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第101話 大森林のエルフ

「それ以上進むのはおやめなさい。」


 調査のために森林に入ろうとしていた俺に、どこからともなく静止する声が聞こえた。ここで止まっては調査の目的が果たせないので、もう少しだけ踏み込んでみる。


「木材がどうしても欲しい。倒れている木でも構わない、譲ってもらえないだろうか?」


 あまり良い返事は期待できないと思いつつ、森に近づきながら会話を試みる。


「止まりなさい!それ以上進むのであれば、子供でも容赦できませんよ。」


 少し声のトーンがあがり語気が増す。期待はしていなかったが、やはり簡単には話を聞いてもらえそうもない。中々に美しい声だなと場違いな感想を持ちながらも、しらばっくれながらさらに踏み込む。


「国では木材が足りずに困っている。どうしても木材が欲しい。何か譲ってもらえる条件はないか?」


 できるのであれば安定的に木材を確保する流れを作りたい。これまでも誰かが交渉してきたはずだ。それでも上手く行っていない状況を考えれば、難しいのだろう。それでも何とか相手から交渉条件を引き出したい。


「サクッ」


 話をしながら森に近づこうとしたとき、風を切る音とともに俺の20cmくらい前に矢が突き刺さっていた。声が聞こえたと感じた方角とは違う角度から矢が飛んできたため、軌道は確認できなかったが、突き刺さった角度でおおよそ飛んできた方向が予測できる。


 予測した方向を確かめると、大き目の木の枝上に人の姿があるのを確認することができた。声の主だろうか、もしかしたら2人以上いるのかもしれない。


(恐ろしい腕前だ・・・)


 人がいる場所は100mくらい先だろう。アーチェリー男子の最大距離が90mなのを考えれば、それ以上の離れた所から狙った場所に当てられるのは相当な技術だろう。


 その人物は、腰までかかるようなホワイトブロンドの髪で、どことなく中性的な雰囲気がある。距離があるため、細かな特徴は分からないが、胸辺りには微かに女性的な特徴もあり、声質も含めると女性と考えてよさそうだ。年齢はここからではわかりにくい。


 声は上品さを感じるが、年齢の参考にできそうな要素はない。弓の技術の高さを考えれば、それなりの歳なのかもしれない。耳などの特徴的なところをは、残念ながら視認することはできないが、親方の言っていたエルフの一人ではないかと思う。


 持っている弓は大き目で、持ち主の体の大きさと比較してみると、恐らくロングボウだろう。ショートボウやクロスボウであれば、もう少し踏み込んでみてもよさそうだが、ロングボウだと熟練者の有効射程は300m弱あるはずなので、これ以上近づくことは難しそうだ。

 

 矢にも驚いたが、女性の姿が気になって足を止めてしまった。矢を射かけられた以上、これ以上無策で進むのは難しいが、交渉の糸口だけでも掴みたい。


「木材を欲しがっている人が多くいる。条件を提示してもらえれば、できる限りのことをする。木材を分けてもらえないだろうか?」


「帰りなさい。子供でも容赦しませんよ。人間がこの森に近づくのは認めません。」


 これまでも交渉しようとした人間がいないわけはないのだろう、こちらの話には一切乗ってこずに、テンプレのような言葉を続けているので、会話がかみ合わない。


(このままだと埒が明かないな。)


 少し切り口を変えてみる。


「国では木材が足りず、その替わりに石炭を使い始めた。知っているかもしれないが、石炭を今のまま使い続けると、大気が汚染されやがて酸性の雨が降るようになり、森が枯れる。それでも良いのか?」


 酸性雨の原因は、化石燃料の燃焼や火山活動などにより放出される二酸化硫黄(SO2)や窒素酸化物(NOx)で、石炭を多用する場合は特に前者の量が多くなる。これらのガスが大気中で化学変化を起こし、硫酸や硝酸となって降水に溶け込み酸性雨となる。


 正直なところ、今の石炭の利用状況では影響が出るのは当面先になるのだが、嘘は言っていない。


「・・・帰りなさい。人間がこの森に近づくのは認めません。」


 若干、間があったようにも感じたが、どうも取り付く島がなさそうだ。直球で聞くのではなく、子供のふりをして近づいた方が、ましな展開になったかもしれないが、今更だ。今日は諦めるしかなさそうだが、最後に予告だけして帰ることにする。


「わかった。今日は諦めるが、そちらが興味を引きそうなものを見繕って、またここに来る。話をさせてくれ。」


「帰りなさい。何度来ても答えは同じです。まだ留まるというのであれば、無事に帰れるかどうかは保証できませんよ。」


 俺の言葉に少し反応があったので、話は通じているようだ。今日はこれ以上、無理に話を続けても良いことはなさそうだ。


「わかった。また来る。」


 そう言って、一歩森の方面に踏み込み、刺さっている矢を拾ってさっと森から離れていった。


「あっ、こらっ。返しなさい!」


 動揺したのか、急に女性の言葉やトーンの印象が変わった、意外と若いのかもしれない。


「次来た時に返す。」


 俺は、後ろを振り向かずに、そう叫んで森から逆方向に走り続ける。攻撃される可能性もゼロではないので、しばらく全力で走り一気に距離をとった。


 結局、矢は、最初の1本以上射かけられることもなく、警告のみで済ませてくれたようだ。森林の木に関しては共和国との間で争いが起こっているそうだが、少なくとも積極的に攻撃したいとは思っていないようだ。そもそも人間側に被害が出ている主な原因は大型獣と聞いているし、それらをエルフが操っている証拠もない。


 大森林の調査については、今日はここまでだ。残念ながら、木材を確保できるようなチャンスはなく、森林の調査も大きな成果は得られなかったが、森林から木材を調達する際のキーマンになりそうな人材と関わり合いを持つことはできた。


 あまり攻撃的ではないことも分かったし、具体的な成果は得られなかったが、現状把握ということでは一定の成果と考えても良いかもしれない。しかし、このまま木材が安定的に調達できないと、石炭の利用が本格的になり、新たな環境破壊の種になりかねない。


 難しそうではあるが、明日以降も木材調達のために、引き続き調査や交渉を続けていくこととする。ねらっていた目的とは違ったが、ロバたちのえさ場としても十分使えそうな場所が見つかったので、それも成果ととらえることしよう。


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