6 怒りの衝動
フェルナンドが閨事を求めるのであれば、宰相の計画を進めるべきだ。王になった以上、後継ぎ問題を避けて通るわけにはいかないのだから。
自ら相手を選はない王に代わり、宰相が三人の令嬢を選び出し、王妃候補として王城に招かれた。セラフィナは宰相が進める縁談を見守ることにした。
三人は王妃であっても側室であっても王と共にあることを望む者だった。国母となるべくそれなりに確かな家柄と教養、覚悟を持つ者達。三人それぞれに城の中に部屋が与えられた。
本命がいないまま側室相当となった三人を、フェルナンドも受け入れた。
初めは各部屋を回って話を聞き、王城に置くにふさわしいか、自分と相反しないかを確認した。宰相の人選は抜かりなく、フェルナンド自身も王としての義務と男としての欲求を満たすため、定期的に夜を共にすることになった。
王が訪れる時にはセラフィナが妃候補の部屋に守りの魔法を張り、薄衣をまとった妃候補が毒や刃物を持っていないか念入りに確認した。
どの者もつつましく王の訪れを待っていた。フェルナンドは触れた肌がつややかで柔らかく張りがあるのに驚いた。女とはこんなに柔らかく、肉付きの良いものだっただろうか。甘い香りを放ち、薄手で手触りの良い夜着をほどけるに任せ、貞淑さを見せながらも誘い事を忘れない。三人が来る際に学んだ閨の作法も存分に試し、奔放に乱れていく姿を見て、どういう訳か心の奥が白んでいった。
事が終わると、眠る相手をそのまま残して自身は自室に戻った。どの妃候補の部屋でも眠ることができず、一人天井を見ているのが苦痛だった。かといって自室に招く気には到底なれなかった。目覚めた時に共にいたいと思う相手。そんな存在などフェルナンドにはいなかった。
三人のうちの誰を王妃とするか決めかねているうちに二月が過ぎ、うちの一人が騒ぎを起こした。
王の通いが最も少ない妃候補のクリスティナが侍女に八つ当たりをし、嫌がらせをするのを見とがめたセラフィナに食ってかかったのだ。
セラフィナは冷静に相手が落ち着くのを待ち、あえて刺激しないようにしていたつもりだったが、一度火がついた女のヒステリーはなかなか治まらなかった。
「何よっ、陛下の寵愛を得られない私をバカにしてるんでしょう! 私の後がまを狙って引きずり下ろそうとしてるのね! 平民の、たかが魔法使いの分際で!」
いつの間にか、怒りの矛先がセラフィナに変わっていた。これもただの八つ当たりだと言うことくらいわかっていた。しかしそれをたまたたま通りすがったフェルナンドが聞きつけ、顔を歪めた。そして
「その女を追い出せ」
と言った。それは大いに問題だった。
王の通いのあった女を地下牢に入れることはできない。王の子を懐妊していないとも限らないのだ。セラフィナは今いる部屋での謹慎を命じ、懐妊していない事が判明すれば城から下がらせることにした。
しかし今度は宰相が、一度城に上がり王と関係を持った女が城から下がることなど許してはならないと、ものすごい剣幕で怒鳴った。
愛されていないと嘆き、荒れていく者をこのままこの城に残らせるなど、セラフィナには信じられなかった。
王の命にも躊躇し、宰相の命にも納得しないセラフィナを見て、宰相はふと考えた。
宰相は女であるセラフィナが王の側近になり、常に傍に控えているのが気に入らなかった。王と間違いでも起こそうものなら、貴族でもない女から次の世継ぎが生まれることもあり得る。そもそも王が他の女に関心を抱かないのは、この者のせいなのではないか。
守りの力は確かだが、平和になったこの国ではもはやこれほどの力は必要としていない。機会があればこの者こそ城から追い出すべきだ。そこに巡ってきたこのトラブルは、ある意味チャンスだった。
三日が過ぎ、セラフィナは朔日の守りの魔法の補強を終えるとすぐに、面倒を起こしたクリスティナのことをもう一度フェルナンドに尋ねた。
「クリスティナ様も反省していらっしゃるようですので、今回は」
「あの女が反省などするものか」
王の決断は、セラフィナに全てを語らせなかった。いつもならそこで従うところだったが、今回はそういう訳にいかない。せめて一月ほどでも待機してもらわなければ。
「陛下と交じりのあった者です。子を成していないと確認する間だけで構いませんので」
「子ができていたら、そのまま留め置くのか」
「それは…」
「王の血を引く子が外に漏れるのを恐れるなら、あの女ごと始末すればいい」
冷たく言い放つフェルナンドに、セラフィナは心の奥に痛みを感じた。
「陛下、それはあまりに」
「くどいっ」
珍しく食い下がるセラフィナにフェルナンドの言葉は荒ぶれていった。
「セラフィナ様、出過ぎた真似ですぞ」
宰相は自分が呼び寄せたクリスティナへの処罰でありながら、セラフィナが追い込まれているのを見て、あえて王の味方をした。
「あなた様は黙って王の指示に従っていれば良いのです。王に気に入られていることに甘え、王の言葉に従えないとは、少々奢っているのではないですかな。あなた様こそ、少し王から距離を置くべきでは?」
宰相の言い回しに、セラフィナは察した。
元々自分は王城にふさわしい者ではない。王を狙う者も少なくなり、王は新しい家族を得ようとしている。そろそろ王城を離れる頃合いだ。
しかし、本当に今離れていいのか。まだ迷っていた。
まだ誰も自室に入れることもできず、一人うなされながら眠る王を思うと、もうしばらく傍にいて…
自分の心の中に湧いたその言葉に、自分の中の願いに気がついた時、セラフィナは自分の過ちに気がついた。
傍にいたいなどと、おこがましい。フェルナンドは自分が支えなければいけなかった王子ではない。この国の王なのだ。
もう、恐怖を消し去る魔法から卒業し、恐れを受け止めなければ。
「陛下、怖がることはありません。あなたは愛されていいのです。どうか心を凍らせることをやめて今一度周りの者を」
「うるさいっ」
怒りのままにフェルナンドは剣を振るった。
自分の剣の攻撃など、防御魔法ではじかれるもの。
しかし剣はセラフィナの胸を貫き、そのままセラフィナは床に倒れた。
宰相は震え上がり、傍にいた側近達もとっさに動ける者はいなかった。
フェルナンドは自分が刺した相手を振り返ることもなく、
「とっとと捨てておけ」
とだけ声をかけると、その場を立ち去った。