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5 夜の守り人

 フェルナンドは三つの国を併合した新たなアグアド王国の王となった。

 しばらくの間国は荒れ、命を狙われることもあったが、王の守りは万全で、やがて反対勢力は粛正された。王の命を狙った者はその場で討ち取られ、王を追い落とそうとする者はもくろみが発覚され次第命を落とした。国が落ち着くには二年近い月日が必要だったが、やがてソシアス王国との戦争の前のような日常が戻ってきた。


 やがて、行政を司る役人達が王城で力を伸ばしてくるようになった。

 元々魔法騎士団で厄介者扱いされてきた四人の魔法使いは、王の下で一新された騎士団でも、国政を司る者にもよく思われておらず、アグアドの王城は居心地の悪い場所になった。

 やがて中傷や嫌がらせに辟易し、王城に留まることに嫌気が差した魔法使い達は自ら進んで東の辺境や旧ソシアス王国の王都、北の国境へと、自分たちの気の向くまま、新たな土地へと旅立つ事を決めた。国を出てからあれだけ共に戦いながらも、王は引き止めることもなかった。


 そんな中、一人セラフィナだけが城を出る決意を鈍らせていた。

 まだ王を狙う者はいなくなったわけではない。もうしばらく守りの力は必要だと思えた。

 平穏になったこの国で、王が怒りのままに人を殺める事のないよう見守らなければ、人々からの信頼は得られず、いつまで経っても王の命を狙う者は出てくる。今でも眠れない夜を過ごす王が平和を受け入れ、心を凍らせる魔法を解く日が訪れるのを待つ。それは魔法を授けた自分の責務だと思っていた。それもそう遠い事ではないだろう。

 三人はセラフィナを気遣い、いざというときは駆け付ける約束をして王城を去った。


 他に執行人を継ぐ者はなく、王のたった一人の執行人となったセラフィナは、時々王が癇癪を起こし、怒りのままに自ら手を下そうとするときには防御魔法で相手を守り、執行人である自分の手で処分を下すため、地下牢へと連れて行った。

 そして三日後には王に問いかけ、心が凪いでいたら刑を軽くし、王の怒りが揺るがぬ時は刑を執行した。王に危害を加えようとした者は容赦なくその場で刑を執行し、いつまでも王に悪態をつく者は例え王が怒りを忘れていようとも地下牢から出るときには冷たくなっていた。

 王に意見するセラフィナにフェルナンドが怒りを見せることもあったが、フェルナンドがセラフィナの守りを破れたことはなかった。

 堅い防御魔法を突き抜けられない剣を静かに見やり、

「まだまだ私には勝てないようですね」

 そう言われると腹は立ったが、フェルナンドは自分を守る者の確かな強さに

「ふんっ」

とだけ答えて、後は不問とした。



 しばらくすると、宰相が王に婚姻を勧めるようになった。

 フェルナンドは乗り気ではなかったが、こればかりは仕方のないことだった。併合した三つの国の王とその子供を殺害したせいで、今や王を名乗れる者はフェルナンドしかいないのだ。国を守るには跡継ぎを得ることも王の任務だ。

「お気に召した令嬢を、まずは三人お選びください。すぐに妃にする必要はありません。時間をかけ、お選びいただいたので構いません」

 山のように積まれた釣書を見て、フェルナンドは敵軍を見つけたときのように低いうなり声を上げた。


 二月経っても一人も選ぼうとしないフェルナンドにしびれを切らした宰相が、高位貴族の中から王との縁組みに積極的な家の令嬢を呼び出し、王の部屋へと導いた。

 王の部屋の隣には王妃の部屋があり、扉でつながっていたが、その扉は鍵がかけられ、フェルナンドが王になってから一度も開いたことはなかった。その扉を使い、令嬢は王妃の間から王の部屋を訪れた。

 しかし、フェルナンドは令嬢が自分の部屋に踏み入るのを許さなかった。

 ノックの後、開かないはずの扉を開け、王の部屋へと一歩踏み出そうとした令嬢に普段見せないほどの激しい怒りを向け、その恐ろしさに腰を抜かした令嬢に剣先を突きつけ、今にも刺し殺そうとしたところを駆け付けたセラフィナがギリギリ防御魔法で守った。

 令嬢は我に返ると、悲鳴を上げて逃げ出した。

「何故あんな奴を守った」

 フェルナンドはセラフィナに剣を向けた。セラフィナは動じることなく、

「王が直接手を下してはなりません」

といつものように王をたしなめた。しかし、フェルナンドは

「では何故俺を守らなかったっ」

とセラフィナを責めた。

 それは意外な言葉だった。令嬢は部屋に入ろうとしただけだ。先触れがなく、思いがけぬ扉から入ろうとしたとは言え、入室前にノックをし、襲いかかってきたわけでも、急に走り込んできたわけでもない。しかも相手は非力な令嬢だ。飛び道具を持っていたとしてもよほど訓練を受けていなければフェルナンドの敵ではないし、そんな相手だったらセラフィナの守りの魔法で王城に入ることすらできなかっただろう。

