第146話 甘味
「すごい! 里でも見たことあるけれど、こんなに生えているのは初めて見た!うわっ。きもっ。何か一杯ついているよ。リコルド。」
里を早朝出発し、4時間ほどかけて以前発見したナツメヤシの群生地に到着した。ケイティは初めて見る風景に驚き、ナツメヤシの群生に目を輝かせている。ここまでは里からは30km以上離れているが、新たに作った板バネ式荷馬車2号を、時速10km以下でゆっくりとルシオとロシナンテに牽いてもらったので、かなり快適だった。ミランダとケイティにも疲れた様子は見えない。
大きな懸念事項の1つ、帝国と共和国の戦争が長期化の様相を示し、気分転換がしたくなった。そのついでに、里や村の楽しみを増やせればと、デーツの収穫をしておくことにした。まとまった量を収穫できるようになれば、特産品とすることも期待できる。
「あれはナツメヤシの実、デーツだな。今回の目的はあれだ。」
ナツメヤシは風で受粉する風媒花だが、自然環境下での受粉率が低く、実は少なめになる。雌花は小さな花が無数に垂れ下がるように咲く。人工授粉をした場合、一つの果房に1000個も実を付けるものもある。目の前のナツメヤシは、それとは比べるべくもないが、それでも大量にデーツがなっている。初めて見ると結構衝撃的なビジュアルだ。
「里のそばにも似たような木があったけど、あんな実がなっているのは初めて見るわ。」
ミランダも実がなったナツメヤシを見ながら、驚いたようにそう呟いた。
「里の周辺の木は残念ながら雄株だな。ナツメヤシは雄株と雌株が分かれる植物で、雄株は実を付けないからな。今回はここのデーツを収穫して持ち帰るだけのつもりだったが、里の周りに移植するのも良いな。」
俺はロバのルシオとロシナンテに合図を送って止まってもらいながら、収穫の準備を進める。
「えー、あれがお目当てなの? ちょっと怖いのだけど。」
確かに見た目はあれだが、里にはない有望な食材だ。新しい食材は口で説明するより、実物を食べて貰った方が早いだろう。俺は黙って持参した竹製の梯子を使いながら木に登り、房ごと収穫した。
(なかなか、質がよさそうだな。)
俺は収穫した房の中で、熟したものを1つ摘まんで採ると、そのままかじってみる。この世界では初めて感じる強い甘みに、体がびっくりするが、懐かしさを感じた。ねっとりとした干し柿のような食感で、口の中に強い甘みが広がる。かなり美味しい。体の血糖値が上がり、元気が出るような感覚になる。
「うん。美味いな。まあ、まずは食べてみてくれ。中に細長い種が入っているから、それは食べないように。」
俺はそういうと、ミランダとケイティに中くらいの大きさ、大体長さ5cm太さ2cmくらいの熟したデーツを3つずつ渡した。2人は見たことない食べ物に、少し抵抗感があったようだが、覚悟を決めたように俺に倣って食べた。
「・・・んっ んん!?」
2人も経験の無い味覚を刺激されるのか、不思議そうな顔をしている。それでも1つ、また1つと、食べ進み、あっというまに3つ目を食べた後、顔を見合わせて目を丸くしていた。
「リコルド、何これ?? 嘘みたいに甘いよ! 止まらなくなる!」
「そうね。甘すぎてびっくりしたけれど、美味しいわね。元気が出る気がするわ。」
女性2人に好評で何よりだ。この辺には甘味がほとんどないので、里周辺の楽しみとして追加しておきたかった。甘味と虫歯は付き物なので、これまでは不用意に広げることはできなかったが、歯磨きが習慣化できた今なら大丈夫だろう。
「気に入ってもらえたようで良かった。里や村の楽しみの1つになればと思っている。このままでも美味いが、色々と工夫しても食べられる。料理の食材としても使えるしな。戻ったら皆にも渡そう。」
「良いわね。皆、喜ぶと思うわ。」
ナツメヤシは砂漠のような水の少ない場所でも育つうえ、種から育てても5年程度で実をつけ始める。その後、注意して管理していけば40~50年実をつけ続ける。樹齢も長く、200年のものも存在する。
「ナツメヤシの葉は、細工用の材料として使っていたけれど、デーツは初めてだから、皆喜ぶわね。できるだけ収穫していきましょう。」
