞いたことも無いと難色を示していたが、可能性を感じてもらえたのか、場所の確保と施設ができたら、貴族の関係者を招待する約束までしてくれた。新型オーブンはフッガーの言う通り、安くはできないためターゲットを貴族とし、なんとか浸透させて行くしかないだろう。


(よし、最初の一歩は踏み出せそうだ。)


 貴族をターゲットとした戦略の全体像は、新型オーブンを販売し、煙突のメンテナンスサービスも併せて提供し、一連の作業を請け負うことで利益を出していく。商売とは直接関係ないが、煙突やオーブンに『しるし』を仕込むことでの情報収集もねらっていく。


 確実に普及させていくためには、綺麗ごとだけでは済まないケースは必ず起こるだろうし、その布石は今からでもしておくべきだろう。ちなみに、煙突のメンテナンスでは、排煙処理の仕組みの副産物として石こうが回収できるので、それを使った事業も視野に入れておきたいところだ。


 石こうと村で作っている和紙もどきで、石こうボードを作って建材として利用できるようになれば、最初の戦略としては上々だろう。新型オーブンの普及には途方もない壁があるだろうが、それで事業が成り立ち、公害などが抑制できるのであれば言うことはない。誰にも理解されることはないと思うが、やりがいはある。着実に進めて行こう。


 これが軌道に乗るまで、相応の時間がかかるかもしれない。別途金儲けについても平行して取り組むべきだろう。金儲けは、お祭りの屋台のような軽食提供で荒稼ぎを想定しているが、そちらの商品開発はこれからだ。


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