2 初陣の恐怖
フェルナンドの率いる軍には四人の魔法使いがいたが、魔法騎士団の中でも癖が強く、あまり評価の高くない者が集められていた。
火の魔力を持ちながら水のあるところでしか魔法を使えないシラノ。人を縛るほどの力も出せぬ蔓魔法使いフリオ。土魔法使いでありながら泥遊びをしているとしか思えないホセ。そして紅一点のセラフィナもまた人一人倒すこともできない程度の攻撃魔法しか使えず、どの者も大して役に立つとは思えなかった。
しかし戦いが始まると、その評価がいかに不当だったかがわかった。
シラノはわずかな水をもとに火の大魔法を繰り出し、フリオの細い蔓は針のように突き刺す攻撃で神経を襲い、毒を放つ。ホセの手が地面を突くと大地は沼に代わり、敵の兵を意のままに飲み込んでいった。セラフィナも確かに攻撃魔法は苦手だったが、それを補って余りある防御魔法の使い手で、フェルナンドはもちろん、味方を広範囲に守り、複数の防御も並列して繰り出した。四人共魔法騎士団ではその力を伏せていただけだった。魔法騎士団で求められる正統派の「ちゃんとした」魔法は使えず、邪道と呼ばれようと、型にはまらず自らの判断で自由に技を繰り出すことを許せば力強い味方となり、次々と敵の兵を散らしていった。
四人は自分に対する評価をあまり気にしていないようだった。四人はかつてダレス王国と敵対していたカスカーダ国の出身で、エデルミラに嫌われ、不当な評価を甘んじて受けていただけの優秀な魔法使い達だったのだ。
四人の魔法使いに守られ、フェルナンド自身はかすり傷一つ負うことはなかったが、それでも実戦で初めて人を切り、浴びた返り血は恐怖でしかなかった。
食事も喉を通らず、どこに敵が潜んでいるかわからない不安で眠ることもできなかった。前線でなくても緊張感は途切れず、過呼吸を起こして倒れそうになることもあった。
「私が必ず殿下をお守りします」
セラフィナの言葉にフェルナンドは頷いたが、震えを止めることはできなかった。しかし自らに注がれるセラフィナの守りの力を感じるうちに、やがて戦場にあってもわずかな時間なら眠りにつくことができるようになった。
寝床で震えながら、フェルナンドはセラフィナにつぶやくように言った。
「勇気が欲しい…。何も恐くなくなる強さが」
「殿下、恐さを知らないことは強いことではありません。恐さを知りながらも、それに打ち勝つことこそ真の強さかと」
フェルナンドはセラフィナの言葉を正しいのだろうとは思ったが、恐怖と戦い続ける毎日に、それを受け入れることはできなかった。
セラフィナは恐怖を消すことを良い方法だと思わなかったが、日々憔悴していくまだ年若い王子の心の疲れを心配し、恐怖で衰弱し何もできないまま死を迎えるよりも、生きる意欲を取り戻すことを優先することにした。
「少しだけ、恐さが和らぐ魔法をかけましょう」
セラフィナがかけたのは小さな魔法だった。恐怖心を抑え、体の硬直を解き、冷静な判断力を取り戻すための。
しかし、セラフィナは知らなかったが、フェルナンドは魔力を持っていた。セラフィナのかけた小さな魔法をきっかけに自分でも気付かぬうちに術を何倍にも膨らませ、自身を呪うようにかけた魔法は、フェルナンドの心を完全に凍らせた。
翌日からフェルナンドは何をも恐れぬようになった。兵だけでなく、子供や老人であっても人を切るのに躊躇しなくなり、士気が上がらないときには自ら前戦に出て戦うこともあった。
王子自ら率先して兵を率いる姿に次第に軍は活気づき、更には自身の味方であるはずの王子に怯えるようになり、エデルミラの画策で出来の悪い兵の寄せ集めだった軍は次第に統率力を増していった。
フェルナンド率いるアグアド王国軍の進捗は、王城にもたらされることはなかった。
エデルミラは、二月もかからず軍は全滅し、フェルナンドは自身の母親の国の者に殺されると踏んでいた。自らの親戚に殺されるのなら本望だろうと。だが、良い情報も悪い情報も入ってこず、送った間者は誰も戻ってくることはなかった。