第105話 入国と仕事の説明
「なんでそこまで・・・」
スラムの少年は、俺が彼の入国費用を出すと言ったことが、どうしても信じられないようだった。初めは聞き間違い、必要な金額の勘違いなど、結局、入国するまで、何かの勘違いではないかと疑い続けた。
少年とその家族は、高額な入国費用が払えずスラムに住んでいた。それだけの金額を払い続けることの難しさは身に染みているようだった。それこそ命を懸けるような、例えば傭兵など危険な仕事をするしかないと。
俺が必要な金額を持っていることを説明しても、入国許可証の紛失で保証金が戻らなくなることを心配し、さらには俺の正気を疑ってきた。しかし、俺の意思が変わらないことを理解すると、信じられないとか、馬鹿じゃないかとか、酷い言われようになった。
面倒になったので、共和国の門まで連れて行き、入国許可証を発行することで、ようやく少年は落ち着きを取り戻した。
「信じられない。こんなにあっさり入国できるなんて・・・」
少年は共和国に入国することが夢で、一生かなわないものと諦めていたらしい。入国許可証を手にしたときも、信じられないという顔をしながら入国し、門の中に入っても呆然としていた。まだ、ぶつぶつと、何かをつぶやいていたので、尻を軽く蹴っ飛ばしてやった。
「なにすんだよ、リコルド」
少年は怒ったような声を出すが、顔がにやけていて全く怖くなかった。
「そろそろ正気に戻れ。仕事の内容、やり方、進め方、条件を説明するから、一度で覚えろ。」
俺は記憶がイデアに記録される。記憶が引き出せなくなることはあっても、忘れることはないので一度聞けば大抵は問題ない。少年は若くて頭が柔らかいとは言え、環境が異なり土地勘もない王都の話を、正直一度で覚えられるとは思っていない。緊張感を持たせるためにあえてそう言った。
少年は顔を引き締め、真剣な眼差しになりながら頷いた。俺は少年がこちらに意識を向けたことを確認してから、説明をしていった。
「まず、これを首からかけろ。それで・・・」
俺が所属しているイーリス教に少年を入会させ、その証として『しるし』を寝るとき以外、基本的に首からかけ続けること。入国許可証は、スラムに持ち帰ると奪われたり盗まれたりすることが容易に想像できるので、俺が預かること。仕事の内容が、壺が一杯になるまで排泄物を集め、集めた後に共和国の外に捨てること。
そのた諸々の約束事と作業概要を説明した後、実際に作業する場所などを案内しながら、作業の詳細を口早に説明していく。
「仕事の始めだが・・・」
一方的に仕事の流れを伝えていく。
1日の始め、朝の5つの鐘(AM5時ごろ)が鳴った時に、スラムの住処前で集合し、2人分の1日の食事を渡す。妹に1食分渡し、少年は1人分を持参し、南西門へ移動しながら食べる。
俺が南西門前で入国許可証を渡して、そのまま入国。入国許可証が無くても出国はできるため、入国したら俺が預かり、それ以降は俺が保持することになる。今日は他の場所での作業の説明もあるので付き添うが、普段はここで別れることになる。
冒険者ギルドまで移動し、ギルドの裏で手押し車、壺、排泄物を回収するためのスコップを職員から受け取り仕事を始める。
壺一杯に回収できたらギルドに向かい、職員に回収結果を承認してもらう。承認をもらったあと、手押し車で南西門に移動し、門番に壺を持ち出すことを確認してもらい外に出る。
最後に俺が指定した場所に廃棄する。廃棄が終われば、道具を住処に持ち帰り、その日の仕事は終了とする。壺が一杯にならなければ、夕方の3つの鐘(PM3時ごろ)がなったら、冒険者ギルドに道具を全て返して仕事を終了とする。
「仕事の大まかな流れは以上だ。何か質問はあるか?」
「うん。聞いた内容は分かったよ。大丈夫。」
それほど難しい内容ではないが、一方的に聞いていることを覚えるのは難しい。新しい事柄について、ただ説明を聞くだけの研修や授業で覚えられるのは数%という研究論文もある。一度で覚えろと言った手前、繰り返し説明する訳にもいかない。
(まあ、後で泣きついてくるだろ。)
「よし、分かった。それじゃ、仕事に必要な道具や確認をしてくれる冒険者ギルドを案内する。ついてこい。」
「う、うん。」
俺はそう言うと、少年を連れて冒険者ギルドへ向かった。少年は、共和国の中のものが珍しく新鮮なようで、目を輝かせながらついてくる。
スラムの建物はどれも1階しかないが、王都の建物は最大5階まであり立派に見える。道の途中には、いくつも店があり興味を引く場所が多いのだろう。常にキョロキョロしており落ち着きがなく、今通っている道を覚えられているのか不安になる。
・・・
少年は終始落ち着かない様子ではあったが、一通り任せる仕事の流れを説明した。
「・・・以上が、お前に任せる仕事だ。仕事の状況は毎朝会った時に確認するが、何か非常事態があったら、宿屋の女将さんに伝言するように。」
「うん。分かったよ。妹のことだけでも感謝しているのに、王都に入る夢まで叶えてもらったんだ。少しでも恩返しできるようにがんばるよ!」
少年はやる気に満ち溢れた顔をしている。任されるということは、あまり経験がないのかもしれない。そのやる気が、結果につながることを期待するが、そこまで最初は上手くいかないだろう。
スラムの兄妹と一度縁を持ったからには、簡単に見放すつもりはない。まずは上手くいかなくても、誠実に仕事をやろうとしてくれるだけでも良い。まずは信じてみよう。
駄目であれば、俺に人を見る目がなかっただけのことだろうし、責めるつもりもない。それでも、せいぜい期待だけはさせてもらおうと思う。
「おう。期待しているぞ。それじゃあ、最後にこれを渡しておく。明日から身に着けるようにな。」
俺はそう言って、事前に買っておいた古着と布2枚を、持ってきた袋と一緒に渡した。布のうち1枚は汗を拭く用、もう1枚は作業中に口を覆う用だ。
「こんなものまで、もらえないよ・・・」
少年は、袋を受け取り、中身を確認すると目を白黒させて呆然とした。何を渡されたか理解すると、びっくり、喜び、感謝という流れを繰り返していた。
「仕事に必要なものだ。頑張れよ。」
俺はそう伝えて、少年と別れた。




