第10話 天に召される日
いよいよ、俺が女神の国へと送られる日が近づいて来た。儀式の準備は着々と進んでいる。もう数日もしないうちに、俺は教会の地下に流れる地下水へと、木箱に入れて流されることになる。
今更じたばたしたところで、どうしようもない。これからのことを考えれば、足りないものはいくらでもあるだろうが、すべてを調達できるわけもない。欲張り過ぎてばれてしまえば台無しだ。
元々調達を予定のものは、すべて確保できている。唯一残っている竹も、入手したばかりのナイフを使って、良好な状態で確保できる算段も立った。
やはりナイフは素晴らしい。リスクを冒しても確保できて良かった。使用感も良く、鉄製のナイフなのだろう、切れ味も相当良い。どこかに流れ着くことができれば、これからもきっと役に立ってくれるはずだ。
俺は残されたわずかな時間を、細々したものの追加調達や、なるべくコンパクトしまう工夫などをしながら過ごしていた。
(本当に、このまま地下水に流されることが、最善だろうか・・・)
地下水に流された先が、全く分からない。行き止まりのリスクも十分あるだろう。俺は、残り時間が限られる中、このまま掟に従って地下水に流される以外の方法も、改めて検討してみた。
例えば、夜こっそり村を抜け出して、遠くに逃げる。実行難易度は低い。これまで、何度も家を抜け出して、調査をした限りでは、村の入り口には誰もいない。村から抜け出すことは、問題なくできるだろう。
だが、抜け出したとしても、村の周辺は、見渡す限り砂漠などが広がっているうえ、他に集落は無いと聞いた。当てもなく砂漠や荒野をさまよえば、準備した保存食が無くなる前に、水が無くなる。水を確保できる見込みがなければ、早々に干からびて動けなくなる。
例えば、商人など、人の行き来がある村であれば、小さい体を活かして、荷物に紛れることも考えられる。それができるなら、生き延びられる可能性は高くなりそうだ。
しかし、残念なことに、この貧乏な村には、その前提となるべき商人どころか、盗賊もこない。完全に忘れられているこの村では、その選択肢がそもそもない。
他にもいくつか想定して見たものの、結局、このまま地下水に流された方が、箱に荷物を隠せるうえ、水も確保できるので、マシだという結論となった。まあ、どちらにしても、ほとんど生き残れる可能性はない。
(もう覚悟を決めよう。)
頭を切り替えて、この酷い掟のある村からの脱出と捉えれば、幾分ましな気分にもなる。脱出経路は地下水で、成功のカギとなる最も重要なものは、船型の木箱だろう。
その木箱は、母親が毎日コツコツと一生懸命作成しており、数日前には既に完成していた。 意外な才能があるようで、立派な船と言っても良いものができあがった。もし、村に手先の器用さが必要とされる、細工師などの仕事があれば、うちの母親は定職に着けたかもしれない。
完成した箱は、家にある祭壇、というには質素だが、そこのうえに飾られている。木と木の継ぎ目は、ぴったりとして隙間がなく、それだけでも浸水の可能性も低そうだ。それでも念を入れて、もう一工夫。隙を見て、箱の中から、継ぎ目に粘土を詰めておいた。
箱の大きさは、俺が余裕で入れるサイズになっており、調達したものを隠すには十分だ。角度によっては棺桶に見え、縁起が悪そうなのが玉にきずだが・・・
調達したものは、儀式の前日、深夜にこっそり箱に入れる予定だ。それなりに重くなるはずだが、儀式の際には、俺が入った状態で、家から運び出されるようなので、気づかれる可能性は、やや軽減されるだろう。
あくまで軽減されるだけで、当然確信は正直無い。気が付かないことに賭けるしかない。 あれに神頼みするのは業腹ではあるが、ここはすがっておこう。
(後は・・・)
既に人事は尽くしたと言う満足感があり、俺自身の覚悟はもう決まった。だが、残していく母親のことは気がかりだ。
母親の精神状態は、箱を作り終えてから、表情は暗いが安定しているように見える。一時期、躁うつ病に近い状態になりかけていたが、落ち着いてきているようだ。
内心は穏やかではないとは思うが、既に諦めの気持ちが強くなっているのだろう。短い期間ではあったが、俺を産んで、辛い思いをしながら懸命に育ててもらった恩がある。残念ながら、恩返しはできそうもないが、せめて、できれば早く忘れて、幸せに生きてもらいたいと思っている。
時間が与えられたなら、成長して親孝行に勤しもうと思っていただけに、この状況は正直残念だ。前世の知識を活用して、母親には楽な暮らしをさせたかった。だが、ここに至っては、もう手の打ちようはない。
生き残ることができれば、まだチャンスはあるかもしれない。今は、俺自身が生き残るために、全力を尽くすことにしよう。生き残れて初めて、次のことを考えることができる。
しかし、母親はこれまで十分に、できる限りのことをやってくれたのに、父親はどこにいったのだろうか。母親には感謝しかないが、父親がもし生きているのであれば、事情はどうあれ、直接怒りをぶつけたいところだ。
村の状況を考えると、離婚したとも考えにくい。母親から聞けていないのだが、もう亡くなっている可能性も十分ある。それはそれで残念ではあるのだが、その方が納得いく。
・・・
もう、俺がこの村でできることは、なくなってきている。調達したものは、既に木箱に積み込んだ。
母親の口癖はいつも通り。残される母親のことが、どうしても心配になる。何か少しでも、母親の心を軽くすることができないだろうか。そう考えた末に、書置きをすることとした。
2歳の子供が書置きをすることには、違和感しかないのは分かっている。分かっているのだが、何かを残したいと思った。すぐには見つからないようなところに、こっそりと簡単な書置きをしておいた。
俺が書いたと思えないかもしれないが、少しでも心が軽くなってくれるとよいなと思いながら。
(もし、生き残れたら、いつかこの村に戻ってこよう。)
・・・
ついに儀式当日になった。
母親は俺を大事に抱きかかえ、箱の中に優しく入れる。時折、しずくが落ちてくるが、俺は終始、寝たふりをしていた。
時間になると、複数の人の気配が近づいてきた。子供が入った木の箱は重いため、さすがに複数人で持ち上げて運び出すようだ。木箱がふわっと持ち上げられる。
「ずいぶん重いな」
その呟きにビックっとしたが、幸い箱の中を調べられることはなかった。そのまま持ち上げられ、俺は、教会の地下にある地下水の前まで運ばれていった。




