第150話 賭けの影響
「・・・ということで、3日後に競売所までご足労いただきたい。」
まだ納期までには1か月ほどあるが、昨年の買い掛け契約の契約相手から突然呼び出しを受けた。呼び出しの理由は、以前契約した買い掛けに関してということだが、詳しい理由は競売所でということだった。このタイミングの呼び出しということであれば、何かの交渉事だろう。
俺が契約を結んだ1年前、王都では帝国との戦争の情報が正確に伝わっておらず、共和国穀倉地帯の近くに砦を築かれたことすら一部の軍事関係者しか知らないようだった。前世から考えれば、ありえないレベルの情報伝達の遅さだが、植物紙すら普及しておらず識字率も高くない、そしてマスコミという概念すらない状況であれば、致し方ないのかもしれない。
『しるし』により戦況などが把握できる情報的に優位な立場であれば、素人であっても小麦の価格が高い確率で上がることが分かる。元々は、その優位性を活かした金儲けが目的で行った契約だが、あわよくば有利な立場で商人の伝手を得ることも期待していた。今後、数多生み出していく領地の生産物を、効率よく売りさばくことをねらってだ。
(相手は、かなり焦っているのかもしれないな。)
領地に帰ってからまだ数日しか経っていない、しかも忙しくほとんど領地から出ていなかった。最近王都に行ったのは、ギルド長と会った数時間くらいだろう。その限られた時間で、俺を見つけて使者を送ってきている。
・・・
契約相手についてはある程度調べてあるが、事前に調べよう思っていた小麦の相場は結局確認できないまま、当日になってしまった。領地や大森林でやりたいことが盛りだくさんで、中々優先順位が上がらなかったが、流石に交渉前には確認しておいた方がよさそうだ。
「それじゃ、エルバ、まだ早いが行って来る。競売所に顔を出した後は、用が済んだらシモンの様子を見てから戻るから、遅くなる。」
「はーい。分かりました。」
俺は、エルバが入れてくれたローズマリー茶を飲み干してから、声をかけた。今飲んだローズマリー茶はもちろん、移植用の竹、デーツ、大量の塩や竹炭を可能な限り領地に持ち込んだ。竹とナツメヤシの移植も進めている。
今は何もかも足りていない領地だが、全力で豊にしていく。それには金も必要だろう。相手には悪いが、もらえるものはもらうつもりだ。
「リコルド、その服に合っていますね。 心配するようなことは無いとおもいますけど、気を付けて行ってきてくださいね。」
エルバは正式な場に着ていくために購入した服を褒めてくれた。曲がりなりにも領主であれば、こういった服を着る機会は増えるだろうし、服装で馬鹿にされるのも面白くない。安くはないが先行投資だ。
「おう。ありがとう。行ってくる。」
・・・
(なるほどな。これなら相手も焦るはずだ。)
俺は王都の中心地にある競売所に行き、相場を確認した後、指定された待ち合わせ場所へ行った。小麦の相場は、想定していた以上に高騰していた。これまでは国庫の小麦を開放して高騰を抑えていたのかもしれない。約束の時間通りに来たはずなのだが、相手はまだ現れない。
競売所の職員に案内された一室で、暫く待たされることになった。商人が時間にルーズというのはどうかと思う。相手に対する期待度がどんどん下がっていく。このまま立ち去っても良いが、また呼び出される可能性もある。
(しかし、こういった時間にお茶が出せると良いな。ねらい目かもしれない。)
前世であれば、こういった場合、お茶の1つでも出て来るだろう。しかし、ここでは水が汚染されているし、蒸留という概念がなくい。なるべく汚染されていない地下水などを使っているが、体調を崩す人も多い。そのため、飲み物としてエールなどのアルコールが一般的なのだが、流石に商談前では提供されることはあまりない。こういったケースは、良くあることだろうし、気軽に飲めるもののニーズは高いかもしれない。
「申し訳ありません。もうすぐいらっしゃると思うのですが・・・」
もう、何度目だろうか、競売所の職員が申し訳なさそうに声をかけてきた。
(まあ、こんな契約を結んでしまうような商人が、有能なはずはないか。親の苦労が伺えるな。)
・・・
随分待たされた後、俺の契約相手がようやく現れた。
「お前が支払う予定の金額の3倍払おうじゃないか。それでこのくだらない契約は終わりだ。良いな。」
