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第145話 共和国の戦術

 俺は定期的に里と村を行き来しながら、技術の普及に勤しんでいた。王都から持ち帰った織機などは活用するだけでなく、こちらで分解し新規製造を目指ことになった。細工担当のアシーナを筆頭に、皆やる気が十分なので、きっと実現するのだろう。


(大分、暑くなったな・・・)


 季節は既に夏を過ぎている。共和国の動向はセルカから、逐次報告が来ている。帝国側の非道なふるまいの噂は、瞬く間に王都や領地に広まり、各地から義勇兵が集まっているという。それだけでなく、今回は農業が盛んな西側を治める地王の領地や、南西の湖周辺を治める海王の領地からも出兵が行われている。


 地王と海王の領地の兵だけで前回の兵力を越えており、それらが既に第一陣として共和国を出立していた。その第一陣は、西から砦の方角に向かった後、北側に方向を変えたとセルカから報告を受けている。その後の動向は不明だ。

 

 第二陣は武王が率いる本隊。真新しい鋼製の剣や槍など装備が充実した歩兵が中心の部隊だ。前回は騎兵が多かったが、装備だけでなく兵種も大幅に変わっている。ここまで思い切った変更は、セルカが言っていた軍師が影響しているのだろう。


 さらに今回の陣容は第三陣まで編成されている。第三陣は、義勇兵や傭兵、溢れた兵などの寄せ集めなのだが、特殊な兵装のようだ。基本的には弓兵だが、大多数は武器を持っておらず、スコップのような道具を持っている。この世界の戦術については詳しくないが、第三陣は明らかに異質だ。そして第三陣には噂の軍師が配属されている。


 人数比は本隊である第二陣を1とすると、第一陣が2,第三陣は3と偏っているが、武器や熟練度から考えると、戦力的には逆でもおかしくない。第一陣の出立から1か月ほど遅れて、第二陣と第三陣が一緒に共和国を出立している。


・・・


「リコルド、第二陣と第三陣が、前回大敗した場所の近くに到着しました。懲りずに同じ場所に陣を敷くようですよ。」


 帝国が築いた砦は、共和国の王都から西にほぼ直線に進んだ位置にある。その間は多少の凹凸はあるがほぼ平坦で、砦の周辺には守りに適したような土地はない。


「まあ他に場所もない。前回の6倍以上の兵力だ。流石に帝国側も慎重になるだろう。前回の戦場まではまだ距離があるし、ぶつかるとしても、もう少し後だろう。」


 戦況が気になるため、俺も共和国軍が見える『しるし』に視点を移して観察していた。確かに武王が率いる第二陣は待機し休息を取り始めた。その一方で第三陣は休むことなく、少し前に出て作業を始めた。


「穴を掘り始めましたよ。落とし穴ですかね。」


「いや、これは長期戦にするつもりだな。」


 俺は第三陣の様子を見てそう判断した。第三陣は5人1組の班に分かれると、スコップのような道具を持ち、砦方面に進んでから横に広がり、地面を一斉に掘り始めていた。


「そうなのです?」


 セルカが不思議そうに理由を聞いてくる。


「ああ、戦場が平地しか選べないから戦術を変えたようだ。前回の敗戦を冷静に分析すれば、武器を多少そろえた所でまともにぶつかって勝ち目があると思えない。攻めてこられたときの対策として穴を掘っているのだろう。」


 共和国軍はいわゆる塹壕を作るつもりのようだ。塹壕は前世の戦争ではオーソドックスな戦法で、その有効性から現代でも使われている。1861年から始まった、アメリカの南北戦争から本格的に使われた。


 本来は敵の銃砲撃から身を守るために、陣地の周りに穴や溝を掘るもので、銃や砲がない世界でこの戦法が生まれる理由がない。しかし、帝国側の水平に飛んでいく強弓、その威力を知っていれば理にかなった戦法だろう。だが、こんな発想は簡単に思いつくものでもない。恐らく初めて導入されるのだろう。


「しかし、共和国軍は前回と違うな。随分頭が柔らかい人物が上層部にいるようだ。戦って勝てるとは思えないが、塹壕が整えば前回のように一瞬で負けることはなさそうだ。」


 塹壕の有用性を帝国が知っていれば、完成する前に対処をしてきそうだが、掘り始めている場所は砦から距離もある。様子見をするはずだ。塹壕が機能して、砦のような扱いができれば、周辺の領地から補給を受けつつ、収穫を王都に送ることも可能だろう。うまくいくかもしれない。


「そうだと良いですね。王都まで攻めてこられたらうちの領地も危険ですし。」


 領地までは距離があり、可能性は距離的に少ないとは思うが、前回の大敗を見た身としては断言できないのが怖いところだ。


「そうだな。だが油断できる状況でもない。暫く戦況を注視して、変化があったら報告してくれ。」


「はーい。分かりました。」


 しかし、これだけの陣容で長期戦とは思い切った作戦をとる。兵糧もかなりの量になるはずだ。周辺の領地からの収穫を当てにするのだろうが、そうなると王都に運ばれる量が減りそうだ。どれだけ備蓄がどれだけあるのかは分からないが、麦などの食糧は高騰するだろう。手放しに喜べないが投資した先物での儲けも期待できそうだ。


・・・


 共和国が塹壕を掘り始めてから2カ月がたった。砦の帝国軍は共和国の戦術に気が付いたのか、掘り始めて1週間は作業の妨害を行っていた。このまま失敗かとおもったのだが、不自然な動きをした。理由は分からないが、何度も帝国側の領土に出撃しており、結局、塹壕がある程度出来あがるまで、妨害することはなかった。


「戦線が膠着したな。大したものだ。」


 塹壕が概ね完成した段階になってようやく、共和国軍との直接対決を行った。戦端が開かれた初期こそ、帝国軍の進撃速度に驚いた共和国軍に被害が出たものの、壊滅には至らなかった。やがて帝国の動きに慣れ、部隊が塹壕に逃げ込むことで壊滅的な被害を避けられるようになっていった。


 帝国の英雄も、流石に速度を緩めると矢が大量に降ってくるため、塹壕に逃げ込んだ兵に対して決定的なダメージを与えられていない。共和国軍は被害を出しながらも塹壕を広げ続けており、砦が見える場所で防衛線を構築するまでに至っている。帝国軍は少数精鋭のため、塹壕に送り込むような兵力がなく、互いに決定打を与える手立てがなくなった。その結果、戦況が膠着した。


 共和国側とすれば防衛線が構築できたことで、その防衛戦より北西の領地はひとまず安全が確保できており、戦略的には限定的ながら成功を納めている。今は塹壕を境に、新たな境界線が引かれたような状況となり、想定通りだが帝国と共和国の戦争は長期化の様相を示し始めた。


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