第151話 賭けの成果
「突然の訪問ですまないが、少し話をさせてもらえないか?」
拠点の前で朝の日課である素振りをしていたところに、声をかけられた。見た目は中年の男性で仕立ての良い服を着ている。領内に入る前にセルカから報告を受けていたが、近々会うことを予想した人物だったので、そのままにしていた。
(リコルド、この方が前の商人の父親です。)
「これはこれは、フッガー殿、こんなところまでご足労いただくとは、もちろん大丈夫です。狭い部屋ですがこちらへどうぞ。」
相手はヤーコブ・フッガーという共和国随一の商人だ。かなり忙しいはずだが、こんなところまで来るのは驚きだ。あの馬鹿の尻ぬぐいとはいえ、王都に呼び出しても十分理解できる立場だ。わざわざ単身で訪問してきた目的は分からないが、隙を見せない方が良いだろう。なるべく表情を変えないように案内する。
相手もこちらの対応に表情を変えることなく、にこやかに応じる。ここまで大物になると、正面から敵対してしまえば無事に済むことはない。最悪を想定しつつ慎重に対応する必要がありそうだ。
・・・
俺の拠点は客の訪問を想定していないので、応接室のようなものはない。あるもので対応するとなると、普段から使っているリビングしかない。エルバのお陰で清潔さもあり、突然の来訪を考えれば案内しても問題ない範囲だろう。もし一人で住んでいたら、使えたかどうか甚だ疑問だ。
「エルバ、お客様がいらっしゃった。お茶と茶請けを頼む。」
拠点の中に入ると、エルバが出迎えてくれたので、そのままお願いをする。エルバは少し驚いたような表情をしたが、頷いて準備しに行ってくれた。俺はテーブルの席を案内し、お互い向き合ったところで挨拶をした。
「改めまして、私はリコルドと申します。」
「突然の訪問にも関わらず、丁寧な対応痛み入る。既にご存じのようだが、ヤーコブ・フッガーだ。礼儀や言葉はあまり気にしない。是非普段通りでお願いしたい。」
俺は頷いた。挨拶が終わったころに、エルバがお茶を運んでくる。
「うちの領地で飲んでいる飲み物と、ちょっとした食べ物だ。飲み物にアルコールは入っていないが、特殊な製法で体調を崩すことはない。心配なら無理に飲まないで欲しい。」
俺がそう言って勧めると、フッガーは迷うことなく口を付けた。
「ほう。良い香りですな。」
エルバは、アシーナが作った食器にローズマリー茶を入れ、お茶うけには最近エルバと開発したばかりのデーツ入り蒸しパンを添えてくれた。こちらの意図を察してくれているのか、珍しいもの尽くしで、良いチョイスだ。
(躊躇なく飲んだな。少しくらい迷うと思ったが。)
「ふぅ。私は新しいもの好きでね。本題から逸れるので質問をする誘惑を抑えるのに苦労しているよ。まずは本題から入らせてもらおう。」
フッガーのポーカーフェイスが上手すぎて気づかなかったが、こちらが出した珍しいはずのものには期待通り反応してくれていたようだ。
「もうわかっているようだから、細かい前置きは割愛させてもらおう。先日はうちの愚息が申し訳ないことをした。」
フッガーはそういうと頭を下げてきた。当然、先日の買い掛け契約に対する、息子の対応への謝罪だろう。父親の方はどうやら話が通じそうだ。
「頭をあげてくれ。いや、そこまでのことは、まだされていない。確かに驚いたが、実害が出たわけではない。止めてもらえるなら、こちらから何かすることはない。」
あの後、バカ息子は、うちの領地に対して不穏な動きを見せていたので、急いで壁の新設などの防衛力強化を図っていた。正直なところ、到底対策は間に合わない状況だったため、バカ息子の条件をのむことも視野に入れていた。フッガーの謝罪が本気であれば、その懸念はしなくて良くなるかもしれない。
「そう言ってもらえるのはありがたい。愚息の直前の動きも把握している。必ず止めさせると約束させてもらう。」
「なら安心だな。ご子息の悩みも分からないではない。あの対応には驚いたが、実害は今のところ皆無だし、こちらとしては契約を守ってくれれば問題ない。」
俺がそういうと、フッガーは頷きながら答えた。
「契約の履行はもちろん。そちらの領民にも、決して迷惑はかけないと約束する。あやつにはこの件からは手を引かせ、当面謹慎させることにした。この契約については私が責任もって対処させてもらう。」
「そうしてもらえるなら、こちらに異存はない。しかし大変だな。」
フッガーの表情からは、隠しきれない深い悩みと疲れが伝わってくる。
「末っ子で甘やかしてしまったのがいけなかったのだろう。長年子供たちを育ててくれた乳母が亡くなったのも痛かった。あの年では厳しいかもしれないが、これを機に教育をやり直し、商人の何たるかを改めて直接叩き込む。あれを野放しにしては、共和国における商人の立場すら危うくする。」
