EP3 近藤哲の夢 ワイはこの異世界でパンを焼くぞい! お、お嬢様ぁ!(怒)
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______異世界の事はちょっと分らねぇワイだが、地球ではその昔からパンづくりは、パン屋と教会や修道院、一部の貴族に許されていたというぜ。
ところでよ、ワイが異世界の貴族社会で食べる朝食なんだが、実は日本の午前9時から11時くらいだったのには、びっくらこいたものさ。
『そんなに飯は遅せぇのか?』
奇遇と言えば、全てが地球の中世から近代貴族文化とほぼ同じだった事だ。しかし転生した哲が、異世界の文化を知る筈もない。
唯一ワイの私物、日本から一緒に転移して来た黒い100均のデジタル時計に目をやれば、AM9:30が点滅していた。
時計の無いこの世界なのに、あの小煩いメイド長パパイヤ・アップルが、遠慮無しにワイの部屋にズカズカと侵入して来る時間だ。
「お嬢様、お着換えの時間で御座います」
朝食を前に、パパイヤ・アップルと二人のメイドが、ワイを素っ裸にして、体を拭きに来るのだ。
『変態ババア、ワイはまな板の鯉だ。ジタバタしねぇし一人で脱げるぜ!」
とワイが抵抗しても、前世のように力が入らない。そりゃぁ、今は細腕でべっぴんのお嬢様だからだよ。
「やめろBBA!」
そんなワイは、抵抗空しくあっという間にスッポンポンさ。
『パパイヤ、おめぇスゲーな!』
ところで、このドン・デンバーラ伯爵領には温泉が湧いている。湯が豊富に使えるってのは、元日本人のワイには大歓迎なのだ。
パパイヤの早業で、ワイの抵抗空しく胸のカップ型包帯と、布をケチった三角パンツを交換。そこまでは仕方が無いが、問題はコルセットだ。あれが空きっ腹にグイグイ響いて、ワイは貧血で倒れそうになるが、パパイヤは情け容赦がねぇ。
貴族令嬢たるもの、コルセットの苦痛に慣れるのは当然なんだとよ。
「ところでお嬢様、その手首の黒い物は何でしょう?」
100均時計はプラスチック製だが、妙な黒い文字が点滅するので、高価な装飾品と言って誤魔化してやった。
『ヒャァッキン、これは、さる王子様からの贈り物ですわす、わ、だ、だっちゅうのぉ~!』
『貴族令嬢の言葉など知るか!馬鹿野郎~!』
まぁ!
ワイの言葉に、パパイヤ・アップルの目が怪しく微笑んだ。
『そう言う事でしたか!ふふ』
地獄の着替えが終わって、忍の一字で腹がグーグー鳴るのを我慢し、やっと出て来たのは黒っぽいが焼き立ての丸いパンと、野菜主体のシチューに果物と紅茶程度の質素な朝食だった。器は貴族らしく銀製で立派なのだが、しかし料理が不味いのだ。
『なんじゃこりゃぁ』
ワイが転生した翌日、午前6時30分頃に飯はまだかと待ち侘びていたワイは、この異世界貴族社会に当然ながら全く無知だった。
一日が24時間、一年が365日なのは間違いない。これなら東京の生活と同じリズムを刻める。但し、どうもこの異世界の貴族社会では、朝飯と晩飯の二回が普通らしいのだ。
それとなく記憶喪失のふりをして、暦の事など執事のシー・フー・ドドリアに聞いたから間違いはない。
そのシー・フー・ドドリアは、ワイにとって初対面の場で、掟破りの乳モミをやらかしてから、ワイの頼みはよく聞いてくれるようになっていたのだ。
『ふッ情報源だから助かるぜシー・フー。これからも頼むぜ。胸を触っただけでこれだから不思議だぜ』
それでも空腹の余り、目の前の朝飯をさっさと平らげてお代わりを所望すると、パパイヤ・アップルBBAが睨むのだ。
「あ~パン追加でスープは具沢山の大盛で頼む」
おほん! ホン!
『ばばあ!咳払いで、ワイにそれ以上食うなと?貴族なら二食とは言え、朝から食い放題だとワイは思っていたのだぞ』
『コンチキショー!ならこれはどうだ?』
やけになって、ワイはポットの紅茶をガブ飲みしてやれば、そりゃぁげっぷも出るさ。
ゲッふ
お嬢様!!