 それでも、謝るしかなかった。

「申し訳、ありませんでした」

 片膝をつき謝罪したセラフィナをそのまま放置し、フェルナンドは自室へと戻ると二室をつなぐ扉を再度施錠し、その前に家具を移動させ、二度とその扉が使えないようにした。

 そして

「今後この部屋に入る者は容赦なく切る」

と言い残し、自室の扉を閉めた。


 その夜、フェルナンドを襲った悪夢はこれまでの比ではなかった。

 室外に漏れ聞こえてくるほどのうなり声にも、フェルナンドは入室する者は切ると宣言しており、誰も立ち入ろうとはしなかった。

 セラフィナは自身の魔法を信じ、フェルナンドの部屋に入った。

 苦しむ王の声を聞かせないよう、王の部屋を守りの魔法で包んだ。そしてうなされるフェルナンドの額に手をやり、いつものように緩やかに守りの魔法を心の中の闇へと向けて注いだ。

 少しづつ呼吸が穏やかになり、ゆっくりと眠りに落ちていくフェルナンドが、突然、額に当てたセラフィナの手を掴み、力尽くで引き寄せた。

 とっさに何があったのかわからなかったが、気がつけばフェルナンドの腕に拘束されていた。

 まだ息は荒く、すがるように、しがみつくようにセラフィナを抱きしめ、震える姿に、セラフィナは警戒を解き、そっと両腕で包み込んで背中に手を当て、フェルナンドが落ち着くのを待った。


 どのくらい経ったか、徐々に腕の力が抜けていった。ようやく眠ったと安心したセラフィナがその腕から抜け出そうとした途端、フェルナンドはもう一度セラフィナへの拘束を強め、唇に触れてきた。初めは肌が触れた程度の重なりだったが、離れようとするセラフィナを追うように次第に強く押しつけられ、ゆっくりとうごめいていく。朦朧とし、自分の相手が誰ともわかっていないだろうフェルナンドを無理矢理目覚めさせることを選ばず、やがて眠るだろうその時を待ちながら、気がつけばなされるがまま、優しく深まる口づけも、赤子のように乳房を求める手も、全てを受け入れていた。人を殺める時のような激しさはなく、こわごわと触れるその手は出会った頃の少年を思い出させた。あの時、守り抜くと決めた孤独な王子に…。


 夜伽を経ていつになく深い眠りについたフェルナンドは、穏やかな顔をしていた。

 出会ってからこんな風に無防備に眠る姿を見たことがあっただろうか。自分が起き上がってもなお目覚めることのないフェルナンドをセラフィナはじっと見つめた。

 しかしこれは許されないことだ。セラフィナは側室になりたいのではない。自分は王に仕える側近だ。これからもフェルナンドを守る者でいなければならない。

 セラフィナは自らの服を整え、フェルナンドにより深い眠りを与えると、閨に残る痕跡を全て消し、そっと王の部屋を立ち去った。


 目覚めたフェルナンドは、不思議な心の安らぎを感じ、そこにいたのは自分一人だった事に妙な違和感を覚えた。誰かがいたはず、そう思うのだが、それが誰なのか思い当たらなかった。

 応接室に向かう途中、王城の広間で吹き抜けの天井を仰ぎ、天に手を差し出して立っているセラフィナがいた。

 声をかけるのも躊躇するほどの緊張感を持ち、祈りのように魔法を放つその姿は、これまでずっと傍にいながら、見たこともないほどに清らかで、美しく見えた。

 フェルナンドに気がつくと、一瞬戸惑いを見せながらも片膝をついて控えた。

「守りの魔法か」

 フェルナンドが聞くと、

朔日(ついたち)ですから。…この城の守りを補強しました」

 ソシアスの城でも、月に一度守りの魔法がかけられていた。

 この城に向けられた魔法攻撃を無効とし、許可のない者の出入りを許さない。

「相変わらず見事だな」

 そう言ったフェルナンドは、昨日のことは覚えていないようだった。セラフィナは思った通りに事が運び、安堵とかすかな落胆を覚えた。

「王の部屋にも守りの魔法を仕掛けました。安心してお過ごしください」

「そうか」

 フェルナンドはすっかり落ち着いていた。それを見て、少し早いかと思いつつも昨日のことを尋ねてみた。

「昨日の令嬢は、王のお相手として指名を受け、王に(まみ)えようとした者です。害をなす者ではありません。驚かれたこととは思いますが、何とぞ…」

「…わかっている」

 思いのほかあっさりと許しが出た。

 セラフィナはほっとしたが、気が緩み、二重の守りを施した疲れも重なり、少しふらついた。フェルナンドはそれに気づき、一瞬手を伸ばしかけたが、すぐに立て直したのを見ると気にも留めずその場を立ち去った。


 王の許しを得て、セラフィナは令嬢とその家の者に咎めがないように動いた。


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