「共和国でも商人の立場は盤石とはいえないのか・・・」
大げさのようにも聞こえるが、商人は軽蔑され易い。前世でも商人の地位や身分が低い時代が長く続いていた。こちらでも同様なのかもしれない。俺が呟くとフッガーはため息をついて話始めた。
「残念ながら盤石からは程遠い。人様が作ったものを安く買いたたき、騙して高く売りつける。そう思い込む人が多いのは分かるし、実際そういう商人も少なくない。しかし、適正価格で商えば、売った人も買った人も満足し、金が巡り社会も豊かになる。それを続けてきたからこそ、やっと共和国では賤民扱いをされなくなってきたのだ。」
フッガーは、急に口数が多くなり話し続けた。余程長年腹に据えかねることがあるのだろう。しかも、あの馬鹿がやった行為は、騙すより質が悪い。
「かなり辛い思いをされているようだ。」
確かに商売は、それをやらない者からすれば、不正に収益をあげていると捉えられやすい。それはどこの世界でも同じなのだろう。前世では神学上、金を貸して利子を取ることを、不正な貸付と決めつけて禁止していた時代すらあった。
「いや、失礼した。」
フッガーは咳払いをした後、話を戻そうとしてくる。俺は頷くと、本題に戻ることとした。
「それで、俺の契約はフッガー殿が対応してくれるということで良いのか?」
フッガーは表情を引き締めて話始めた。
「ああ、その通りだ。ひと月しないうちに、金貨800枚弱の小麦を納めさせてもらうことになる。ただ、その前に本当にそれだけの小麦を必要としているかを確認したい。」
「というと?」
「リコルド殿の領民はそこまで多くない。領民に小麦を配るとしても過剰に思える。もちろん小麦が必要であれば約束通り納めるつもりだ。だが小麦は共和国全体で不足している。もし、すぐに使う予定がないのであれば、小麦ではなく金など他の方法で補填させてもらえないだろうか?」
フッガーは当然のことのように、俺のことや領地のことを調べているようだ。確かに小麦が納品されたとしてもすべてを使う予定はない。元々投資目的なので、一部を種もみとして確保し、残りは売るつもりだ。貯めておけば更なる値上がりも期待できるが、その分必要としている人の元には届かないというのは、避けたいとも思う。
「確かに、使うのは一部になる。必要な量はせいぜい全体の2~3割程度だろう」
「そうであれば、全体の3割の小麦を納め、残りの小麦は金貨を600枚で補填させてもらえないだろうか?」
要するに相場より高く買い取ってくれる提案だ。フッガーには、当然それより高く売れる相手がいるのだろう。俺にはそのような相手も、相場より高く売る能力はないので、ありがたい提案ではある。だが、今後を考えれば、聞いてみるべきだろう。
「金もありがたいのだが、実は折り入って頼みがある。」
「ほぅ・・・。頼みですか。」
少し焦り過ぎたかもしれない。不信感を持たせてしまったようだが、信頼できる人のように思えるので、そのまま頼んでみることにする。
「ご存じかもしれないが、俺の領地は税を納められるほど裕福ではない。2年間は税を免除されているので、その間に領地を豊にする必要がある。そのためにも共和国で商売をしたいと思っているのだが、その伝手が無くて悩んでいた。その相談に乗ってもらえないだろうか。」
駆け引きをしても、結果は見えているので直球で相談してみる。まだ、具体化出来ているものは限られている。今は、顧問契約のようなものが欲しいと思っていた。
「ほう。なるほど・・・」
フッガーはしばらくの間思案しているようだった。責任ある立場としては、このような曖昧な話は即答しにくいのだろう。視点をエルバが出してくれたお茶や茶菓子、食器、拠点内の設備と素早く動かしている。
「領主が商人の真似事をするというのは聞いたことはない。それだけでも興味深いし面白い・・・。まずは話を聞く程度で良ければ、喜んで承りましょう。」
「それはありがたい。フッガー殿に話を聞いてもらえるなら、金などよりよっぽど価値がある。今回の契約を見直させてもらいたい。」
フッガーは首を横に振りつつ話を続けた。
「いや、契約に関する条件も先ほどのままで良い。その代わり、売る商品などは事前に教えてもらいたい。私の信用にも関わるし、なにより興味がある。」
「こちらとしては、ありがたい話ばかりだな。是非お願いしたい。」
元々商品が出来たら、商人に売り込もうと思っていたものもある。フッガーは貴族向けの商品を得意としている。定番だけでなく新しい商品も開発している。良いアドバイスも貰えるかもしれない。当然事前に見せるリスクはあるだろうが、こちらの益の方が多いだろう。領地を発展させるための商人の伝手としては、これ以上ないように思う。
(後は、こちらの商品に魅力を感じてもらえるかだな。)