まただ。またパパイヤ・アップルが切れやがる。
『ヤレヤレだぜ、あのBBA』
そのやり取りを見て、侯爵家長男のレイズン・ブレッド19歳と、末っ子娘のクレープ14歳がケラケラ笑うのだ。
「エリザの奴、階段から落ちてから随分ワイルドになったものだ。しかし私はそれが毎日愉快で堪らないのだよ」
「わぁエリザお姉様、殿方のように逞しくて素敵です!」
意外に、兄と末っ子には好評で、特にクレープの懐きようは日増しに強くなっていくのだった。
『ふ、クレープの気持ちは私にも分る。兄弟姉妹なのに、この頃の私はなんだか......変かもしれない』
______この業界、お嬢様はなんと窮屈な生き物なんだと、ワイは本当のこのバディの持ち主<エリザ・リグレス>に同情せざるを得なかった。
男なら朝から酒も飲むそうだが、17歳のワイはもっと食いたかったのだ。
何故なら、この時代の食事は夜がメインで肉が出る。それまでは三時頃に固いビスケットと紅茶を嗜む程度。コミックやアニメで見る豪華な食事は、社交パーチィー位でしか出て来ないのだよ。
貴族社会は、見栄の世界なんだと哲は理解した。
今ワイの体は、17歳のスーパー美少女だ。日本でなくても17歳は食べ盛りなんだよ。腹の虫がグーと騒げば、パパイヤやお付きのシー・フー・ドドリアが、お嬢様!はしたないとレッドカー怒、これじゃ派手に屁もこけねぇ。全部スカシだ馬鹿野郎! それにな、ドレスが邪魔で屁が中に充満してんだよ! 火付いたら爆発するぜ。憂さ晴らしに酒持って来いとも言えねぇし。
ついでだがこの異世界、ビールはなくてエールだ。ワイは酒を飲ませて貰えないが、それが冷えてないのは致命的な欠点だろう。
「キンキンに冷えてねぇエールなんて、どうしようもねぇが、いつか隠れて飲んでやるさ」
(この世界、冷えたエールなどはどこにもないのだが、冷却魔法は存在しているのに、冷やして飲む事を知らないのかも知れない)
ところがもっと悲惨なのは、どの料理も塩味ばかりなのだよ。魚は干物で寿司なんてもんは、金輪際食えねぇ環境にワイは愕然としたぞい。
「見た目は17歳の美少女で、それも伯爵令嬢が食べている物は料理法と調味料の問題があり過ぎだ。スーパーの弁当の方が数段旨いぞ」
そこで哲は、本来の夢をここ異世界で実現してやろうと決意したのだよ。
「あの子犬のヨッチーに食わせたかったワイのパン。ワイはこの世界でパン屋を開店するぞ!」
だが問題は多く、伯爵令嬢ともあろうものが、パンを焼いて店で売る。そんな計画がパパイヤ・アップルとシー・フー・ドドリアが許す筈は無かった。
そこでワイは、オスト・アンデル第二王子の見舞いと称して嘘をつき、クイント・リックス領王城に向かうと言ってやった。
『そうなりゃお供はパパイヤ・アップルに御者と数名の護衛。王都に入ったら、隙を見て馬車からトンズラ、そしてパン屋を探せばいい。そこで異世界のパン作りを見てやるのだ。なぁに、路上生活は慣れているワイだ。二、三日で戻れば問題はねえだろうよ』
このワイ(エリザ・リグレス)の申し出は、まんまと承認された。
と言うのも、父ドン・デンバーラ伯爵とエリス・リクターも大いに喜んだからだ。
「ふふ、我が娘エリザとオスト・アンデル第二王子が、見舞いの席で急接近するのだ。これはいい結果が期待出来るのう、なぁ、エリスよ」
「はい、そのように事が運べば、我が伯爵家も安泰で御座います」
貴族社会では娘は道具だ。娘の器量が良ければ良いほどその企みが成功する確率が高い。ワイ(エリザ)は、見掛けの美貌と地位は超優良物件、しかし中身は準ホームレスのおっさんだと知ったら、どうなるんだろうなぁ。
◆◇◆◇
オスト・アンデル第二王子の容態が、次第に回復した日を狙って、ワイと伯爵の計画は進んでいた。勿論、腕時計を見られたパパイヤ・アップルも、BBAの癖に胸を高鳴らせ、乙女のようにうっとりとしていたのだった。
『パパイヤてめぇ、まさかまだ独身だったのか!』
『ワイが見たいのは、この世界のパンの焼き方だ。特に酵母の種類が知りたい。それが分かれば、パン焼きの知識はワイの方が上だし、オスト・アンデル第二王子など、そんな饅頭などどうでもいい。ちょっと迷子なってましたと言って、また伯爵領にシレっと戻りゃいいのさ』
しかし哲は大きな間違いを犯していた。
仮にも伯爵令嬢が、王都で消えたとなれば、それはもう国王の配下兵士達を上げて大捜索が始まると言う事を。
そんな事態になるとも知らず、ワイの出撃命令がついに出た。
「くっくっ、この異世界のパン作り、ワイの焼いたパンが塗り替えて、庶民の腹を幸せで満たしてやる。待ってろ」
近藤哲の夢(コン〇ーム)_____自分が伯爵令嬢であろうが、その願いが変わる事はない。
「名前もちゃんと考えてある。<エリザ&コンド―パン>だよ」
前世の顔は、頬に傷を持つ組織の男。しかし心は義理と人情の38歳近藤哲が、異世界美少女伯爵令嬢に転生し、嵐を呼ぶ始まりになったのだった。