ミランダは素直に喜んでくれているのだが、ケイティは若干ジト目でこちらを見る。
「リコルド、ここって以前から見つけていたのよね? なんで内緒にしていたのよ。まさか・・・独りで楽しんでいたとか?」
ケイティはジト目のまま聞いて来た。特に引け目を感じるようなことは何もないのだが、見られると何か悪いような気になってくる。
「あ、いや。独り占めとかそういうことはない。いくつか理由はあるが、一番大きな理由は生活習慣だな。特に歯磨きが浸透していなかったからだ。」
ケイティはジト目を止め、不思議そうな顔でこちらを見て来る。
「ん??? どゆこと?」
結論だけ言ってしまったので補足する。
「デーツを食べた時に強い甘みを感じたと思うが、その甘みは虫歯の原因になりやすい。歯磨きをきちんとすれば危険性はかなり減るが、虫歯になるとその歯を抜くぐらいしか治療法がないからな。歯磨きの生活習慣が身につくまで、収穫を控えていたというのが一番の理由だ。他にもここまで距離があるとか、見つけてから実がなる時期に俺がこっちにいなかったとかだな。」
若干、早口になりながら説明をした。
「これ虫歯になるの!?」
「ああ、油断すると、普段よりなりやすいぞ。」
「そっか・・・ なるほどね~。それは分かる。虫歯になるのはちょっと怖いわね。それなら子供達には、食べたらすぐに歯磨きをしたくなるようにしないとね。」
ケイティは子供達の面倒をよく見てくれており、子供達に何かを徹底される難しさを知っているのだろう。
「おう。それはありがたいな。是非頼む。」
俺は深く頷きながらお願いをした。
「おっけー。任せておいてよ。」
俺は話を変えて本題に入っていく。
「実は2人を連れてきたのは、デーツを味あわせたかったのもあるが、今後に備えてナツメヤシの扱い方を説明するためだ。ナツメヤシはデリケートな部分があって、デーツを効率的に実らせて収穫するためには、技術が必要になる。資料にまとめるが、2人には実物で説明させて欲しい。」
俺がそうお願いすると、二人ともこれだけ美味しいものが食べられるようになるならと、快諾してくれた。
前世ではナツメヤシとデーツは、砂漠が広がるアラブ世界において、生きていくための重要なアイテムとして、紀元前から重要視されてきた。そのため、関連する知識、技能、伝統と習慣がユネスコの無形文化遺産に登録されているほど、古くから広く活用されており、用途も同様に広い。
二人にはナツメヤシの特徴や弱点などを中心に説明していった。受粉率がかなり低いため、上手く人工授粉をしてやることで、収穫を爆増することができること。雄株が1本あれば、雌株50本程度に受粉ができるので、増やす場合は雄株を多くすることで、デーツの生産を効率化できること。幹の先端部の芯に傷をつけてしまうと実を付けなくなることや、湿度や1度の雨にも弱いため、気候を見ながら、高所の実の部分に雨除けのカバーをすることなどを説明していった。
農業として取り組めば、ナツメヤシ1本から年間60kg以上のデーツが収穫できる。こちらでナツメヤシの農業を浸透させることで、かなりの生活改善と豊かさに貢献できるだろう。
「説明は以上だ。里に帰ったら、今説明したことは紙に書いて渡すから、覚えておいてくれ。それじゃ、収穫して帰ろう。」
「よーし。沢山持って帰るよ! リコルドどんどん渡して!」
説明が終わった後、デーツの収穫を行った。ケイティのテンションが、いつもよりも更に高く、ちょっとうんざりしたが、結構な量の収穫ができた。ついでに里の周りに移植するために、ナツメヤシの根本に生えている脇芽も多く確保した。こちらの植物の成長速度を考えれば、種から育ても2,3年で里の周りでもデーツが収穫できるが、脇芽であれば、さらにその半分の期間で済むかもしれない。
ナツメヤシの用途は非常に多様で、乾かすだけで保存食にもなるデーツを筆頭に、樹液をジュースやワインに、種子から飼料、デーツから絞った油で石鹸や薬、葉から籠や敷物、帽子、幹は建築材や燃料としても十分に使える。里の近くで収穫して活用できれば生活に幅が広がることだろう。




