第1話 終わりかけた異世界で継続可能な暮らしを目指します
それなりに長い時間を生きてきた。
若いころは世の中の矛盾に対して強い怒りを感じ、何か変えられるのではないかと、環境問題や政治問題の本質に迫ろうとした熱意は、既に遠い昔だ。年齢を重ねたことで、ある程度調べれば、問題の背景や改善が進まない理由が透けて見える。
やがて怒りは、徐々に本質を理解したという言い訳で消え去り、結局、行動を起こすこともない。いまだ、問題は改善すべきだという想いがかすかに残っているが、諦めの気持ちが強くなっていく。
人間は結局、自身が切実な状況に直面して、自分事にならなければ変わることはできない。今でも十分に幸せだし、必死になって変える必要もないだろうという、もっともらしい言い訳にすがっている。想像力が足りないだけなのに、自分事として捉えることもできず、結局行動を起こさない自分自身を正当化しながら、どこか諦観の念でニュースを眺めるようなことが多くなっている。
生活面でも大きな理想や希望を持たずに生きてきたこともあり、特に不満もない。それなりに幸せを感じていた。一度入った会社に、もう20年以上も勤めている。それなりに能力があったため、新規事業の企画や新技術導入の取り組みを任され、自分なりに成果を出して満足していた。
ただ、ふと振り返ってみると、成果は口がうまい上司に奪われ、出世は俺が働いていたときの上司のみという状況が、繰り返されていることに気が付く。真面目にやっていれば、誰かが認めてくれるということは、幻想でしかないことは十分に理解したはずなのに。それでも積極的にアピールしてまで出世する気にもならず、そういうものだと、また言い訳をしながら諦めて日々を過ごすようになっていた。
今日も仕事を片付け、家でニュースを見ている。
思い出したように、何度も繰り返される異常気象や環境問題の報道を、いつものことと思いながらぼんやりと日常をすごしていた。
・・・
そんなとき、いきなり周りが閃光に包まれ、数秒後ブラックアウトした。急激な変化に、ドキッと珍しく心臓が跳ね上がったが、稀に起こる停電のたぐいだろう、近くに雷でも落ちたのかもしれないと考えていた。
疲れていたこともあり、しばらく動かず、暗闇の中で目を開けてぼんやりとしていた。10秒、1分・・・、10分は経ったのではないか。しかし、いつまで待っても明かりがつく様子はない。周りに見渡しても、完全な漆黒の闇のままであった。
(なにかおかしいな。)
都会とは言い難い場所に住んでいるので、周りが静かなことは珍しくない。
が、あまりにも静かすぎる。静かというより、音が全く聞こえない、闇で無音が続くため、流石に気になってきた。
そろそろ目が慣れて、少しは周りがぼんやりと見えてもよさそうだが、相変わらずの闇。あまりにも状況に変化がないので、部屋の構造を想像しながら立ち上がり、ゆっくりと手探りをしながら扉の方に歩いた。
・・・
(やはり、おかしい。)
そこに当然あるはずの扉や壁に、いつまで進んでも触れることがない。暗闇での距離感のズレかとも思い、手で回りを探ってみたが、一向に何かに触れる気配がない。
(これは流石におかしい。さっきまでいた俺の部屋じゃないのか?)
違和感が恐怖に変わりかけたころ、相変わらずの漆黒の闇の中、かすかな声が聞こえてきた。耳から聞こえる声であれば、もう少し早く気が付いたと思う。声は耳からではなく、頭の中から、頭に直接響くように聞こえているようであった。
「聞こえますか・・・、聞こえますか・・・、聞こえますか・・・」
頭の中の声に対して、どのように答えていいのかわからず、大声を出してみたが、伝わった様子はない。聞こえているけど、こちらの声が伝わらないぞと、若干怒りを込めて考えたとき。
「ああ、よかった。聞こえているようですね」という声が頭に響いてきた。
頭に響く声をはっきり認識すると、とても心地いい。自分の好きな声優の、それも一番好きな声で囁かれている感じがした。好みの声に、年甲斐もなくワクワクしながら、ビジュアルもかなり期待できるのではと、ふと想像していた。
「どうか、助けてほしいのです。」
その麗しい声は心地よく響いてきた。