4 報復
その後二年が過ぎてもフェルナンドがアグアド国に戻る様子はなかった。
戴冠式もなされていないが事実上ソシアス国の王であり、そのまま統治するのかと思われたが、ある日突然進軍の噂が立った。そしてその噂がアグアド王国まで届くより早く、ダレス国への侵攻は終わっていた。
ダレスを打ち破ると、フェルナンドは三年ぶりにアグアド王国に帰還した。凱旋する軍は出発時とは比較にならないくらい大きな軍となっていた。アグアドの民が見守る中、王城へと向かったフェルナンドは真っ直ぐに謁見の間へと向かった。その手には一抱えほどの献上品が入った箱があった。
玉座に着く父王と王妃エデルミラ、そのすぐ側に立つ弟アルフレド。
フェルナンドが戦う間、この三人は変わることなく王城の中で平穏に暮らし、茶会を開き、夜会に興じていたと聞いていた。
「ご苦労だった。あのソシアス王国を手中に収め、統治が進んでいると聞いた。我が国も安泰だ」
あれほどまでに自分に関心のなかった王が、満足げな笑顔で出迎えた。その横で不機嫌でいて、それでいて不安げな様子を見せるエデルミラ。情報を遮断したが、ある程度の情報は得ているのだろう。逆にアルフレドは兄にも他国侵攻にも全く関心がないようだった。
「本日は手土産を持って参りました」
フェルナンドは手にしていた箱を王の側近に渡した。
側近は、王の前に箱を置き、蓋に手をかけたが蓋が浮いただけで猛烈な悪臭が漂った。
「こ、これは…」
蓋が開かれると、そこには髪の毛が見えた。
「ひ、ひいいっ」
蓋の内側には赤いシミがついていた。思わず側近は蓋も箱も放り投げ、腰を抜かして足で床を漕いで箱から離れようとした。側近の足が箱に当たると、箱の中に入っていたものがごろりと転がり出てきた。
「きゃああああっ」
周囲にいた者の切り裂くような悲鳴が響いた。
「いやああっ、お父様っ、…お母様ああああっ!」
エデルミラは悲鳴を上げ、椅子から落ちた。
そこにあったのは、ダレス国王と王妃の首だった。
「ダレス国も手に入れましたので、そのご報告に」
「あ、あなたという子は、何て、何てことを…」
取り乱すエデルミラを見下ろし、あれほど自分を虐げていた者が慌てふためく姿を目にしても笑うことさえなく、フェルナンドは淡々と語った。
「ソシアス王をそそのかし、我が軍と戦わせたのがあなたとこの首の持ち主だと言うことはわかっています。必要のない戦争を引き起こし、兵や民が死ぬことになったのも、あなたがたのせいだ。だからこの首の持ち主には責任を取ってもらいました」
そう言うと、フェルナンドはゆっくりとアルフレドの元へと歩み寄った。謁見の間でありながら剣を身につけて入室していることに王も王妃も気がついていなかった。
「お、おお、おじいさま、おばあさまを、こ、殺すとは。兄上、気でも狂ったのか」
震えながらフェルナンドを見上げ、後ずさっていくアルフレド。
「…いたって正常だよ。これくらい戦場では日常だ。それにこれは私の祖父母ではない。私の命を狙った敵だ」
そして少しの迷いも見せず、弟アルフレドの心臓に剣を突き刺した。
狂ったように悲鳴を上げ続け、アルフレドの元に駆け寄るエデルミラの額を切りつけ、我が子を放って逃げる髪を切り落とし、三振り目で首に刃を突き立てた。
父王は目の前に横たわる王妃と王子に我を失い、震えながら椅子にもたれ、そのままずり落ちると、後ずさりしながら必死で命乞いした。
「ま、まままま、まて、お、王位を譲ろう。おまえが望むなら、わしは引退して離宮で暮らす。お、王妃と、王子を、手にかけたことは、つつ罪に、と、問うまい」
「罪に? 私に何の罪が? 先に手を出したのは王妃だ。私を殺すために大がかりな舞台を用意してくれた。そのおかげでソシアス国を得たとあなたは喜んでいた。…私の死を望んでいたのではないと知って驚いたくらいだ」
死んだ王妃にも王子にも手を伸ばすことなく、自身の命乞いをする王に、フェルナンドは妙に気持ちが冷めていくのを感じた。振り上げた剣は父王の右耳をかすめて床に突き刺さり、そのまま王は失禁し、気絶していた。
剣を抜くと血を振り落とし、鞘に収めたフェルナンドに、すぐ側に控えていたフリオが声をかけた。
「あなたが剣を振るうのはここまでです。王となった今、刃を振るうのは側近である我々の仕事です」
ソシアス国でもそうだったように、王族殺しが終わると、王自らが人を殺めることは周りが許さなかった。そしてアグアドでも王に代わり、王の怒りを買う者の懲罰の執行を四人の魔法使いが担った。
離宮に逃れた父王はしばらく呆けていたが、エデルミラを支持していた侯爵が離宮を訪ねた後、自らの復活を家臣に打ち明けほくそ笑んでいた。しかし謀反を企てた侯爵一派が返り討ちに遭ったその翌日、急な病で息を引き取った。