第103話 スラムの少年
(なにか事情があるのだろうが・・・)
俺は座り込んでしまった少年を見下ろして、にらみつけながら観察する。少年は恐怖というより、展開の速さについていけず思考が停止し、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。とても演技のようには見えない。
その場に座り込み、手足が小刻みに震えているが、息が荒い。恐怖というよりは興奮と驚きで体が上手く動かせないのか、立とうとする気配はない。それでも目を逸らさずにこちらを見ている。
(うーむ。人を脅すことに慣れている様には見えないな。)
あたりに他の住人もいるが、子供の喧嘩や揉め事は珍しくないのか、あまり関心を持っていないようだ。このままでは進展しそうもないので、こちらからきっかけを作る。
「でだ、これが欲しいと?」
話しながら、持ってきていた携帯食の1つである干し肉を出して見た。あまり美味そうなものでもないが、少年は余程腹を空かせているのか、干し肉に目が釘付けになった。
「やるつもりも、やる理由もない。分かるよな? しかも、俺はお前に脅されかけたわけだ。俺としては、これをやるどころか、何か償いをしてもらわないとな。」
この状況なら諦めても良さそうだが、少年は必死に何かを考えているようだ。しかし、考えがまとまらず、困ったような表情をしている。やがて少年は耐えられなくなったのか、若干涙目になりながら、今度は脅しではなく懇願してきた。
「すまなかった。なんでもするから。その食べ物をくれ。」
それなりの時間を待った結果の発言。あまりの捻りのなさに呆れるが、必死さは伝わって来た。必死になる事情も少し気になるし、脅されたこともある。どの程度の必死さなのか、少し条件を示して見る。
「ほう。この干し肉だけでなんでもすると? 俺が死ぬようなこと命じたら、どうするつもりだ。そもそも、何かできるのか?」
少年は首を振りながら答える。
「死ぬことはできないが、できることを言ってくれれば、なんでもする。どうしても、今すぐ食べ物が欲しい。」
少年はやせているが、そこまで体力が落ちているようにも見えない。それなのに表情や目があまりにも必死で、単純に腹が減っているという感じではない。その目に、やや気圧されるのを感じた。
理由が気になるし、持っている干し肉は貴重というほどのものでもないので、とりあえず渡して様子を見ることにする。
「しょうがないな。ほらよ。前払いでくれてやる。」
俺が干し肉を差し出すように前に出すと、少年は先ほど吹っ飛ばされたショックが残っているのか、恐る恐る手を伸ばして、慎重に干し肉を受け取った。受け取った干し肉をすぐ食べるでもなく、大事そうに持っている。
「ありがとう。すぐ戻ってくるから、ここで待っていてくれ。」
余りにも都合の良いことを言われて反応に困ったが、そう言われても信じられるわけもない。
「さっき脅してきた奴を、はいそうですかと信じられるわけないだろう? 家まで案内してもらおうか。」
少年は少し迷ったようだが、急いでいるようで頷いて案内を始めた。
・・・
少年はスラムの奥の方に進んでいく。このままついていくのは危険そうだが、何か仕掛けられるとも思えない。
(毒を食らわば皿までか。)
何かあっても、俺一人であれば全力で逃げればなんとかなるだろう。さらに暫く進むと、周りの家よりさらに酷い、家と呼んでよいのかもわからない廃屋があり、それが少年の家らしかった。
(・・・そういうことか)
少年の家は、屋根も壁も崩れかけており、覗き込むまでもなく中が見える。家の中には、少年よりも更に若い子供がおり、ぐったりと仰向けに寝ている。
少年は俺が渡した干し肉をその子供に差し出すが、元気がないようで食べようとしない。しかも衰弱している子供に、塩辛くて堅い干し肉は相応しくないだろう。俺はふぅとため息をつきながら、話しかけた。
「おい、待て。そんな状態で干し肉なんか食べたら、さらに悪くなるぞ。」
「じゃ、じゃあ、どうすれば良いっていうんだい?」
少年は振り返って泣きそうになりながら、助けを求めるような顔をしてくる。子供かっと言いたくなるが、実際に子供なので何も言えない。放って去るほど無情にもなれない。
「しばらくここで待っていろ。その子でも食えそうなものを用意してくる。お前はその干し肉を食べておけ。」
・・・
