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第147話 領地へ

「ねー。やっぱりケイティは連れて来るべきだったんじゃないのー?」


 荷馬車に乗ったアシーナから、何度目かになる質問が投げかけられた。あの弟想いの娘が、この時期にここを離れるとは思えない。俺は少し離れた場所を走りながら、聞こえない振りをして無視を決め込んだ。


「んもー。聞こえない振りしちゃって、全く。」


 今は領地に帰る途中だ。共和公の領地では人材が圧倒的に不足している。もちろん、イーリスの里や村にも、人材が豊富ということはないが、生活の基盤は整いつつある。今後、商売をして発展のスピードを上げていくことを考えれば、物が売れる場所の近くに人材を集めた方が有利なのは間違いない。


 そのため里と村から移住希望者を募ったのだが、結局、今話しかけてきたアシーナと、農業のとりまとめをしてくれていたフレッドの2人だけが希望者となった。共和国まではかなりの距離があるため、気軽に判断できるような話でもない。しかも領地での生活を保障すると言っても、今の安定し始めた生活を捨ててまで、未知の土地に行くほどの条件を提示できるような状況でもない。


 俺はケイティにも声をかけていたが、迷った末に里に残ることになった。考えるまでもなく、家族と弟を残して移住できる訳もない。下手に悩ませた分、声をかけたことを反省している。


(・・・まあ、声をかけなかったら、それはそれで無事に済んだとも思えないが。)


「フレッド、どう思う? リコルドがもっと真剣に誘えばケイティも来たと思わない?」


 アシーナは俺が無視しているのを分かっているので、これ見よがしに、今度は一緒の荷馬車に乗っているフレッドに話かかけている。


「まあな。俺も来たとは思うが、もう勘弁してやれよ。」


 フレッドは少し呆れた感じの返事をしている。


「やれやれ。男どもはこれだから。フレッドもそんなことだから、奥さんいないのよ。リコルドだって成人でしょう? しっかりしないと。」


 アシーナはやや呆れながらつぶやいている。俺はフレッドが言い返さなかったのに共感を覚える。


(そうだ、こういう時は、何を言っても良いことは何もない。)


 アシーナはまだ呟いているが、それを聞きながらもう一度考えていた。俺もケイティの能力や将来性を考えれば、共和国にいた方が活躍の場が広がると思っている。だからこそ、早いうちから連れてきたかった。ただ、何もない領地に、しかも近くにスラムがあるような場所に、未成年の子供だけを連れて来るわけにもいかない。


 色々任せたいこと、頼みたいことは浮かぶが、やっぱり今ではなかったのだろう。領地と里、村との交流を進めていけば、いくらでもチャンスはある。それと丁寧に断られてしまったが、一人暮らしの母親もいずれは移住してもらいたい。


(まだ、チャンスはある。)


 俺は引き続き聞こえない振りをしながら、馬車より先行して走り、作業を続ける。少しずつでも道の整備を進めて行きたい。


(やはり、作っておいて良かったな。)


 領地までの方向は、帰郷の時に作った一里塚があるため、視界が確保できれば迷うことはない。その一里塚を目安に、なるべく最短距離で移動するような道になるように進みながら、邪魔な岩やでっぱりを手あたり次第破壊している。出発前に里で作っておいた1.2m程度のマナ結晶を仕込んだ棒を使い、マナを流しながら岩などを粉砕していく。


「ねえ、フレッド。リコルドってどんどん人間離れしていくわよね? 長距離をあの速度で走り続けるだけでも信じがたいのに、岩が粉々になるとか。そんなに力を入れているようにも見えないのにね・・・」


 アシーナが少し声を落として隣のフレッドに話しかける。


「そうだな。まあ、村で畑を作っている姿を見ているからなぁ。ああいうのは見慣れたけどな。しかし、どんな仕掛けか全くわからない。俺は正直人間と思ってないよ。村長もそうだろうよ。体の成長速度もおかしいし、特別ってことで良いだろう。」


