第109話 生活の変化と作業のやり方
宿屋暮らしを止め、住居を王都から南に1km余りの場所に移して新しい暮らしを始めた。それから暫く経ち、生活に慣れ始めたころ、季節は夏を過ぎていた。
王都周辺の気候は、北に見える山から吹き降ろしてくる風の影響か、イーリスの里よりも夏でも暑く感じず比較的快適に過ごせている。もうしばらくすれば、秋、そして、冬が訪れる。冬には、稀だが雪が降ることがあるらしく、寒さは少し堪えるかもしれない。
エルフさんへの挨拶は3日に1度くらいに頻度を落として続けているが、あまり状況は変わらない。矢の飛んでくる距離や速度が緩くなったが、会話ができるようなこともなく、大きな変化はない。それでも、毎回持っていくお土産は、突き返されることも無いので、完全に無視されているわけではないのだろう。
スラムの兄妹とは、1か月前ほどからこの拠点で一緒に暮らしている。切っ掛けはスラムでのトラブルだ。少年が働き始め、その対価として毎朝スラムで2食分の食事を渡していたのだが、スラムの住人がそのことに気が付き、その食事をねらって侵入するようになった。
少女が抵抗しなかったこともあり、幸い食事を奪われるだけで済んだが、少女が1人でいることの限界を露呈した形となった。今後、さらに体調が良くなり、体形も変わってくれば、他の心配もしなければならない。
そのようなリスクを回避するため、少し無理をしたが兄妹も拠点に居を移してきた。ちなみに兄の方は16歳、妹は14歳。栄養が足らなかったことも影響しているのだろう、発達が遅れ気味で、もっと若いと思っていた。
引っ越してきた当初は、俺の準備した場所や待遇の良さに驚き、目を白黒させていたが、1か月が経ち、もうすっかり定着している。
妹の体調不良は栄養不足が主な原因だったようで、食糧事情が安定すると徐々に回復していった。体に栄養が行きわたることで抵抗力が付き、少しずつ回復しているようだ。拠点に移り住む前には大分調子をとりもどしており、今は力のいらない家事などをしてくれている。特に食事の準備は、彼女の役割としてしっかりこなし始めている。
・・・
スラムの兄妹との共同生活が日常となったある日、少年が早めに帰ってきたので、話して見ることにした。
「お帰り。どうだ王都での仕事は。大分慣れたのか?」
「ただいま。リコルド、最近は街の人たちに挨拶されたり、声をかけられたりするようになってきたよ。仕事にも慣れてきたと思う。」
少年はそう話しながら嬉しそうにしている。
「そうか、それはなによりだな。」
当初、王都の住民から不審がられていたが、少年が清掃をすることが十分認識されたのだろう。
「壺を一杯にするのに2日かからなくなって、廃棄も含めて2日で終わるようになったんだぜ。まだ範囲は限られているけど、どこが多いか、いつ増えるのかは、大分わかってきたよ。」
少年は自分自身で工夫をしているようだ。当初3日かかっていた作業を、2日弱に短縮して廃棄までできるなら良い成果だと思うし、かなり効率的に作業しているのだろう。
2日で廃棄まで完了と言うことは、ギルドの依頼では銅貨45枚分の仕事になる。月20日間働けば、銅貨450枚(4.5万円)の収入が俺に入っている計算になる。
熟練の炭鉱夫の月収が銀貨10枚、少年が稼ぐのが銀貨4.5枚分なので、まあまあと言ったところだが、仕事の内容を考えれば割に合わず、誰も受けないのも頷ける。手押し車を借りていなければ、到底子供にはこなせない仕事でもある。
(この少年なら、この程度の収入で満足すべきじゃないな。)
少年は実直で頭も良さそうだ。もっと稼いで、将来は独り立ちするぐらいの人材になってもらい。そう考えれば、今の収入では物足りない。
「そうか。大分作業が早くなって俺も感心している。だがな、お前には妹もいるし、もっともっと効率をあげて欲しいところだ。1日以内に廃棄まで終わらせるようにするべきだな。」
俺は今の作業効率の倍以上を、とりあえず提示してみて反応をうかがうことにした。少年は面食らった顔をした後、真剣に悩み、考えてから話を続けてきた。
「やっぱり無理だ。リコルド。もう筋肉痛にならなくなって、この作業をするのに必要な力は十分付いた。今も効率的に回収する道順を毎日考えているし、回収の仕方も毎日工夫している。言われた通り定期的に休みを取っているけど、それ以外はぎりぎりまで仕事をしている。どう考えても半分にはならないよ。」
俺は少年がギリギリまで真面目に作業していることを知っていたので、倍の成果を求めればすぐ反発があると思っていた。だが、予想に反して自分の頭で思考していて驚いた。とても以前短絡的に俺を襲ってきた奴と同一人物とは思えない。当時は相当に追い詰められていたのだろう。
少年には引き続き考える力を養ってもらいたいので、なるべく考えさせるように話を進めることにした。
「そうかな? もう少し考えれば、お前ならできると俺は思うが。こういう時は作業の前提を変えることを考えて見るべきだろうな。そうだな。今の回収作業を細かく分けて考えて見ると良いかもしれない。」
少年はやはり反発せずに、考えようとしている。前提を変えるのかとつぶやきながら考えているので、もう一押ししてみる。言われたことに対して、すぐに論理的に考えようとする資質は中々に得難いものなので、少年の俺の中の評価があがる。
「今の回収作業は、道具を借りる、排泄物を探す、見つけて壺に入れる、また排泄物を探す、この繰り返しだが、ここに前提を変えられるようなところはないか?」
当たり前のことを並べているだけだが、思考をさせてみる。少年はうーんと唸りながら考えてから話す。
「そうだなぁ。道具を借りず自分のものとしても、あまり効果はないし、壺の大きさを変えても意味はなさそうだなぁ。排泄物は探さないわけにもいかないし。壺に入れないわけにもいかないしなぁ。うーん・・・あっ、もう一人いれば1日にできるかもしれない!」
こちらの誘導しようとしている方向とは違うが、建設的な意見を出して来た。確かにその方向もある。
「なるほどな。作業する人を増やすのは、良い考えだし、前提を変えるということもできているし、良い発想だな。すぐにではないが、お前に人を付けることも考えるとしよう。他にないか?」
少年は真剣に考えているが、それ以外の意見は出てこないようだ。
「例えば、排泄物を探さないようにするとか、自分で壺に入れる必要をなくすということは考えられないか?」
少年はしばらく考えた後に、意見をひねり出してくる。
「壺にそのまましてもらう・・・とか?」
俺は頷きながら意見を出す。今回はこれぐらい考えさせれば、十分だと思うので、俺の考えも加える。
「その発想も中々出てこないし良いな。・・・そうだな。元々どこにあるかを考えて見るべきだろう。例えば、俺が泊っていた宿屋は、部屋におまるがあったし、定食屋でも客が使う別室があっておまるが置いてあった。おまる代わりに壺を置いてもらうという考えも、すぐには実現できないが良いかもしれないな。俺が言いたいのは、今は皆、おまるに溜まったものを道に捨てている。その捨てたものをお前が回収しているということだ。」
なるほどと少年は頷いた。
「ありがとう。リコルド、明日から少し変えてみるよ。結構、王都での顔見知りが多くなったからできそうな気がするよ!」
丁度結論が出たころに、妹から夕飯の準備ができたとの声がかかってくる。どうもタイミングを見計らっていたのだろう。妹もなかなかできた子のようだ。イーリスの里のケイティもそうだが、できる子供が多い気がする。