そう言い残して一旦宿屋に走って戻った。宿屋の受付で女将さんが丁度暇そうにしていたので、金を払って麦がゆを作ってもらった。作ってもらった麦がゆを、竹製水筒の口を広げたものを渡し詰めてもらう。
スラムの少年は、俺が約束通り戻ってきたのを、信じられないような顔で見ていた。
「麦がゆを持ってきた。これを少しずつ食わせてやれ。できれもこっちの水も一緒に飲ませろ。」
奥にいる子供は、少年よりも更に痩せている。外傷や目に見える症状はないので、栄養不足からくる体調不良に見える。そうであれば、あまり胃腸に負担が掛からないお粥などを食んで、元気を取り戻させることが最善だろう。もし、病気だったとしても薬などは持ち合わせていない。結局今以上の対応は取れない。
俺は麦がゆと水を入れた水筒を、少年の方に渡そうとしたが、少年は惚けて動かなかった。
「おい!しっかりしろ、お前がやらないとそいつは死ぬぞ。お前にはこの後、十分に働いてもらうから、前払いだ。」
そういうと、少年は気を取り直したのか、水筒を受け取り横たわっている子供に食べさせ始めた。子供と思っていたが、少年とあまり年齢は変わらないのかもしれない。痩せているため、小さく感じていたが背の高さはあまり変わらないようだ。
成長が悪く確証は持てないが、ボロボロの服でも胸を隠しているし、些細な動作に恥じらいを感じる。恐らく少女なのだろう。少女は、最初食べようとしなかったが、少年が何か話すと、少しずつだが麦がゆを飲み込んでいるようだった。
それでもあまり多くは食べられないのか、すぐに手が止まってしまう。少年は辛抱強く、麦がゆと水を飲ませていた。結局、6口食べた後、少女は疲れ切ったように寝始めていた。
「もう、その辺で良いだろう。いっぺんに食べさせない方が良さそうだ。残りは、起きたら食わせてやれ。麦がゆはあまり長持ちしない。余るようならお前が食え。」
少年は、また、泣きそうになりながら何度も頷いていた。正直、少年は脅し方もうまくなく、悪賢いようにも見えない。妹を見捨てない優しさもある。悪いやつではなさそうだが、今後もここで生き抜くには相応しくないようにも思える。
甲斐性もなく保護してくれる親もいないとなれば、与えたものを食べつくせば、2,3日後には元の状態になるだろう。俺は少女が寝付いたのを確認して、少年を外に呼び出して話をすることにした。
「事情はなんとなく分かったが、もう少し詳しく聞かせろ。親はどうした? そもそも俺からうまく食べ物を奪えたとして、奪うだけで生きるつもりでいたのか?」
少年は少し迷っていたが、やがてこれまでのことを話しだした。
話を聞いてみると案の定、少年の両親は既にいなかった。母親は妹を産んだ時に亡くなり、父親は数年前に傭兵として戦争に参加しに行ったきり、帰ってきていない。父親がもしもの時にと隠してあった貯金があったので、これまではそれでなんとか食いつないできたという。
半年前に貯金も尽き、それでもいつかは父親が返ってくると信じて、なんとか頑張ってきたそうだ。しかし、つい2日前、父親と一緒に傭兵をしていた人から、共和国の西に流れる大河の近くで大規模な戦闘があり、そこで父親は行方知れずになり戦死扱いとなったという話を聞いたそうだ。
妹もいるのだから、きちんと考えて上手く生きろと言いたいところだが、この少年には難しいように感じる。スラムの住人は、共和国からすれば不法滞在者の扱いなのだろう、当然のごとく炊き出しなどの支援は来たことがないとのことだった。
(さて、どうしたものかな。)
このまま見捨てるのであれば、最初から助けないのと同じだ。といっても、このまま施しを続けるのも違う。見捨てないのなら、俺が少年を雇い、生計が立つように面倒を見ることを考えべきかもしれない。
・・・
(ああ、きつい仕事だが、あれならやらせる意義があるな。)
「お前は、死ぬようなことはできないが、なんでもすると言ったな。食べ物は俺が2人分用意してやる。お前は明日から、死ぬ気で俺の指示に従って働いてもらうぞ。」
「2人とも食わせてもらえるなら、もちろん働くよ。頑張って役に立つから見捨てないで。妹も元気になればあんたの役に立てると思う。頑張るから。」
少年は何度も頷きながら、そういった。
「わかった。俺はリコルドだ。そう呼べ。」
俺自身も不安定な状況だが、これも何かの縁だ。2人の面倒は責任を持って必ず見る。とりあえず、少年の仕事を探さないといけないが、きつい仕事だがあてはある。せいぜい頑張ってもらうことにしよう。