 フレッドも合わせるようにひそひそ話に切り替える。


「そうよね。ケイティも驚いていたけど成長期にしたってねぇ。不思議と怖さとか奇妙さというより変な納得感があるから良いけど。他にいたら普通に問題になりそうよね。」


「まあ、セルカ様も含めて、女神の使徒様ってことで良いよ。俺は。」


「そうね。」


「そういえば、あなたどうするの? リコルドは3年で住民を、千人増やす計画とか言っていたけど。」


「あぁ。俺も聞いた。今の住人が40人弱だそうだが、そこから千人は正直想像つかないな。ただ、共和国中で食糧が不足気味と聞くと・・・な。昔の村ほどではないのだろうが、ろくに食えない住民は当然いるだろうよ。救われた身としては放ってはおけないし、救えるなら遣り甲斐はありそうだしな。俺は精一杯やってみるつもりだ。」


 二人はリコルドの方を見ながら、頷いていた。


「そうね。私もできる限りのことはしてみたい。それと王都の技術も身に着けながら、役に立つものを作りたいわね。リコルドは色々作りたいものがあるようだし、千人は実感わかないけれど不安より楽しみの方が大きいわ。」


「そうだな。俺もリコルドが共和国から持ち帰ってきた小麦を見て、移住を決めた。あれはクセが無くて美味い。早く安定して収穫できるようにしたいよ。他の共和国の農産物も育ててみたいな。とりあえず領地に着いたら、リコルドに多めの農地を耕してもらうとするか。」


・・・


 何もない荒野を、一里塚だけを頼りに進み続けると日暮れが近づいて来た。まだ、時間はあるが野営の準備をすることにする。俺が速度を落とし近づくと、ロバのルシオとロシナンテは察したように速度を落とし止まる。


「そろそろ、野営の準備をしよう。」


 俺はアシーナとフレッドに声をかけた。そのまま荷馬車に載せた水と餌を下ろし、ルシオとロシナンテを労いながら与える。


「リコルド、ロバたちに何か合図しているの? 言葉を理解しているように見えるわ。村でも何匹かロバや羊を飼っているけれど、ここまで頭の良い子はいないわ。手がかからないどころか、こちらの意図を汲むような動きをしていて不思議だわ。」


「ああ、そうだな。少しコツがあるが、今のところ秘密だ。いつか説明することもあるかもしれないが。」


 ルシオとロシナンテは、既に言葉を理解していると思う。コツというのも、さっき与えた水に含んだマナくらいしか考えられない。マナ水を与えることで動物に知能が芽生えるのであれば、応用の幅は広い。ただ、影響が読めないのでむやみに増やすのは止め、最低限にしている。もう少し様子を見て、悪影響がなければ、さらに増やして見ても良いだろう。


 俺が火をおこし、鉄製の鍋に水を入れてお湯を沸かしていると、アシーナはうどんとソーセージを出して3人分を鍋に入れた。


「その鉄製の鍋、便利よねぇ。私も製鉄と鍛冶に手を出そうかしら。」


 アシーナはそう言いながら、岩塩も削りながら手際よく味を調えていく。


「このお椀もかなり良い仕事だと思うし、すべてを一人で作る必要はないと思うけど。」


 フレッドは3人分の陶器のお椀と竹製のフォークを渡す。


「まあね。器が活きるのは、このソルガムうどんや他の食べ物あってこそだしね。あ、そうそう。小麦で作ったパスタだっけ? あれも美味しいから、早く小麦を増やしてくれると嬉しいわ。」


「おう。共和国の主食というのも納得の美味しさだよなぁ。輪作パターンと肥料をもう少し工夫できれば安定しそうだから楽しみにしてくれ。あーでも領地の土地も痩せているらしいから再来年かも。」


 ほどなくしてうどんが茹で上がり、ソーセージと併せて食べ始める。程よい塩加減で飽きない美味しさがある。うどんはソルガムがベースのため少しクセがあるが、蕎麦に似た感じで嫌いな味ではない。


・・・


 食べ終わったころに日が傾き始める。アシーナとフレッドは、荷馬車に羊毛で作った寝具を使って寝る。俺はルシオとロシナンテの間で寝かせてもらう。秋になって夜の気温はぐっと下がるが、ロバの体温は人間と同じか少し高いくらい、挟まれた形で寝ると十分に暖かい。


 3人で話しているとやがて眠気が押し寄せて来るのを感じた。そのまま意識を手放し深い眠りにつく。 2人はまだ元気のようだった。親睦を深めて、いっそ夫婦にでもなって欲しいところだ。


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