結局、俺を2時間以上待たせた商人は、部屋に入ってきて挨拶もせずにそう言った。既に相手に期待はしていなかったが、それを大幅に上回る残念さに少し笑えた。余程甘やかされて生きてきたのだろう。
「・・・それが今日の話し合いの内容なら、こちらに応じるつもりはない。契約通りに小麦を納品してくれ。」
「なぜだ? お前の元手が1年で3倍になる良い話だ。喜んで乗るべきだろう?」
契約は俺個人で行ったため、王都民の一人と思って足元を見ているのだろうか。契約額は炭鉱の村と木材納品の報酬をつぎ込み、買い掛けで5倍にしている。中堅の商人なら経営に影響が出る金額だ。それとも交渉術か何かだろうか。どういうつもりかわからないが、念のため認識は合わせておく。
「分かって言っていると思うがな。まず今回の契約は、金貨100枚分の小麦を契約時のレートで1か月後に納品するものだ。」
相手は分かっているという態度で、腕組みをしながら頷いている。傲慢な態度は精一杯の虚勢なのだろう。おでこには脂汗が浮き出ている。
「小麦の今日レートは契約時の7.8倍。1か月後も今のレートが変わらなければ、俺には金貨780枚分の小麦が手に入る。しかも最近の上がり具合は以上だ。それなのに3倍程度のはした金で契約を解消する理由がない。」
そう伝えると相手はテーブルをバンバン叩き、唸りながら答えてきた。
「契約時は豊作の見込みで、レートは下がる見込みだったのだ。私はこの契約で儲けを出す予定だったのだぞ。それが戦争などという非常識な理由でレートが上がってしまったのだから、契約はなしにすべきだろう。それなのに私が3倍も払ってやると言っている。なぜわからないのか! そもそもあいつが小麦は儲かるなどと・・・」
まるで癇癪を起した子供で、言っている内容も理解しがたい。もう少しマシな交渉事になると期待していたが、これ以上話しても良いことは無さそうだ。相手をすればするほど、恨まれるタイプだろう。早々に立ち去るべきだ。
「そちらの事情には同情するが契約は契約だ。1か月後の納品を待っている。話がそれだけであれば帰らせてもらおう。」
そう言って俺が立ち去ろうとすると、屈強な男たちが行く手を阻む。
「どういうことだ?」
「契約はここで解消してもらう。ここにサインをしてもらおう。」
(馬鹿すぎて話にならないな。やはりこいつとの交渉は無意味だな。しかし面倒にはしたくない・・・)
どうやら相手は物理的な交渉手段も辞さないようだ。正直なところ、俺だけであればなんとでもなる。ただ、揉め事が長期化し、領民が狙われると守り切れる自信はない。今は領地の発展を最重要としており、武力の強化にはあまり力を入れてこなかったが、そろそろ限界なのかもしれない。
帰り道ではなく、公共の施設である競売所内でことを起こそうとするあたりも、正気とは思えない。かといって、この交渉ともいえないことを強要してくる相手に従う気にもなれない。
「その気はないと言っている。こんなことをするより、お前の父親に相談しろ。俺が直接言いに行ってやってもいいぞ。」
俺がそういうと相手は顔色を変えた。
「・・・どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。共和国でも有数の商人であるお前の父親に、もう少しまともな交渉の仕方を聞いてこいと言っている。この程度の話で暴力を、しかも競売所で使えばどうなるかも分からないのか。俺は親切で言っているつもりだぞ。」
契約を結んだ際、相手を調べた。この馬鹿の年齢は17歳、商人としては若手だろう。そんな相手が金貨100枚の契約を結べることに不信を覚え、セルカに探ってもらった。調査には時間がかかると思ったが、すぐに親の話が出てきた。本人がいたるところで自慢しているので、すぐに分かったそうだ。
父親の噂は悪くない。こいつの商店と父親の商会は無関係となっていたので、息子の社会勉強のために商店運営をさせているのだろう。それ自体は理解できるし、良いやり方だとは思うが、その成果がこれでは同情してしまう。
「お、おい。待て。」
俺は馬鹿とその護衛らしき屈強の男たちが動揺した瞬間にすり抜け扉から出た。護衛は辛うじて遮ろうとしてきたが、制限されるほどやわではない。
「それじゃあ、1か月後の納品か、まともな交渉を待っているぞ。」
そう言って競売所を去った。




