第100話 大森林の調査
「あー。気持ちいい。」
王都の空気の悪さに辟易していた俺は、北門に近づくにつれ早歩きになり、最後は小走りとなった。門番に作りたての冒険者証と入国許可証を提示し、王都から逃れるように外に出た。
北門の外は、入国時に使った南側の門より閑散としており、スラムすら見当たらない。しかも北風の影響か、空気はかなりマシのようだ。比較的綺麗な空気にありがたみを感じながらも、このような状況になる理由を想像して、気を引き締める。おそらく大森林に出没する
という大型獣が理由なのだろう。
「あれが大森林か!」
北門から北方角に、あまり整備されていないが道のような跡がある。あまり使う人はいないのか、油断すると見失いそうになるその道を辿ると、さらに数キロ先だと思うが森林が広がっているのが見えた。
生まれてから、荒野と砂漠を中心とした風景ばかり見ていたため、久しぶりに見る大規模な森林は、目に入っただけでも心が動いた。感動のあまり、『しるし』を1つ取り出し、セルカにも声をかける。
「セルカ、この世界にも森が、しかも大森林が残っていたぞ。」
いきなり話しかけたからか、少し間があってから返事があった。
(・・・そうですね。私がまだ生きていた時代は、里の周りにも森林がありましたよ。ここまでではないですけどね。今はすっかり枯れ果ててしまいました。森がなくなるのは、結構あっと言う間ですから。)
セルカは俺に釘を刺すようにな返事を返してきた。あったはずの森林が枯れた原因の一つは、人による木の大量伐採の可能性がある。
「そうだな。俺は今から木材調達を目指すが、森林の保全には十分に気を付けるとするよ。」
それから少し、セルカと話をしてから、大森林に向かうことにした。
・・・
「これから森林に行って現地の調査を進める。余裕があったら、こちらの様子も確認しておいてくれ。なにか頼むかもしれない。」
(はーい。お気をつけて。)
最近は、何をやるにもセルカからは全く心配されない気がする。若干気が抜けたような気軽なセルカの声を感じながら、俺は大森林に向けて走り出した。
北門を出て、ロバのルシオとロシナンテとともに、いつものペースで走りながら北上していくと、すぐにまわりの風景が変わり始めてきた。大森林に近づくにつれ、緑が増えてきている。岩場などもちらほらあるが、緑の比率がこれまでない割合になっている。落ち葉や腐葉土などが南側に飛ばされてきて、土地に栄養が補充されているのかもしれない。
さらに走り続けていると、北に見える山脈から吹き降ろされる心地よい風が、共和国側に吹いてきており、周りの空気も綺麗にしている。
「空気がおいしく感じるなぁ。ルシオ、ロシナンテ」
「グーグーヒー」
ロバたちも同感だというような感じで返事をしてくれている。15分くらい走り続け、周りに雑草が多く生えていたところで少し休息をとる。ルシオとロシナンテは、休みに入ると雑草をむさぼり始めた。
「この辺の草は新鮮でおいしいのかもしれないな。うまいか?」
「グーグー」
食べる方に気を取られ気味だが、それでもロシナンテが返事をしてくれた。森林で木材の調達ができなくても、この辺まで毎日来て、ロバたちに食事を取らせても良いかもしれない。
(ロバたちはこの辺で自由にしておくか。)
木材が確保できればロバたちにも出番があるが、それまでは必要ない。ロバたちをこの辺りに放しておくのも良いだろう。頭の良さを考えれば、勝手に戻ってくるだろうし、『しるし』を首にかけておけば、行方が分からなくなっても、見つけることもできる。
「ルシオとロシナンテは、この辺りで自由にしていてくれ。」
「グーグーヒー」
そう言いながら『しるし』をロバたちの首に掛けると、こちらの意図を理解したように、返事をして草を食べ続けている。俺は休息を終え、ロバたちの様子を横目に再び北上を始めた。
・・・
さらに30分程度走ると、大森林はさらに近づき、はっきりと見えるようになってきた。大型獣がいるのであれば、十分目視できる距離だが、それらしきものは見当たらない。それでも慎重に周りを観察しながら進んだ方が良いだろう。
走るのをやめて、周りに意識を向けて歩きながら進んでいく。見晴らしが良さそうな岩などを見つけては、その上に『しるし』設置していき監視網も構築していく。
(近づくと、大森林の大きさが実感できるな。)
大森林は、共和国の北西から東にかけて広域に広がっており、さらに北や東を眺めても切れ目が見えない。かなり大規模な森林で、北側は山脈まで森が続いている。見える範囲の樹木は広葉樹が中心だ。森林に近づくにつれ、湿気が強くなった風が時折吹いてくる。王都とは違い湿気ていても心地よい。
大森林は、遠目には緑のじゅうたんのようで素晴らしく見えていたが、近づくにつれ、鬱蒼と木々が生い茂っているのが見えてくる。
(良くも悪くも、自然の状態だな。)
自然の大森林なので当然なのかもしれないが、管理されている様子はなく、木々が好き勝手に生えているのがわかる。地面には日の光が届いていない部分も多い。適度に伐採しないと光が森の中まで差し込まず、新しい木が成長できないので、多少は手を入れた方が良いと思うが、やむを得ないのだろう。
森の中には、不自然に木が切り倒された場所や、なぎ倒され横たわっている木々がところどころに散見されている。噂の大型獣が暴れたあとなのだろう。それだけ、木材の調達を狙った冒険者が訪れていた証左なのかもしれない。
なぎ倒された木々のうち、状態が良いものだけでも持ち帰れれば、木材調達としては成果を上げることができそうだが、そう簡単ではないのだろう。
俺は慎重に周りを確認しながら、少しずつ森に近づいているが、今のところまだ大型獣や噂のエルフの気配はない。
(この辺りの土地が有効活用できれば、収穫はかなり増えそうだが・・・)
大森林周辺はかなり多くの雑草も生えており、時々水源もある。戦闘の跡らしきところは荒れているが、それ以外の場所は緑が多い。土に力があり十分に畑が作れそうなので、定住する場所としては、稀に見る好立地のように見えるのだが、周辺には全く住居がない。作ろうとした跡すらないとなると、やはり大型獣が頻繁に現れ、襲われるリスクが高いのかもしれない。
(このまま、森の中に入ってみるか。)
さらに森に近づくと、風に含まれる緑の匂いがかなり強くなってきた。もう少し進めば、木の陰に入りそうな距離まで近づいたときに、どこからともなく声が聞こえた。
「それ以上進むのはおやめなさい。」
凛とした雰囲気の女性の声が聞こえてくる。声の主を探そうと周りを確認するが、見当たらない。不思議なことに、どこから声がしたのかもよくわからなかった。
警告は受けたものの、ここまできて何も成果がないと次に繋げることができない。リスクはあるがもう少し粘るべきだろう。大型獣とは違い言葉が通じるようだし、いきなり襲い掛かるようなこともない理性を持つ相手だ。
子供であることも有利に働くかもしれない。意思の疎通、あわよくば交渉をするために、覚悟を決めてさらに踏み込んでみる。




